第八十六話 雷神の太鼓【中篇】
「筒姫様も来るんですか?」
「あったりまえじゃーん。一度こうゆうのやってみたかったの♪」
白沢は風神と雷神の方を見るが二人とも目を合わせない。どうやらこの二人には筒姫を制御する力はないようだ。
白沢は佐古姫の言葉を思い出し気が重くなっていた。
「わらわも行くぞ」
ついてくる気満々のお舞に白沢は耳打ちし、お舞の眉間にしわが寄る。
「え~?」
渋るお舞にもう一度耳打ちし、何とかお舞も納得したようだ。
「どしたの? お舞は来ないの?」
「ええ、どうしても今日やってもらいたい仕事がありまして、もう一人の助手の影丸も昨日からナタリー姫の所に問診に行っているので」
「えー残念。ま、お舞の分まで楽しんできてあげる」
筒姫はすっかり遠足気分だ。
「さて、問題の太鼓ですがまあまあ遠いところまで飛ばされたようです。ここから北の方に向かいますが、あなた方は人には見えないようにしてついてきてください」
そう言って白沢は江戸の北の外れの農家で馬を借り、北へと向かって行く。
この時代農家にいるのは農耕馬であるが、足腰が丈夫で荒れた道を進むのに適していた。
白沢は雷神が持っていた残りの太鼓のオーラをもとに、太鼓の気配を感じ、追いかけていく。雷神の太鼓の力は非常に強大で、風の中にもそのオーラが漂っていた。
一方、筒姫と風神雷神は宙に浮き、白沢の駆る馬についていく。
一行は江戸川を渡り更に北に向かい、やがて山の近くまで来た。
白沢は馬をいったんふもとの村に預けて山に入る準備をする。
「だいぶ近くまで来ましたが、太鼓の気配はまだ山の中までつづいています。どうやらこの川の上流にあるようですね」
「白沢さん、さっすがー! もう見つけたも同然じゃん」
筒姫が白沢の肩を叩いて喜ぶ。
「筒姫の言う通り、白沢殿は大したものであるなあ」
「うむ、まったく」
三者一様に白沢の能力に感心していたが、白沢は少し表情を曇らせていた。
「このまますんなり見つかるといいんですが、どうも妙な気配も一緒にいるようで」
「妙な気配って~?」
「さ、それは行ってみませんと」
「まあ、こっちには神が三人もいるんだから、大船に乗った気でいていいよ~♪」
筒姫の言葉に風神雷神もうなづく。
ともあれ白沢達は川に沿って山を登る。
所々川の中を横切るように登って行くが、川の水は冷たく、夏の暑い中ではそれも心地よかった。
当然ではあるが、神様が三体もついてきているので山の中がちょっとザワザワしているようにも感じるが、むしろ山の方が神様たちを刺激しないように、行く手を阻まぬように気を使っているように思える。
さて、小一時間ほど川沿いを登るとやがて大きなため池にたどり着いた。
ため池はふもとに水と供給するために一時的に水をためる、いわばダムである。そのため池の真ん中付近に雷神の太鼓が浮かんでいた。
「おお、あれはまさしく我の太鼓だ。早速拾って帰ろうぞ」
雷神が宙に浮いて太鼓に近づこうとすると、水面に大きなナマズが浮かんできて、太鼓に近づく雷神をけん制した」
「勝手に我の住処にあるものに触るではない、その太鼓は我の所有物じゃ」
大きさが六間(約十一メートル)はあろうかというオオナマズ、はこの池を根城とする地震の神だと名乗った。
山に入る時からただならぬ気配を感じていた白沢は、やっぱりなあ、という顔でオオナマズを眺めている。
「なにをいう! それは我が空から落とした太鼓だ」
「そうか貴様か……」
オオナマズはゆっくりと後ろを向いて後頭部(?)を見せる、するとそこには大きなたんこぶが。
「我が水面に浮かんで日課の昼寝をしておるとな、突然この太鼓が我の頭にぶつかって来て、痛いやらしびれるやら、我じゃなければ命を落としとったぞ」
「あちゃー! そりゃ、らいらいが悪いわ」
「ぐぬぬ、しかしわざとでは」
雷神はしかめっ面だ。
「筒姫の言う通りだよ。ちゃんと謝ってから交渉せねば」
風神は雷神の肩を叩いで促す。
「……申し訳なかった、わしの太鼓を返してくれ」
雷神の言葉にもオオナマズはそっぽを向いている。
「さっきも言ったじゃろう、わしの住処にあるものはわしの物じゃ、とっとと帰るがよい」
「なにを勝手な! そんな言い分が通ると思うか!」
また、いきり立つ雷神を風神がなだめる。
「お主がそう怒っていては話し合いにならぬではないか、地震の神よ、その太鼓は全て揃わないときちんと制御できないのだ。制御できないとやたらめったら雷を落としてしまって、山や人里に被害が出る。かといって雷を落とさずにると雲の中に雷が溜まってそのうち爆発してしまう。そうなったらさらに被害が大きくなる」
「ふん、そんなこと知ったことか! 我の頭にたんこぶを作った罪は重いのじゃ」
どうやら、たんこぶの恨みが強すぎて、話し合いに応じるような雰囲気ではないらしい。下手に出ていた風神も我慢の限界が来たようだ。
「仕方ありませんね。では勝手に持っていきます」
「ちょっと、乱暴はいけませんよ」
慌てる白沢に筒姫は心配ないとばかりに笑顔を見せた。
「白沢さん、まあ大丈夫だから見てて」
風神は担いだ袋を少しだけ開け風を起こすと、小さな竜巻を作って太鼓の方に飛ばした。この小さな竜巻で太鼓をひろいあげようというのだ。
そして竜巻はあっという間にため池の中央に到着し、太鼓を宙に巻き上げた。
しかし、そのとき。
後篇に続く




