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第八十五話 雷神の太鼓【前篇】

今回は三部作です。

この作品も100話完結に向けラストスパートに入ってきました。

最終回のプロットはあるのですが、その前にもうすこしエピソードいるなあと思い、悩み中です。

挿絵(By みてみん)


「ちわーす! また来たよん♪」

 診療所の入り口も通らず、庭からどかどかと上がり込んできたのは夏の女神である筒姫(つつひめ)だ。

 彼女は夏の海のような鮮やかな青い着物を着て肌は褐色に日焼けしており、髪の毛は金色がかっている。

 現代で言う所のギャルである。

 季節の受け渡しの宴会以来、しょっちゅう白沢の診療が終わるころに家に上がり込んでは夜遅くまで騒いでいる。


 春の女神である佐古姫(さこひめ)は、普通の人にも姿を見えるようにしてもさほど違和感なく、周りも受け入れていたが、この筒姫の姿を人が見たらさぞかし驚くであろう。

 それくらい江戸の人達の姿とはかけ離れていたので、筒姫は白沢達のような人外にしか認識できないように姿を隠して行動している。

 それにしても、今日はさらに普通の人とはかけ離れた客人を二人も連れて来ていた。


 二人とも見た目二十代前半の男であったが、身長が六尺(約百八十センチ)以上あり、この時代としてはとびぬけた高さであった。

 体も筋肉隆々としていて上半身は裸、相撲取りの様でも鬼の様でもあった。

 さらに特徴的だったのは二人のいでたちだ。

 一人は髪の色が茶色く大きな袋を肩に担いでおり、その袋の口からはひゅうひゅうと風の音が漏れていた。

 もう一人は髪が赤く、虎の皮で出来たパンツの様なものを履いている。またアーチ状になった複数の太鼓を背負っていて、かすかに小さな光がカメラのフラッシュのようにちかちか光っているようにみえる。


「今日は友達連れて来たんでよろしく~。風神のふっきーと雷神のらいらいで~す」

「ちょっと、筒姫、他の人の前でその呼び方はやめてくれないか? 威厳が無くなる」

 らいらいと呼ばれた太鼓を担いだ男が恥ずかしそうに部屋に入ってくる。

「なにが威厳よ~、かわいいほうがいいじゃない」

 筒姫は縁側に面した部屋の真ん中まで入って、胡坐(あぐら)をかいて座る。

「今さらなにを言ってもしょうがなかろう、あきらめるんだな」

 袋を担いだ方はもうあきらめているのだろう落ち着いている。

「お主が白沢殿であるか。お初にお目にかかる、我らは風神と雷神と申す。急な来訪を許されよ」


 風神は神様にしては腰が低く、いでたちを除けばさわやかな好青年という印象だ。

「これはご丁寧なご挨拶いたみ入ります。風神様と雷神様は筒姫様と顔見知りなんですか?」

「我らは風と雷なので、水の神でもある筒姫とは昔馴染みでな。雨を降らすために台風を起こすときも我らで協力して行うのだ」

「そうゆうこと~。たまに天候が荒れるのも長期的には作物の為にやってることなのよ、らいらいだって雲の中に溜まった雷を放出しないと雲自体が爆発しちゃうんだから、そうなったら天気もめちゃくちゃになるわよ」


 筒姫はいつのまにか寝転んでくつろいでいる。

「へえ、わらわは雷は苦手じゃが、意味があるのじゃのう」

 お舞が奥から人数分のお茶と饅頭を持ってきた。

「そういうこと」

 筒姫は上半身だけ起こして、お舞の持ってきた饅頭をパクリとやりながら、雷神に視線をむける。

「ほら、らいらい。白沢さんに頼みごとがあるんでしょう?」

 話を振られた雷神は顔を赤くして言葉を詰まらせたが、風神が代わりに喋りだす。


「実はこの雷神が大事な背中の太鼓をうっかり空から落としてしまってな」

「うっかりではない。手が乾燥しておったのじゃ」

 風神の説明に雷神は怒ったようにつぶやく。

「そうゆうのをうっかりっていうんじゃん」

 筒姫はにべもない。


 そう言われて白沢は初めて気が付いたが、雷神が背負っているアーチ形の太鼓の右端に妙な隙間がある。あるはずの場所に太鼓が一つないのだ。

 雷神はその視線に気が付いたのか、照れ隠しにコホンと咳払いをして話し始めた。

「今年の夏の準備のために太鼓を一つ一つ外して磨いておったのじゃが、最後の一つを磨こうとしたときに手から滑ってしまってな、そのまま風に乗ってこのあたりのどこかに落ちてしまったのじゃ」

「その太鼓で雷を鳴らすんじゃろう? 人が拾って叩いたらどうなるんじゃ?」

 お舞が素朴な疑問を聞く。確かに人が拾ったら大抵の場合叩いてみるだろう。なんせ太鼓なのだから。子供が遊び半分で叩くたびに雷が落ちてくれば大惨事である。


「普通の人が叩いても力が足りぬから何も起こらん、せいぜい手がピリッとしびれて驚くくらいじゃろう」


 確かに江戸ではまだ雷が、無秩序に鳴り響くようなことは起きてはいなかった。

 逆に言うと力を持った妖(あやかし)が叩くと何か起こる可能性もある。

 そういった者の手に渡る前に回収した方がよさそうだ。


「で、その太鼓を私に探して欲しいと」

「そ、あたしが失くしものを探す名人が江戸にいるよ! って教えてあげたの」

 白沢はやれやれと思いながらも、物が物なのですぐに探してやることにした。

「分かりました。明日診療所は休みなので、明日の朝から探しましょう。雷神様の太鼓はいわば神器なので、強いオーラが残っているでしょう。よほど遠くでなければすぐに見つけられますよ」


 よほど遠くだった。


  中篇に続く

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