第八十四話 春から夏へ【後編】
筒姫はナタリーにギリギリまで顔を近づけてまじまじと見る。
ナタリーは少し怯えているようだ。
小人であるナタリーの体は筒姫の鼻ほどの大きさしかない。
ライオンが鼠を覗き込むようなものなのだから、怖くて当然ではあろう。
「ちょっと、筒姫様、申し訳ございませんが姫が怖がっておられます。もう少し距離をお取りください」
影丸が慌てて筒姫を制する。
「あちゃー、あたしとしたことが! ごめんごめん! あまりの可愛さについ~!」
筒姫は頭を抱えて慌てて後ずさって距離をとる。
「しかしほんま、白沢殿の所にはけったいなもんばっかり集まるの」
入れ替わるように化け猫のお玉もナタリーの所に近づいてまじまじと見る。
「だからそんなに近づいてはいかんというに」
そう言いながらも配膳を手伝っていたお舞もナタリーをのぞき込む。
最初は少し気後れした姫も気を取りなおしたようだ。。
「私も江戸に生まれて二十年以上経ちますが、神族や妖の皆さまとお会いするのは初めてです。今後も仲良くしていただけると幸いですわ」
「まあ、ナタリーさんたちは体は小さいけど基本的には普通の人間ですもんね。どんな国であればこういった人たちが住んでいるのか非常に興味深いです」
そう言いながら白沢は配膳を終え、皆に席に着くように促した。
席と言っても十畳ほどの座敷に車座に膳を置き、思い思いの場所に座るだけである。白沢の家で宴会するときはいつも席は車座と決まっていた。四角く座ると顔が見えない人もいるからという理由からだ。
尚、一刻も早く飲みたい九尾の狐は早々に膳の前に座っていた。
「わしはもうとっくに準備して待っとるぞ。皆はようせんか」
そう言った九尾の狐の盃には既に酒が注いであり、半分無くなっている。
「いや、もう飲んどるやないか」
「これは練習じゃ」
「いや、そういう事言う奴おるけど!」
麒麟のツッコミにも九尾の狐はどこ吹く風だ。
「まあまあ、ともあれ始めましょうか」
白沢の言葉にめいめい席に着く。
いつの間には庭の桜の木の妖精である美桜もちゃっかり、佐古姫の隣りに座っていた。
また、ナタリーを始めとした小人たち四人は皆で一つの座布団に腰かけてもらい、小人用に作った小さなお膳を前においた。
「なんてきれいな料理、私たちのためにお刺身も煮物も小さく切ってくれたのですね」
ナタリーは間の前に置かれたミニミニ会席膳に目を輝かせる。
「これらの料理の下ごしらえは影丸にしてもらいました。医術だけでなく料理の腕も上がっていますよ」
「なんと、影丸よ! お主は本当に孝行者であるのう。戻ったら姫様専属の料理長も任せようぞ」
白沢の言葉に姫様お付きの蝉丸が興奮気味に影丸の肩を叩く。
「いえいえ、本来の目的は医術を学ぶことですから」
影丸は照れくさそうに頭を掻く。
そう言っているうちに全員が円を書くように席についた。
「では、佐古姫様」
白沢に促され春の女神である佐古姫が立ち上がった。
佐古姫の着物は春を引き継いだ時は鮮やかな桜色であったが、今は新緑の鮮やかな緑色になっていた。
「お集りの皆様、この度はこの江戸における春から夏への季節の受け渡しの儀にお越しいただいてありがとうございます。これから過ごしやすい春から暑苦しい季節になりますが、よろしくお願いいたします」
「ちょっと~、またおばちゃんがなんか言ってるんですけど~」
佐古姫の言葉に筒姫がヤジを飛ばすが佐古姫は無視する。
「コホン、では皆さま盃をお持ちください。今日この時をもって江戸の季節は春から夏に変わります。乾杯!」
「乾杯!」
皆が一斉に盃を高く揚げ、乾杯をする。
酒が飲めない麒麟とお舞は米麹で作った甘酒だ。
引継ぎが終わったからなのか、部屋の温度がさらに上がった気がする。
「さ、じゃ無事夏になったところで、あたしからあいさつ代わりにちょっと涼しくしてやるか。あんまり暑い暑いと言われるのも心外だし~」
そう言って夏の女神の筒姫がパンと手を叩くと、急に外が暗くなり大粒の雨が降り出した。
「あたしは水の女神でもあるからね、多めの打ち水をしといたよ」
筒姫の言葉の通り、雨は白沢の家を中心に局地的に降り三分ほどで止んだ。
「今日は雲が少ないから、まこんなもんで」
確かに先ほどよりも体感で五度ほど温度が下がって涼しくなったようだ。
「おお、さすが夏の女神様じゃ、これで気持ちよく飲めるの」
九尾の狐はすでに十分気持ちよくなっているようだった。
「ちょっと、つっつん(筒姫の事)、あんまり勝手に天候を変えちゃダメよ」
「いいじゃないの、今日は無礼講って聞いてるし~♪」
佐古姫の言葉に筒姫が盃の酒を飲み干しながら答える。
「まったくつっつんは自由なんだから、白沢さんもこの子には気を付けてね」
佐古姫は空になった筒姫の盃に酒を注ぎながら、白沢に注意を促す。
(神様に対して何をどう気を付ければよいのだろうな)
白沢はそう思いながら、酒を口に運んだが実際このギャルのような夏の女神がこの夏、江戸でひと騒ぎを起こすのだが、それまた別のお話で。
エピソード終了 次回エビソードへ続く




