第八十二話 小さな侵入者【後編】
聞いたところによると、この三人とその他お付きの者は江戸城近くの武家屋敷の天井裏に住んでおり、姫もそこにいるらしい。
彼らの足では少し時間がかかりそうなので、近くまで白沢も一緒に迎えに行く事にした。
蝉丸たち小人三人は白沢の肩に乗っている。
その道すがら白沢は蝉丸たちに説教をしていた。
「まあ、家に勝手に侵入したことは事情もあることなので許しますが、何かわからない薬を飲ませるなんて、医者としては許せませんよ。薬は患者の状態によっては毒になることもあるんですからね」
叱られた三人は白沢の肩でしょんぼりする。
「誠に申し訳ない。我らの中にはあまり医学に精通したものがおらぬもので、見よう見まねで何とかしのいでおるのだ」
蝉丸が代表して謝罪した。
「それも考え物ですねえ、まあそれは後で考えるとして、その武家屋敷はもうすぐですか?」
「うむ、白沢殿はここで待っていてくださるか? 姫様をここまで連れてくる故」
蝉丸たちは白沢の肩からぴょんと飛び降り、少し先の武家屋敷へと向かって行った。中々大きな屋敷だ、参勤交代の殿様の屋敷かな、と白沢は思った。
しばらくすると蝉丸たち三人にもう一人小人が増えて四人がかりで、女性の小人を運んできた。
姫君と思われる女性の小人は布団の様なものに乗せられ、四人に担がれている。
夜中に江戸の町民がこんな光景を見たら、酒の飲み過ぎで幻覚を見たと思うんだろうな、と白沢は一人で納得した。
白沢の前まで来た四人は一旦布団を道にそっと降ろす。
布団の中にいるのは二十代前半くらいの女性でやはり西洋風の服を着ていた。かなり大人びた美人のようだが、いかんせん小さいのでとてもかわいらしく見える。
しかし確かに心の臓を押さえて苦しそうだし、息も荒い。これは早急に処置が必要に思えた。
白沢は持ってきたかごに姫を布団ごと移動し、また小人たちを肩に乗せ、急いで診療所へと戻って行った。
走って帰ったので、落ちそうになった小人たちは必死に白沢の耳や髪にしがみついていた。色々引っ張られて痛いがそれどころではない、白沢は息を切らして先を急いだ。
診療所に戻った白沢をお舞が待ち受ける。
「白沢殿、準備は整っておるぞ」
「ありがとうございます、思った通り危険な状態だ。すぐに治療に入らないと」
白沢は布団ごと診察台に姫を移して、仰向けにして寝かした。
姫の目は不安そうではあるが、蝉丸たちに説明は受けているのだろう、こちらの指示には素直に従ってくれる。
「では、まず診察します」
白沢はそっと姫の首筋を小指の先で触れて目をつぶる。
白沢は相手に触れただけでレントゲン写真のように患者の中を見ることができる能力を持っている。
しばらく目をつぶっていた白沢が「ここだ」とつぶやいて目を開ける。
「心の臓の近くの血管の流れが良くないですね、流れを改善しないとやがて命にもかかわります」
「心の臓近くの血管じゃと? そんなものいったいどうすればいいんじゃ?」
蝉丸たちが狼狽する。
しかし白沢が慌てることはなかった。
お舞に指示して麻酔の準備をする。
「大丈夫ですよ。寝て起きたら楽になっていますから」
白沢の言葉に姫は苦しそうな顔のまま頷く。
白沢は自分の髪で作った霊糸を戸棚から取り出し、それをさらに細く裂きだした。ただでさえ細い霊糸を裂けるチーズのように細く裂いている。
普通の人間の治療に使うのであればそのままでよいが、小人に使うには太すぎるからだ。
やがて十分の一の細さにした霊糸はほぼ人の目では見えなくなっていた。そして白沢はその一部を使って何やら網状の管の様なものを作った。
これは現代で言う所のステントと呼ばれるもので、狭くなった血管を内側から人口の管で支える技術だ。当然この時代にそんな方法は理論すらない、万物の理を知る霊獣白沢のみが成せる奇跡の技である。
麻酔が効いた姫が苦しそうに寝息を立てる。
本来この施術は局所麻酔でも可能だが、姫が怖い思いをしない様、眠らせる事とした。
「誰か、姫様の左の太もも部分だけを見えるようにして、押さえておいてください」
「ええ⁉ そんな姫様の太ももを触るなんて無礼を働いたら、後でどんな罰を受けるか……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。私達の手では大きすぎて力加減が難しいんです」
暫く小人たちは沈黙していたが、やがて姫君を運ぶときに新たについて来た小人が手を挙げた。
「私がやります。姫様と私は年が近く妹のように思っておりました。後でどんな罰が下されようとかまいません」
その小人の名は影丸と言った。
その後、他の小人たちからの異論は出ず、影丸が補助をすることになった。
「太ももから血管の中を通して治療します。寝てはいますが念のため動かないように押さえておいてください」
影丸は言われた通り、糸を入れる場所の前後、腰のあたりと膝上のあたりをそっと抑えた。
他の三人は見たいのか見たくないのか、手で自分の顔を覆いながらも指の隙間からその様子を見ている。
もちろん血管から糸を入れてどうのこうのという白沢の説明は、彼らにとってはちんぷんかんぷんである。
白沢はまた姫君の首筋をそっと触れ、体の中の様子をモニタリングしながら、ふとももの一番太い血管に霊糸を通す。
肉眼では見えないほど細く作られた霊糸は血管をどんどん進んで行き、やがて流れが悪くなっていると思われる場所にする。
白沢は先ほど作ったステントをお舞から受け取り、折りたたんだ状態にして霊糸に通して血管を進んで行く。
白沢は目をつぶって内部の様子を観察しながら慎重に進めていく。
白沢の額には玉のような汗が浮かんでいた。
長い時間静寂が続いていたが、白沢の眉がピクリと動いた。
「この場所ですね。今から血管に入れた器具を膨らませて血管を広げます」
お舞がごくりと唾をのむ。
影丸の顔にも緊張が走る。
後の三人は訳が分からず口を開けてみている。
そして白沢が眼を開けてふーっと息を吐いた。
「終わりました」
まだ姫は目覚めていないが確かに、さっきまでの苦しそうな表情が和らぎ、穏やかな寝顔を見せていた。
「このまましばらくは家で療養させましょう。事後観察も必要ですから」
「なんという奇跡の御業であるか! かたじけない! 恩に切りまする」
蝉丸たち三人は両手を合わせて拝むように白沢に礼を言った。
長い時間姫を押さえていた影丸は緊張が解けへたり込んでいたが、やがて体を起こし同様に白沢に感謝を言う。
「まこと、白沢殿が名医とは聞いておりましたが、人とは思えぬまさに神業でした」
まあ、人じゃないんだけどね。と白沢は思いながらも、小人たちの医療問題について触れた。
「姫君はこれでいったん大丈夫だとは思いますが、あなた方の医術の知識では今後お仲間を救うことは難しいでしょう。毎回私が間に合うとは限りませんし」
「いかにもそうじゃが、どうすれば……」
リーダー格の蝉丸は腕を組んでうつむくと影丸が白沢の目を見て言った。
「白沢殿、恩人にさらなるお願いをするのは心苦しいですが、どうかわたくしめに医術の基本を教えていただけないでしょうか? しばらくこの家に見習いとして置いていただいて勉強したいのです」
影丸は深々と頭を下げた。
それを見た蝉丸たち三人も深々と頭を下げる。
それを聞いたお舞は白沢が難色を示すかと思ったが、白沢は存外あっさりそれを了承した。
「わかりました。当面は姫様の看護をお願いします」
こうして白沢から医術を学ぶため影丸は、医術見習いとして白沢の家に住むことになる。
姫は麻酔から覚めたあとも順調で、二日ほど療養したのち、また夜のうちに布団の上に乗せられて住処である武家屋敷(の天井裏)へと帰って行った。
お舞は不思議に思って、後日縁側で二人で茶を飲みながら白沢に聞いた。
「よく小人の弟子など承知したのう、てっきり面倒くさがると思ったが」
「小人の助手って便利そうじゃないですか? 細かい仕事が出来そうだし」
「やれやれ桜の木の精やら、小人やらこの家も手狭になるのう」
「いっそどこかに引っ越しますか?」
「ちょっと! 私は桜の木から離れられないんですからね! 引っ越すんだったら私の本体も連れてってくださいよ」
二人が庭見ると桜が散って、新緑が茂る桜の枝に座った美桜が顔を赤くして文句を言っていた。
後編終わり 次回エピソードに続く




