第八十話 小さな侵入者【前編】
今回は三部作、9/17-19 22:00での更新です。
薬庫の中で白沢がつぶやく。
「おかしいなあ」
続いてお舞もつぶやいた。
「おかしいのう」
薬庫とは文字通り薬とその原材料となる薬種を格納している部屋なのだが、ここ数日使った薬の数と残っている薬の数が微妙に合わない。
薬というものは病気を治すためのものだが、使い方によっては毒になることもあるので、慎重に扱わなければならないものだ。
当然白沢の診療所でも作った薬、使った薬を管理して毎日診療後に数を確認している。必要以上に患者に薬を与えたりしていないかを確認するのは勿論、盗まれたりしていないかを確認する為である。
そもそも薬は高価なものなのでどこの医者や薬種問屋でも厳重に管理しているが、白沢はあまりお金のことに関しては気にしていない。むしろ、金がない病人が思い余って薬を盗んで乱用することで、重大な健康被害が引き起こされることを懸念してのことだ。
その薬が一包みであろうが二包みであろうが、毎日のように少なくなっているのは非常に重大な事態と言える。
まあ幸い、無くなっているのは、胃腸薬や冷え性の薬だったのでそれを飲んだからと言って体調を壊すことは考えにくいが、放っておくわけにもいかない。
「作った薬の数はお舞さんが管理してくれているので、やっぱり作った薬が何者かによって盗み出されたとしか考えられませんね。盗むとすれば夜か」
「しかし薬庫には白沢殿が霊糸(白沢が髪の毛で編んだ糸)で作った見えない罠を張っておるから、侵入されたら気づくはずじゃがの。それに人にしろ妖にしろ、わらわ達がその気配に気づかないというのも合点がいかん、ましてや裏庭には桜の精の美桜もおるしの」
「それについては、実は少し思い当たることがあるんですよ。最近夜中にごく小さな気配が動いてるのを感じていたんですが、あまりにも小さいので鼠か何かだと思っていたのだすが……」
「鼠が薬を盗んだというのか? これが本当の鼠小僧じゃな」
どや顔のお舞に白沢は冷静に突っ込む。
「言ってる場合ですか、あくまでも生命の大きさがそれくらいということです。鼠くらい小さければ薬庫の罠もすり抜けるかもしれません」
「ではいずれにせよ、捕まえるとしたらあの手じゃのう」
「そうなりますね、犯人がお舞さんみたいな人だったらよいのですが」
「どういう意味じゃ」
お舞が頬を膨らませる。
―その夜
白沢家の裏庭にごく小さな影が三つ現れた。
その小さな影は白沢の家の裏庭からひょっこりと縁側に上がって来て、ゆっくりと薬庫の方に歩いていく。
一番前を歩く影が二番目の影に小さな声で言う。
「よいか、昨日と一昨日の薬は効かなかったから、今日は一番上の引き出しの薬を頂戴しよう。一番高いところに置いてあるからには、一番効き目があるに違いない」
二番目の影がやはり小さな声で返事をする。
「さすが、蝉丸殿、博識でござるな」
今度は二番目の影が三番目の影に小さな声で言う。
「よいか、お主は粗忽もの故、くれぐれも音を出して家主に気付かれぬようにな」
それに対して三番目の影が怒ったように言う。
「何をおっしゃいます! 私はいつも冷静沈着でござ……」
二番目の影は慌てて三番目の影の口元を押さえる。
「しーっつ、静かにせんか、だからお主を連れてくるのにわしは反対だったのだ」
その様子を見た一番目の影が顔を寄せて言う。
「これ、いいかげんにせぬか、いくら昨日一昨日とうまく行ったからと言って、今日も気づかれぬとは限らんのだぞ」
「申し訳ございませぬ」
「申し訳ございませぬ」
二番目の影と三番目の影が慌てて小さな声で謝る。
どうやら一番目の蝉丸と呼ばれた影がリーダーの様だ。
薬庫の扉を開けると三つの影のあるか頭上には霊糸を使った罠が張ってあるが、あくまでも人間を想定したものなので、この三つの影の高さはそれよりもはるか下である。
三つの影はそれを知ってか知らずか堂々と薬の入った棚まで歩いていく。
一番目の影が三番目の影に指示を出す。
「おぬしはいつも通り扉の近くで見張りをしておれ」
三番目の影は少しつまらなそうな顔をしたが、指示通り薬庫の扉の近くに陣取った。
一番目の影と二番目の影は慎重に薬棚によじ登って行く。
薬棚は全て引き出し式になっている為、一つ一つ開けないと中身を確認できないが、今日は一番高いところにある引き出しの薬を頂戴すると決めているので、他の引き出しには目もくれず一番高いところまでよじ登って行く。
一方見張り役である三番目の影はというと退屈そうに、引き出しをよじ登る影を見ていた。
「まったく、わしを侮りおって。わしだってあれくらいの棚を登るなど造作もないわ」
そう愚痴を言っている三番目の影の鼻先を甘い香りがかすめた。
「む? なんだこの香りは。なんとも甘美な……」
甘い香りは部屋の扉側の隅から流れてくる。ものすごく食欲を誘う甘い香りだ。
三番目の影はふらふらとその方向へと吸い寄せられていく。
薬棚をよじ登っている二人はそれに気が付かない。
「だんだん香りが強くなってきたぞ。おおこっちだこっちだ」
三番目の影はうわごとのようにつぶやきながら香りの元へと歩を進める。
その先には自分の身の丈ほどのある巨大なものが置いてあった。しかし、間違いなくこれは美味しい食べ物だ。
甘い香りと自分の勘がそれを確信させる。
三番目の影はためらうことなく、その甘いものにかぶりついた。
ふわふわサクサクの触感とともに、極上の味が全身を駆け抜ける。
しかしその直後。
カシャン。
背後でなにかが閉まる音がした。
次の瞬間扉が開き部屋が明るくなる。
そして、三番目の影は自分が檻の様なものの中にいることに気が付いた。
「やっぱり、お舞さんのような食いしん坊でしたね」
扉を開けたのは白沢と頬を膨らませたお舞であった。
中編に続く




