第八話 白沢山の中で助手を拾う(前編)
ちりんちりん♪
白沢の腰につけた鈴が鳴る。
「ねえ、小次郎さん。なんで私はこんな急な山を登っているんだっけ?」
白沢は珍しく息を切らしていた。いかに神獣白沢でも人間の姿の時はちゃんと体力を消耗するようだ。
「先生は少々運動不足の様ですな」
少し前を歩いている小次郎が言う。足は太くたくましい青年だ。山道にも慣れたもので、白沢とは違い軽やかに登って行く、歳は白沢よりもすこし上の三十五歳くらいに見える。
ここは江戸の街からかなり西に外れた山の中。今でいう多摩のあたり、はるばるこんな遠くまで移動したのは久しぶりである。もちろん本来の姿になれば風に乗って大阪辺りまで半日で行けるのだが、人として行動するときはそうもいかない。
「そもそも、採りたての舞茸が食べたいと言い出したのは先生ですよ」
——十日ほど前の事、診療所にて
「先生、今日もありがとうございました」
小次郎は幕府御用達の山師の一族で、主に森林の管理をしている。山師には鉱山を発掘する人たちもいるが、小次郎は山の木を適切に伐採して山を健康に保ったり、伐採した木を材木問屋などに卸して暮らしていた。
しかし、以前仕事の最中に足を骨折し一時は歩行も困難な状態であったが、白沢の事を知っていた小次郎の父が白沢の元に運び込んだのだ。
なんせ、レントゲンもない時代の事、骨の状態を知るには触診しかないが、白沢は触るだけで体内の状態を透視することが出来た。それが白沢が医者としてとびぬけた評価を得ている一つの理由でもあった
かくして、小次郎はひと月ほどで仕事に復帰し、今日はその後の状況を点検するため、白沢の元を音連れていたというわけだ。
「問題ないね。完全にくっついている。骨と言うのは折れてくっつくと以前よりも丈夫になるからね、このまま普段通り仕事して大丈夫だよ」
「安心しました。山師が山で足を折るなんて恥ずかしいことですが、先生のおかげですっかり元通りです。これはうちの所有する山で獲れたきのこです。どうぞ銭とは別に受け取ってください」
小次郎はかごに一杯のきのこを白沢に差し出した。
「おお、ひらたけにしめじに松茸まで、ありがとうございます。これでしばらくはきのこ汁やきのこご飯が楽しめるよ」
社交辞令ではなく白沢は茸が大好きだ。この時代すでにきのこは養殖されてはいたが、しいたけ以外の養殖は少なく、白沢は秋になるのを指折り数えて待っていたものだ。
実は白沢は小次郎が診療所に入ってきた時からきのこの香りがしていたため、いつ出してもらえるかとそわそわしながら診療していた。
「今回は持ってこれませんでしたが、次回は舞茸を持ってきます。ここまで距離が遠いので採れたてと言うわけにはいきませんが、楽しみにしててください」
「やっぱり、採れたては味が違うの?」
「それはもう味も香りが違います」
小次郎の言葉に白沢はごくりと唾をのむ。
「採りたてが食べたければ、一緒に山に行くしかないですけどね」
「ぜひ!」
——そして現在に戻る。
そうしたわけで、白沢は今小次郎とともに多摩の山奥にいる。
「このあたりは、山童とか山猫とかいう妖怪もたまに出ますが、相手にすると遭難させられるので出てきても無視してくださいね」
言われるまでもなく白沢は山にいろんなあやかしや精霊的な存在に気付いているが、小物のあやかしや精霊が白沢にちょっかい出そうなどとはは夢にも思わない。遠巻きに覗いているのみである。
ちりんちりん♪
白沢が動くと鈴が鳴る。
「先生、この山には熊はいないから熊よけの鈴は不要ですよ」
「ああ、この鈴はそのための鈴ではないんだけど、成り行きでね、気にしないでおくれ」
ちりんちりん♪
「はあ、そうですか」
さて今回の目的は舞茸である。そのうまさは見つけた人が喜びで舞いを舞うといわれるほどで、この時代では松茸よりもよほど貴重なものであった。
もっとも現代の日本では養殖の舞茸が安価に売られているが、天然の舞茸などはまずお目にかかれるものではなく、もしあったならば値がつけられないほど貴重なものであろう。。
さて山に中を登ること約二時間、昨年舞茸がとれたという場所にたどり着いた。
舞茸はナラの木の根元に生えることが多く、大きいものはバレーボールほどの大きさになる。
「やった! 今年も大きいのが生えてる。先生ついてますぜ」
まさに舞を舞わんばかりに喜ぶ小次郎。白沢も本物の天然舞茸を見て大興奮である。
「それにしても……」
「先生どうしました?」
「いや、なんでもない」
先ほどから妙な気配がついてきていたのを白沢は気づいていた。並みのあやかしや精霊では自分から白沢に近づこうなどと思わぬはずだが、それとは違い、神に近いような霊的な存在を感じていた。
ちりんちりん♪
また白沢の腰につけた鈴が鳴る。
小次郎が舞茸を採ろうとすると、舞茸の生えているナラの木の上から声がする。
「誰の許可を得てわが山のきのこを採っておる?」
小次郎が見上げると上から小さい女の子がふわりと飛び降りてきた。
「誰って、ここは俺の一族が管理する山だ。山の神様にもお供え物をして許しを得てから入っている。お前こそ誰だ。勝手に入ってきて……」
そう言いかけて、ぴたりと言葉を止めた。
「あんた、いや、あなたはまさか」
「そうじゃ、わらわは山の神の娘じゃ」
山の神の娘とはその名の通り山の神様の娘と言われ、日本神話の中で美と花の象徴ともいわれる女神である。
時にその女神はその美しさで山中で男を誘惑するともいわれ、日本各地で様々な逸話が残っている。
こんな山の奥に小さい女の子が一人でいるわけもなく、先ほど木の上から綿毛の様にふわりと降りてきた様子から、常人ならざる雰囲気を醸し出していた。
「親父から話を聞いたことは、ありましたがお目にかかることは初めてです。この山から頂く恵みで我ら一族の生活を支えていただいておりますので、日ごろから神社の清掃やお供え物をさせていただいておりますが、なにか粗相がございましたでしょうか?」
「おお、大粗相じゃ、わらわはなもうすぐ十四になる。もうそろそろ山の神の娘として山に迷い込んだ男どもを誘惑してメロメロにせねばならんのに、一向に色気と言うものがでてこんのじゃ」
「はあ」
小次郎は何のことかわからず、気のない返事をする。
確かに十四と言う割には見た目はそれよりも子供っぽい、せいぜい十、ともすると七、八と言われても納得する様な容姿であった。
もちろん、山の神の娘は人間ではない為、人と同じように歳を取るとは限らない、おそらくは精神的な年齢にあわせて容姿も変化するのではないかと考えられる。
「『はあ』ではない。このままでは山の神の娘として、役目を果たすことが出来んと親父殿に言われてな。人間界に住んで女を磨いてこいと言われたのじゃ」
後編に続く




