第七十八話 桜の姉妹【夕桜】
(ああこれは、まともに話が出来る状態じゃないね……)
白沢は適当に親分をあしらって、川沿いにある桜を見るためにさらに上流に歩いていたが、そこでさらなる厄介な場面に出くわした。
「おお、白沢やんか! 今日山から戻って来たんか? まあ、いっぱいやろうや」
いわずもかな、この関西弁は麒麟である。そこには麒麟と九尾の狐、それに佐保姫までもが加わって宴会をしていた。佐保姫は神様なので普段は姿が見えないようにしているが、今日は普通に姿を現わして、麒麟達と花見をしていた。
「おーい、白沢~、待っとったぞ。こっちに来て一緒に花を愛でようぞ、お舞殿も一緒にどうじゃ」
そう言っている九尾の狐はすでに顔を真っ赤にして酒を飲んでおり、とてもじゃないが桜を愛でているようには見えなかった。
「あ~あ、完全に出来上がっとるのう」
お舞は冷たい目で酔っ払いたちを見る。
酒を飲まない人から見ると酔っ払いというものは、極めて愚かに見えるものだ。
麒麟はというと酒は飲めないが、持参した甘酒で花見を楽しんでいるようだ。
佐保姫は頬を桜色に染め、華奢な体には不釣り合いな大きな盃で酒を飲んでいた。
まるで大相撲の優勝力士である。
「佐保姫様、先日花見をしたばかりなのに、また花見ですか」
「花見って楽しいですよね~。これまでは参加しないで眺めているだけだったんですが、先日の白沢さん家の花見ですっかり気に入っちゃったあ♪」
ああ、本当に厄介なのは宇津田姫ではなく佐保姫かもしれないと白沢は溜息をついた。
聞くと、麒麟堂のお玉や真生、あと九十九茶屋の理子さんも店を早仕舞いして、後から合流するらしい。なんとまあ、日本人の花見の好きなことか。
しかし佐保姫がいることは白沢にとって都合が良かった。
「一応聞きますが、佐保姫様は酔ってはいないですよね?」
「当たり前ではないですか~。人を酔い潰すことはあっても、自分が酔っ払う事は無いですよお」
やっぱり厄介そうな神様だが、酔っぱらっていないなら良い。
「実は先日うちの庭で咲かせた桜なんですが……」
「ああ、美桜ちゃんの事?」
「え? あの桜の名前を知ってたんですか?」
「誰にものを言ってるんですかあ? 春の女神が桜の名前を知らないわけはないじゃないですかぁ。私の力を分けてあげたので、今頃人間の姿で現れているでしょうねえ」
(じゃあ、それ言えよ)と思いながらもこの先の事もあるので白沢は下手に出る。
「それは、おみそれしました。で、その美桜さんがですね、昔から一緒に育った姉妹の桜を探したいと言ってるんですよ」
「姉妹の桜を?」
「ええ、なんでも百年前に今の場所からよそに移されたとか」
すると佐保姫は少し考えて、手を体の前でパチンと合わせた。
「そうそう、あの桜は確かにちょっと前まで二本並んでいたかも」
「百年前がちょっとかどうかは置いといて、その木がどこに行ったかはご存じですか? 名前を桜花というのですが」
「ああ、そうそう桜花ちゃんて言ったわね、でもさすがに一本一本の所在までは把握してませんよお。あはは」
何がおかしいのかよくわからない白沢は腹にぐっと力を入れてツッコむのを我慢をしていた。すると、
「白沢よ、その桜花という桜かどうかは知らんが、荒川の方にある神社に百年前にもらってきたという桜があるらしいぞ」
すでに出来上がっていた九尾の狐が有力な情報を教えてくれる。
確かに九尾の狐は顔を赤くしているが、その昔ヤマタノオロチと酒の飲み比べをして勝ったという逸話がある程酒が強い。
いくら飲んだかは知らないが、彼が酔っぱらっていい加減なことを言うということはおそらくない。
「九尾よ、その神社の詳しい場所を教えてくれるか? 佐古姫様は我々一緒にお願いします」
「え~? 私もですかあ?」
佐保姫が桜色に染まった頬を膨らます。
「桜の木と会話できるのは佐保姫だけじゃからのう」
お舞は佐古姫の手を取る。
「え~今からが本番なのに」
「終わったらまた夜桜を見に来れますから、さ、行きますよ」
佐保姫は大きくため息をついて立ち上がった。
「はあ、しょうがないわねえ」
「まあまあ、わしら夜まで宴会しとるし、夕方にはお玉や真生に理子も加わって一層賑やかになるから、終わったら戻ってきたらええやん」
「もちろん、絶対戻って続きをしますわ」
九尾の狐によるとその神社は今でいう荒川区の方にある、地元で愛されている由緒ある神社ということだ。
日も少し傾き始めた。明日は仕事なので今日中に片を付けなければならない。
白沢とお舞は佐古姫を連れて三人でその神社に向かうことにした。
夜桜に続く




