第七十七話 桜の姉妹【昼桜】
白沢とお舞が山から帰ってきた日の事、昼過ぎに家の中に入ると、見たことのない娘が庭の方を向いて縁側に座っていた。
今日は休診日にしているし、戸締りもしているので患者が勝手に入ってくることはないはずだ。
きれいな桜色の着物を着た娘で、どこか春の女神である佐保姫に似ているような気がするが佐保姫よりは少し若い。
年の頃は十五、六であろうか。
「どちら様ですか?」
白沢が部屋に入り声をかけるとその娘は振り向いて、華やかな笑顔を白沢に向け、すっと桜の木を指さした。
「わたくしはこの桜の木の精ですの」
声までどこか佐保姫の様だ。
「この桜の木のですか? 昔からいれば私が気が付いたはずですが?」
「いえ、こんなかわいい姿をお見せすることができるようになったのはつい最近ですわ。先日白沢様や佐保姫様にすごい力を注入して戴いたおかげでございます」
どうも先日の花見の際に青龍の札を貼った上に佐保姫の霊力を与えた結果、霊力がみなぎり生まれた桜の木の妖精の様だ。
もちろんこの桜の木がかなりの長寿であったことも要因と考えられる。
それにつけても随分と脱力した喋り方をする妖精だ、佐保姫の込めた霊力がだいぶ性格にも影響を与えていると思われる。
「という訳で、今後ともよろしくお願い致します。寝る時は木に戻るので部屋などはどうぞお構いなく」
「食事はいらぬのか?」
お舞は興味津々だ。
「桜の木にさえ栄養が届いていれば、わたくしは飲まず食わずでも大丈夫ですが、折角ののような人の形になれたので、甘いものなど食べてみたいですわ。よく縁側で私を見ながらお舞さんが食べているお饅頭とか美味しそうですもの」
桜の木の妖精がそういうと、お舞は目を輝かせた。
「この家には酒飲みはよく集まるが、茶飲み友達は少なくての、よろこんで歓迎するぞ。まあ、歓迎と言ってもわらわより前からここにおるんじゃったな」
「私よりも前ですよ。私が京から江戸に引っ越してきて診療所の場所を探していた時に、目に留まったのがこの桜で、それが気に入ってこの場所にしたんです」
「ええ、前の住人がなくなって久しく、家も庭も朽ち果てかけていたのですが、白沢様のおかげでまた綺麗な庭で咲くことができるようになりました」
「いつからここに居るのじゃ?」
「もう五百年近くになるかしら。あら、いやですわ、女性に年を聞くなんて」
桜の木の精はころころと笑った。
「そうだ、私一応名前がありますの。昔の家主がつけてくれた名前なんですが、美しい桜と書いて、美桜でございます。以後お見知りおきを」
「なるほど名前までついていたのであれば、きっかけ次第で妖精が出て来てもおかしくはないですね。名づけをした方も、さぞかし名のある方だったんでしょう」
白沢は合点がいったようで、一人で納得してうんうんとうなずいていた。
「ところで白沢様、不躾ながらお願いがございますの」
「なんでしょうか?」
「実はわたくしには妹の桜の木がおりまして、元々この場所には二本桜の木が立っていたのですが、それが別の場所に植え替えられてしまったのです」
「あれから百年程経ちますが、今どうしているか心配で……」
「場所はわかっているのですか?」
「当時の家の者たちの会話から、江戸のどこかであることはわかっているのですが、それ以上はわかりませんの」
「その桜の木を探して欲しいと」
「はい、わたくしは子の木からは遠く離れられませんので」
「探した後はどうしますか?」
「元気なのが確認できれば良いのですが、出来ればなにか便りが欲しいですの」
「便りですか……私も木の声までは聞こえませんからねえ」
「そこを白沢様の力でなんとかおねがいしますの」
なんか最近同じような無責任なお願いをされたことがあったような……なにか既視感が……と思いながらも、とりあえずは妹だという桜の木を探すことにした。
兄弟と言っても一緒の場所に植えられたというだけで、遺伝子が一緒の訳ではないが、一応美桜の花びらと百年前に植えられていた場所の土を採取して、手掛かりとすることとした。
とはいえ、それだけで妹の桜を探せるわけではないので、まずは桜で有名な川の近くに行く事にした。
今日は休診日なのでお舞も一緒である。
美桜によると妹の桜にも名づけがされており、桜花というらしい。
それなりの人物が名づけをしているのであれば木にも霊力が宿り、多少の意思疎通ができるかもしれないと白沢は期待していた。
「さて、ここの川のほとりは桜が有名で昼間からでも花見客が大勢いる所だが……ん?」
真っ先に目に飛び込んで来たのは日本橋の親分だ。
白沢は仕事をほっぽり出して花見をしていることにあきれながら、親分のもとに歩を進める。
「親分さんいいんですか? 仕事中に真昼間から馬鹿騒ぎして」
「おお、これはこれは大白沢大先生いい! こ、こんな桜がきれいに咲いているときに悪事を働く人間なんていねえよお~。せ、先生も一杯どうだい?」
完全に出来上がっていた。
夕桜に続く




