第七十五話 四季の女神はわがままで【春の章】
「え? お舞さんはお二人と面識があるんですか?」
「おお、四季の神は毎年親父殿の山で季節の受け渡しをするのじゃ。わらわが生まれてから毎年会っておったが、昨年は診療所が忙しくて帰らんかったからの、二年ぶりの再会という訳じゃ」
「そうなんですか、それなら季節の受け渡しが終われば春になるんですよね? 今年それが終わってないのはどういったことなんですか?」
「それがね~」
佐保姫は右手を頬に当てて困った顔をして宇津田姫を見る。
「なんだよ、俺のせいだって言うのか?」
「だって、うっちーが受け渡しの儀をやらずに、江戸に居座ってるからいつまでたってもちゃんと春にならないのよ、本当に困った子だわ」
穏やかな言葉の中にも険を感じる。
にこやかな笑顔と裏腹に思う所があるのだろう。
「うっせえなあ、だから俺にも花見をさせろと言ってるんだ」
「花見ですか? 一体またどうして?」
「冬は皆閉じこもってろくに外にも出て来やがらねえ、俺が折角雪を降らしてやっても喜ぶのは子供と犬位だ。それなのに俺がいなくなった途端に皆で花を見ながら飲めや歌えやだと? 俺がいなくなった後にそんな楽しいことをされたら悔しいじゃないか」
「でも正月は賑やかですよ」
白沢がなんとかフォローしようとする。
「あんなの一瞬だ! 初詣が終わったら皆そそくさと家に帰るじゃないか。俺は皆と一緒にパーッと騒ぎたいんだ」
「だから、うっちーが江戸に居たら桜が咲かないんですよ。何度も言っているでしょう?」
「お前春の女神だろう、それくらい何とかしろ!」
「本体がある佐保山ならともかく、遠く離れたお江戸では難しいと何度も言っているでしょう?」
「だからそれを何とかしろって言ってるんだろうが!」
宇津田姫が声を荒げると、部屋の温度が五度ほど下がった気がする。
このままじゃ、江戸に大雪でも降らされかねない。
しかしながら二人に会話は全くの平行線である。
「まったく、宇津田姫は童の様じゃのう。ならぬものはならぬものじゃ」
「じゃあ聞くが、お舞は花見はしたことがあるのか?」
「それは勿論、うちの山の桜も見事だけど、江戸の桜も中々良い。この家の庭にも一本生えておるぞ、その花を見ながら食べる饅頭は最高じゃ」
「ずるいぞ、お前ばっかり!」
宇津田姫は頬を膨らます。
「この家に桜の木があるなら好都合、佐保、早速その木の花を咲かせよ」
「だから私は花咲じいさんじゃないのよ」
また平行線になりそうなところで、白沢が引き出しから一枚のお札を取りだす。
「宇津田姫様は一回花見が出来れば満足するんですね?」
「そうだ」
「この庭の桜でもいいんですね?」
「くどい!」
「はあ、仕方ないですね」
白沢は溜息をついてから隣の部屋から裏庭に下りて、まだつぼみにもなっていない桜の木に近づいてお札を木に貼る。
すると、木に生気が宿ったように光りだした。
「白沢さんこれは……?」
さすがに佐保姫も驚いたようである。
「あの木には私が唐から持ってきた青龍の札を貼りました。青龍は唐において春を司る神です。この状態からなら後はあなたの力で咲かせられるのでは?」
「ええ、ここまでくればうっちーがいても咲かせることが出来ますわ」
桜の花は佐保姫の象徴でもある。佐保姫がその木に向って春のパワーを送って行くとみるみるつぼみが膨らみ、やがて見事な桜の花が咲いた。
「おおこれが春の桜か、やはり冬に咲く寒桜とは全然違うの」
そう言って、宇津田姫は騒ぎ出す。
「酒じゃ、酒を持ってこい!」
その声が聞こえたわけではないだろうが、ちょうど九尾の狐が酒を持って白沢を訪れた。
いつものように勝手に上がり込み、縁側から桜を見た九尾の狐は感嘆の声をあげた。
「ほう、これはこれは見事な桜。白沢よ、青龍の札を使ったのか? あれはおぬしのとっておきの札であろう? 花を咲かせるのなんかに使ってよかったのか?」
「まあ、やむおえない事情でね、江戸を氷漬けにするわけにはいかないんで」
白沢は改めて九尾の狐にも女神たちを紹介する。
「こちら、春の女神の佐保姫様と冬の女神の宇津田姫様だ」
「これはこれは、お初にお目にかかる。ちょうどよい酒を持参した故、桜をつまみに一献いかがですかな」
「望む所だ!」
「仕方ないですねえ」
宇津田姫のやる気は当然だが、佐保姫もまんざらでもない。
「九尾殿、例の物もあるんじゃろうな?」
「無論だ、お舞殿、今日はうちの茶店でも大人気の薄皮まんじゅうを持ってきたぞ」
「ほほう、さすが心得ておるの、さ、白沢殿宴会じゃ」
やがて騒ぎを聞きつけた隣の麒麟堂の面々も、貸本屋を臨時休業にして参加した。
さして広くない部屋に皆が車座で酒を飲む。
お舞はいつも通りまんじゅうを口いっぱいに頬張っている。
宇津田姫もやっとのことで上機嫌だ。
「しかしなんだな? いざ花見が始まると桜などほどんど見ないもんだな」
「まあ、酒を飲むための口実みたいなもんですからね」
白沢の言葉に宇津田姫はにやりと笑う。
「よし決めたぞ! 今年の受け渡しの儀をここで行う、それで気持ちよく江戸の冬を終わらせてやろう!」
皆がわっ! と盛り上がる中、白沢はやっと春が来ることにほっとしていた。
しかしこの後、夏の女神の筒姫や秋の女神の竜田姫まで、この話を聞きつけ、江戸の四季の移り変わりの際は毎回白沢家で宴会をすることが恒例になって行くのだが、これはまだ白沢も知らない話。
このエビソード終わり 次回に続く




