第七十四話 四季の女神はわがままで【冬の章】
今回はスパッと二部構成。さらりとお読みください。
近頃春の兆しが見えてきたと思ったのに、中々暖かい日は続かない。
三寒四温というものの、もう三月も半分を過ぎるというのに、ともすると雪がちらつくこともある。
これでは桜も咲くことができまいに。
まるで春を迎えたくない冬が、春と喧嘩しているようだと白沢は思った。
そして今日はその寒い日である。久しぶりの休診日だというのに家の中で一枚多めに服を羽織る必要があったし、火鉢も中々片付けられずにいた。
そんな時、お舞の父親である山の神から便りが届いた。
山の神からは度々便りが届く。
山の神が統治する山は今でいう多摩のあたり一帯であるが、そこから山の神の使いである鳥が飛んできて、手紙を白沢の家の裏にある縁側に置いていく。
手紙を持ってくるのは、お舞が小さいころから遊び相手にしている鷹である。翼を広げると一メートル以上あろうかという鷹は、その気になればお舞ごと山まで飛んで行けそうである。
そして内容は大抵娘であるお舞に対しての手紙で、「飯は食うておるか?」とか「次はいつ帰ってくるのじゃ?」とか娘の事を心配した手紙であった。
しかし今回は丸めた手紙の表書きに「白沢殿」と記してあった。
娘への手紙の中で白沢に向けた言葉が書かれている場合はあるが。宛先が白沢となっているのは今回初めてであった。
鷹は返事を持って帰る為、裏庭の木に留まって白沢が手紙を読むのを待っている。
【拝啓
急ぎの用事にて堅い挨拶は抜きじゃ。実は今大変困ったことになっておる。江戸の町は今寒い日と暖かい日が口語に来ているじゃろう?
それは冬の女神である宇津田姫が、本来はもう北上を始めている筈なのに江戸にまだ居座っておって、春の女神である佐保姫ともめておるのじゃ。
いま二人ともわしの山に滞在しておるのじゃが、どうも女人同士のいさかいの仲裁にわしは向いておらぬようでな、二人とも全然話を聞いてくれぬ。
そこで人の心に詳しいであろう白沢殿に仲裁をお願いしたく思う。二人には白沢殿の居所を教える故、なんとか宇津田姫が素直に江戸を去って北へ向かう様、取りなしていただきたい。
白沢殿の事じゃから心配はないと思うが、何と言っても神様なので取り扱いには注意されたし。特に宇津田姫を怒らせて江戸が氷漬けにならぬ事を祈っておる。
かしこ】
「???????????? 私に女神様の喧嘩を仲裁しと??????????」
はてしない「?」が白沢を襲う。
ああこうしちゃいられない、急いで山の神に断りの返事を書かないと、それを待たずにこっち二人の女神様をよこすかもしれない。
はっと我に返った白沢が慌てて紙と筆を探していると、なぜか待っていた鷹が返事を待たずに飛び立ってしまった。
理由はまもなく判明した。白沢の診療所に大きな力がゆっくり近づいている。
鷹は白沢が手紙を読んだことを確認するためだけに庭で待っていたのだ。
白沢自身は勿論、九尾の狐や麒麟等白沢の周りには神に近い存在が多数いるが、季節を司る大いなる女神たちは次元の違う力を持っている。
へたをすると江戸全体の自然の生態系が崩れる恐れすらあるのだ。
例えば上がるはずの気温が上がらない、咲くはずの花が咲かない、目覚めるはずの動物が目覚めない、降るはずの雨が降らないなどとなったら、江戸はどうなるかも予測できない。
白沢はごくりとつばを飲み込む。
大きな力が診療所の扉をすり抜けて白沢達のいる、二人の美しい女神が白沢とお舞の前に現れた。
「こちらが白沢さんの住まいであってますか~?」
ふんわりとした春の空気が耳に当たるような優しい声で白沢に声をかけたのは、春の女神である佐保姫だ。
桃色や黄色に金の刺しゅうをあしらった華やかな着物を着ている。
背はそれほど大きくなく、体全体から柔らかい波動が出ているようで、庭を歩けば足跡から花が咲くのではないかと思うほどだ。
春風のような笑顔を携えて部屋に入って来た。
見た目の年の頃は十八歳ほどであろうか。
「なんだ、ちいせえ家だな。俺の寝る所はあるんだろうな?」
佐保姫とは真逆のような冷たい空気が白沢の頬を叩く。宇津田姫は工業高校のヤンキーのような態度でどかどかと部屋に入ってきた。
髪は長く青みがかった白で身長は高く百七十センチ以上あるようだ。
白地に金色と赤い刺しゅうが施された着物を着ており、背が高いのでモデルのように衣装が映えている。
見た目の年の頃は二十歳程に見える。
切れ長の目は妖艶かつ鋭く、簡単には声を掛けずらい様な雰囲気を醸し出していた。
「ちょっと、うっちー、初対面の方に失礼ですよ」
「け! 佐保! その呼び方はやめろ、背中がかゆくなる」
「えーかわいいじゃないですか~♪」
佐保姫はあくまでもふわふわした声で喋っている。隣りにいる宇津田姫と喧嘩している最中とはとは思えない穏やかな声だった。
「佐保姫、宇津田姫、久し振りじゃのう」
白沢の隣りにいたお舞が気安く神々に声をかける。
「山の神の娘ちゃん、久し振りねえ、相変わらず可愛いね」
「おお、山の神の娘か、昨年は会わなんだがしばらく見ぬうちに少しは大きくなったか?」
「だいぶ女っぷりが上がったじゃろう。今はお舞と名乗っているからそう呼んでくれ」
二人はお舞に近寄って、お舞の頭を撫でたりして再会を楽しんでいるようだった。
白沢は口をぽかんと開けてその様子を見ていた。
春の章に続く




