第七十三話 普通の探し物?【⑤】
数日後、やっと上半身が起こせるようになった美春の手には例の日本人形が戻ってきていた。
「おかえり」
そう言いながら人形を撫でる美春。
美春は自分を産んだ母親の事は覚えていない。新しいおかあさんは年も若かったし、つんけんしていて、なんだか馴染めなかった。
つまり母親というものがどういうものなのかよくわかっていない。
そんな美香の心を和ませてくれたのがお父さんが買ってきてくれたこの人形だ。なぜかこの人形がそばにいると落ち着いていた。
そんな心の支えだった人形が突然いなくなって美春はひどく落ち込んだ。
それでも、白沢先生が人形を見つけてくれたというので、うれしくて思わず駆け出してしまったのだ。
そのせいでこんな大怪我をしてみんなにひどく迷惑をかけてしまった。美春はそれを気に病んでいた。
部屋のふすまがゆっくり開く。継母の鶴子だ。もう家にきて三年も経つのに継母の事をお母さんと呼んだことはなかった。
「鶴子さん……」
「おかゆを持ってきたわ。少しでも食べなさい」
普段は使用人のご飯を食べていたので、鶴子が作ったご飯を食べるのは初めてだった。
美春は胃腸に負担をかけないように薄めに炊いたおかゆをゆっくりと口に運んだ。
それを見ながら鶴子は話す。
「私はね、昔子供を一度産んでいるの」
美春の手が止まる。
「でも、生まれて一年経たないうちに……」
鶴子の目に涙が浮かぶ。
「そのことに怒った姑に離縁を言い渡されて家を追い出されたた後、あなたのお父さんに助けていただいたの。でも家を追い出された事よりも、子供を失ったことの方がはるかにつらかった。だから、あなたの事もなるべく愛さないように遠ざけていたの。美春には関係ないことなのに、ごめんね」
美春はしばらくおかゆを持ったままうつむいていたが、顔をあげて言った。
「でも白沢先生に聞いたよ、鶴子さん……ううん、お母さんが血をくれたおかげで私は生きてるって」
「お母さんって呼んでくれるのね」
「だってもう血もつながってるし、しょうがないじゃない」
「本当ね」
二人は静かに笑いあう。
この二人の様子を愛おしそうに、でもどこか寂しそうに日本人形は見ていた。
その日の夜。人形はまたも旧家を抜け出して白沢の家に来ていた。
「ちょっと、一つの人形に幽霊二人とりつくなんて無茶なことしないで下さいよ」
白沢があきれたように言う。
しかし人形は座布団の上に座って反論する。
「でも最後に白沢先生にお礼を言ってから成仏しないと。私達二人とも地縛霊だから人形にとりつかないと動けないのよ」
「そうそう、しかたないのよ」
一つの人形から二人の声が聞こえる。ちょっと頭がおかしくなりそうだ。
「で、おふじさんは息子の宗吉さんが重吉さんのもとでたくましく生きていることを確認できたから、安心して成仏したいと」
「はい」
「で、元々人形にとりついていた、えーと……」
「お千代です」
「お千代さんが美春さんを産んだ、つまり本当の母親なんですよね?」
「そうそう私もね、美春を産んですぐに死んでしまったから、あの子が心配で死んだ後もあの家にいたんだけど、まさか私が若いころ売った髪を使った人形を主人が買ってくるなんてね。これ幸いにとりついたわ。おかげで娘とも触れ合えたし、夜は家を抜け出して散歩も出来たし」
二人の母親が同じ人形に髪を提供し、あまつさえ幽霊になって同じ人形に憑依するとは恐ろしい偶然である。
「私は鶴子さんが後妻になって、いい母親になってくれたら成仏しようと思っていたんだけど、あの人あんな感じでしょう? でも鶴子さんは自分が倒れそうになるまで血を抜かれてもあの子の事を心配してくれて……今日美春とも仲直りしたみたいだから、もう私が見守る必要はないわ」
「で、成仏したいと」
「はい」
「成仏に関してはまあ坊主を呼んでいるからいいんですけど」
診療所には寝ている所を白沢の使いに起こされた獏和尚がいた。まだ眠そうだ。
「抜け殻になった人形をどうやって返せばいいんですか?」
「それは、白沢先生のお力でなんとか」
「そう、なんとか」
また人形の口から二人分の声が聞こえる。
「もう、無責任な」
白沢は肩を落とす。
その後、成仏の儀はとどこおりなく終わり、二人は成仏していった。
といっても、二人ともすでにこの世の未練を断ち切っていたので、後は軽く背中を押す程度だった、実際和尚の念仏が始まったとたんに二人は黄泉へと旅立った。
部屋に敷いた座布団には、幽霊が抜けた正真正銘のただの人形が転がっていた。
「さてさて、この人形はどうやって返したものか。夜回り中のお玉さんに頼むしかないかあ……」
白沢は月の見える縁側に立ち、頭をポリポリ掻きながらぼやいていた。
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