第七十二話 普通の探し物?【④】
白沢の問いに、おふじは人形なりに複雑そうな顔をした。
「息子のことは安心しましたが、この人形の体の持ち主様とはあと一日貸していただける約束があります。どうか明日まで待っていただけませんか? 最後にもう一度あの子の幸せそうな寝顔を見たいのです」
わかりました。では明日の朝伺いましょう。
「明日は朝から仕事で、重吉さんや宗吉は不在です。当然私も一緒ですので、おふじさんに直接声をかけてください。
「承知しました」
そう言って白沢は診療所へ戻り、おふじは宗吉との最後の夜を過ごした。
これは後日聞いた話だが、最後の夜、おふじがちょっと欲を出して夜中こっそり宗吉の布団にもぐりこんだそうだが、甘奈に引っ張り出されたそうだ。今は自分の方が物なのだから、おふじもあまり重吉の事は言えそうにない。
そして翌朝、おふじは身支度……と言っても動きやすいように括っていた着物の裾を戻しただけだが、後は人形として風呂敷に包まれ白沢に持って行ってもらうという算段だ。
白沢は旧家の近くで日本橋の親分と合流した。
こんな時だけ日本橋の親分は自分も自分も協力したかのように同行する。
まあ、白沢はもとより名声などに興味がないから良いのだが。
先に知らせておいたせいか、旧家の前で主人夫婦と娘の美春が待っていた。
白沢達の姿を見ると思わず美春がこちらに駆け出してくる。
その時、荷物を運んでいた大八車が横から飛び出してきた。
「危ない!」
白沢は叫んだが、美春は大八車と接触し接触してしまった。
美春の手や足からは血が流れている。
白沢は人形を親分に渡して、素早く美春のもとに駆け付けた。
辺りは騒然としている。
幸い頭は打っていないようだが、出血がひどい、おそらく動脈が損傷している。
白沢は直ぐに出来る限りの止血をし、美春を抱えたまま診療所へ駆けた。
そうしている間にも止血した布や白沢の着物が赤く染まっている。
早く死を止めないと失血死の可能性があった。
青くなって美春のそばで狼狽していた旧家の主人夫婦も白沢の後を追う。
この時ばかりは無愛想な継母も必死の形相で走っていた。
親分も人形を抱えたまま診療所へと向かった。
診療所に戻るなり、白沢はお舞に手術の用意を頼んだ。のっぴきならない様子の白沢を見て、お舞も機敏に動きすぐに支度を整えた。
骨折箇所もあるようだが、とにもかくにも血を止めないといけない。白沢は美春の体を触診し、出血個所を特定する。思った通り動脈から大量に出血している。
白沢は急ぎ大きな損傷から手当てをしていった。おそらく白沢にしか出来ないスピードで各箇所を縫合していく。
必死の処置の甲斐あって止血のめどはついた。しかし、出血量がすでに多すぎて、危険な状態になっている。美春の顔も血の気が引いて白くなっている。
白沢は意を決し、固唾をのんで見守っている夫婦に対しこう申し出る。
「娘さんを助けるには血が足りません。お二人の血を使わせてもらうことはできませんか?」
この時代、輸血という概念は西洋医学の書物でのみ伝わっているだけで、実際に人から人への輸血という手法がとられるのはここから百年以上後の話になる。
なので、これはあくまでファンタジーにおける演出と理解されたし(J○N的な感じ)。
この時代においては白沢の申し出は、狂気ともいえる提案なのだが、美春の両親は藁をもすがる想いで即座に了承した。
ついでにお人よしの日本橋の親分まで立候補していた。
しかし輸血というのは誰の血でもいいわけではない。
血を調べて適合するかどうかを調べないといけない。
当たり前だが白沢達人外の血も使えない。
白沢は三人の血を少量採取して型を調べる
白沢が江戸時代にあるはずもない輸血だの血液型の事を知っているのには理由があるのだが、それはまた別の機会に。
調べた結果残念ながら父親の方は適合しなかった。現代の話で言うと父親はA型で娘はO型であったということだ。遺伝子の組み合わせによってはA型からO型が生まれることはありうる。日本橋の親分もB型で駄目だった。
一方継母の方はO型なので適合できるはず、しかし一人の人間からギリギリまで採取しないとおそらく足りないのだが、継母は言い切った。
「私の血を全部上げてもいいから美春を助けてください」
もちろん、どちらの命も失う訳には行かないが、事態は一刻を争う。
白沢は継母の方から血を採取し、美春に輸血しながら処置を続けた。
そして数時間後……
「目が覚めましたか?」
白沢の言葉にまだ夢を見ているような顔で目をうつろに動かす美春。
体は布団に寝かされていた。
「体はまだ動かしてはいけませんよ。あばら骨も折れてるし、このまま安静にしてください」
美春はだんだんはっきりと目の前の景色が認識できるようになる。眼前には父親と継母が目に涙をためて美春の顔を覗き込んでいた。
顔にぽたぽたと涙が落ちてくる。
涙が口にも入ってくる。
ちょっとしょっぱいな。
そんなことを思いながら美春はまた眠くなり眼を閉じた。
⑤(最終話)につづく




