第七十話 普通の探し物?【②】
美春はいつも人形が置いてあったという箪笥の上を指さした。
「いつもはお人形さんはここに座っているの、でも寝る時は座布団をひいて私の隣りに寝かしていたわ」
その言葉に主人はやさしくうなずく。
継母は例のごとく興味なさそうにどこかを見ている。
美春の話によると人形の大きさは三十センチほど、手足が人のように動くようになって、口元も動くらしい。
その人形と居ると心が安らぐ気がして、とても大事にしていたそうだ。
白沢は人形が置いてあったという箪笥の上を丹念に調べ、続いて寝ているときに人形が敷いていたという座布団を調べる。
この店の主人と妻はそんなことで、人形の場所がわかるのかといぶかしげだが、白沢のやり方をいつも見ている親分は、悠然とその様子を眺めている。
白沢は主にものを探すときは匂いを、人や妖に関するものであればその場にのこる生気、つまり気配の様なものを感じ取ってその足跡を追う。
そしてこの時白沢が感じた手掛かりは、以前別の探し物で経験したことのある変わった気配だった。
その後白沢は主人に礼を言って、旧家を後にした。
「じゃ、日本橋の親分さん、後は私の方で人形を探します。見つけたら番所に知らせに行きますので」
「そうかい、いつもながら先生は頼りになるね。よろしく頼むよ」
確かに自分で探すとは言ったが、岡っ引きが大事な仕事を町人に丸投げしていいと思っているのかね? 白沢はあきれつつも余計なことをしないというのも親分の長所の一つかもしれないなとも思った。無能な働き者ほど厄介なものはない。
さて、手掛かりはつかんだが、今日はもう夜も更けてきた。白沢はお舞の待つ診療所へと足を向けた。
お舞は家で夕餉を作ってって待ってくれていた。
今日のご飯は鰈の煮つけだ。こういった魚が市場に出回るのも春が近い証拠と言える。
淡白な鰈は砂糖を酒を使って甘辛くに付けられており、身の中にまでは染みこませない程度に煮つけてあるのが良い。お舞は山育ちなので当初海の魚の料理は苦手であったが、ずいぶん上達したものだ。
「煮魚美味しいですね」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
お舞は満足そうにうなずく。
「で、どうだったんじゃ?」
お舞が鰈の身をほぐしながらながら、今日の探し物の話を白沢に尋ねた。
「無くなった人形の気配はまだ残っていたので探すのは簡単なんだけど、ことによると面倒な話になるかもしれませんねえ」
「面倒とはなんじゃ?」
「お舞さん、以前鬼に追われて現世に来ていたおりんちゃんを覚えていますか?」
「ああ、座敷童騒動の時の子供じゃな」
以前白沢はある娘から家に住んでいた座敷童を探して欲しい、という依頼を受けたことがあった。しかし座敷童の正体はまだ娘が小さいころ病気で死んだお姉さんの幽霊だったという出来事があった。
その際も座敷童が触ったというおみくじの紙から気配を感じ取ったんですけど、それはつまりおりんちゃんの幽霊の気配だったわけです。今回もそれと似たような気配なんですよね」
「じゃ、その人形は幽霊だったというのか?」
「正確には幽霊が取り付いた人形ってことでしょうね。はてさて幽霊が人形の体を使って何をするつもりなのか想像できないですね」
「呪いの人形だったりしての」
お舞がニヤニヤしながらつぶやいた。
翌日、白沢は朝早くから動き出した。
昨日確認した気配で十分足跡は辿れる、一旦人形町の屋敷まで行ってそこから辿ろうかとしたが、妙なことに家を出てしばらく歩いたところで、昨日の人形とそれにとりついた幽霊とおぼしきモノの気配を近くに感じる。
昨日はこことは違う道で帰ったので気が付かなかった。
その気配を辿って行くと、あろうことか見覚えのある長屋にたどり着く。
ここは知り合いの大工の棟梁である重吉の住む長屋だ。以前愛用のカンナに付喪神が付くようになり、勘違いからその付喪神が家出してしまったという出来事があった。
まさかと思いつつ気配を辿るがどう考えても棟梁の家の方に気配が続く。
あの重吉さんが人形を盗んだ下手人? 真面目一徹の職人がまさか? なにより五十の独身男が日本人形を盗み出すなんて意味が分からないし、ご丁寧に幽霊までとりついている人形を?
そうして棟梁の部屋の前まで来たが、今はいないようだ。中の様子をうかがおうとしたとき、後ろから声を掛けられた。
「白沢様? どうしてここに?」
重吉愛用のカンナから生まれた付喪神の甘奈だ。
白沢から見て見た目は三十歳ほどの上品な女性に見えるが、付喪神として生まれて間もないので霊力が薄く、今は人外の者や霊感を持った者にしかその姿は見えない。
「甘奈さん、おかしなことを聞くようだけど、ここに最近重吉さんが日本人形を持ち込んで来なかったかい?」
甘奈の表情が曇る。
「白沢が様何故それを……ああ、でも旧家の家の人形が無くなれば騒ぎになりますよね……あ、でも違うんです。重吉さんが盗んだとかではないんです」
「何か知っているようだね。聞かせてもらえるかい?」
——二日前の事
夜中に長屋を覗く妙な視線を感じた甘奈は人の姿になり、重吉を起こさないようにそっと扉を開けた。
そこには誰もいないと思った時、足元でカタッと音がした。
足元を見ると日本人形が腰を抜かしたような体制で座った状態で地面に置いてある。
しかしその人形はなんと、手足を動かし、何とか逃げようとうごめいるではないか。
甘奈はその人形をひょいと抱き上げた。
人形の額にはなぜか汗がにじんでおり、心なしか甘奈と目を合わせようとしない。
「お前は誰ですか?」
甘奈の言葉に人形はびくっと反応し、人形の口が動いた。
「お、お化け様、命ばかりはお助けを。私はこの家にいる子供の母です」
「誰がお化けですか!」
甘奈は一瞬声を荒げてから自分で口を押えた。甘奈は普通の人には姿こそ見えないが、この頃声は少し聞こえるようになっていたからだ。
重吉を起こさない様、甘奈は小声で話す。
「私は甘奈。大工道具の一つであるカンナの付喪神です。お前こそ呪いの人形かなにかかい?」
「呪いなんてとんでもない、私はこの人形にとり憑いた幽霊です」
(じゃやっぱり、お前の方がお化けじゃないか)と甘奈は思う。
幽霊は続けて自分の身の上話を始めた。
③に続く




