第六十九話 普通の探し物?【①】
今回は更新が怒れましたが、ついでに長くもなってしまいました。
五話構成でお届けです。
寒さも和らぎ春の兆しが見えてきた頃、今日は診療所を訪ねてくる患者も比較的少なく落ち着いていた。
しかし季節の変わり目というものは甘く見てはいけない。三寒四温といってまだ寒さと暖かさは順繰りにやってくる。
そのうち風邪をひいた患者が大挙やってくる日もあるかもしれない。今のうちに咳止めや熱さましの薬を多めに作っておこうかと白沢はお舞に声を掛けようとしていた。
風邪に効く薬と言っても直接風邪のウイルスをやっつける薬というのは今現在の医学でも存在しない。あくまでも風邪によって起こる熱、咳、鼻水、頭痛などの症状を緩和する薬である。
風邪を根本的に治す薬が発明されたらノーベル賞間違いなし、なんて話もある。
本当に開発しようとすると、世界中の医療関係者と製薬会社から命を狙われるなんて都市伝説もあるが、風邪の原因ウイルスと言っても数百種類あり、全部に効く薬の開発はほぼ不可能という事なのが実際の話らしい(諸説あり)。
さてこの江戸時代の風邪の症状に効く薬というと漢方薬が主である。とはいえ、高価なものも多いので、いわゆる民間療法も用いられていた。現代でも生姜湯で体をあっためるとか、ネギを首に巻く(本当にしている人は見たことないが)などが伝えられている。
白沢は様々な漢方医学に精通しているだけでなく、蘭方医学(西洋医学)にも詳しいため、江戸のどの医者よりも効果的な薬を作ることが出来た。
「お舞さん、今日は患者も少ないから風邪の薬の調合をしておきましょうか?」
「うむ、備えあれば憂いなしじゃな。薬の調合は楽しいからいくらでも作るぞ」
と言って診療所の何時から腰を浮かした瞬間、入口が開いた。
「ごめんよ」
入って来たのは北町奉行所に所属する岡っ引きの親分だ。白沢は日本橋の親分と呼んでいる。
ちなみに、江戸には北町奉行所と南町奉行所があるが、これは江戸の北と南を地域的に分けて管轄しているわけではない。
担当する案件に若干違いはあったそうだが、基本的には月ごとに役割を変えながら両方の奉行所が協力して江戸の町を守っている。
その奉行所には奉行を筆頭として、与力、同心が多数おり、同心が自腹で手足として雇うのが岡っ引きである。
「おや、日本橋の親分、ずいぶん久しぶりな気がしますね、どこぞに行ったらしたんですか?」
「ああ、最近は奉行所の中の記録帳の整理を手伝わされていてな。まあ、このお江戸で大した事件が起きていないこともあるから、いいことではあるがね」
「江戸の町が平穏なのは結構ですね、では今日はどういった御用で?」
「そうそう、俺が記録帳の整理から解放されたのもこれが原因なんだがね」
「ま、が話も長くなりそうだし、奥にどうぞ」
白沢は親分を畳の間に通す。
お舞には奥の部屋で薬の処方を頼んでいるため、この部屋には白沢と日本橋の親分が向かい合わせに座っている。
親分は白沢に出されたお茶を人すすりして話を始めた。
「とある旧家の話なんだが、数年前に主人が自分の娘のために日本人形を買い求めたんだ。その人形は人毛を使った高価なものなんだが、もう一つ特徴があって関節が中に動くようになっているらしい。その家の娘はその人形をたいそう気に入っていたんだが……」
「失われたと?」
「うん、そういう事なんだがその人形は昨日の朝、無くなっていたらしいんだ。物取りが入ったにしても、誰にもにも気づかれず、屋敷の奥にある娘の部屋にあった人形を持ち出すことは難しいだろう。しかも無くなったのはその人形だけでな、奉行所としても頭を抱えている、で、先生の出番というわけだ」
「ふうん、でもなんだか久し振りに普通の探し物の依頼が来たような気がしますね、最近は夢の中の茄子を探したり、化け猫を探したり……」
「なんだい、それ?」
「あ、まあこっちの事です。いいでしょう。お引き受けします。早速人形のあった場所を見せてもらえますか?」
「おっ! 話が早いね。では今から行こう」
そういう話になった。
その旧家というのは人形町の方にあるという事で留守はお舞に任せ、二人でその屋敷に向かった。
出迎えた屋敷の主人は恰幅の良い三十代後半くらいの男で、旧家の跡取りだけだけあって、着物も上等だが、派手過ぎず上品な色合いの着物であった。
むしろ一緒に出てきた奥方の方がやや派手な着物を着ており、主人よりもずいぶん年下に見えた。ニ十歳前半と言ったところであろうか、後で親分に聞いたところでは、この奥方は二番目の妻で、人形の持ち主である娘とは血がつながっていないらしい。つまり継母ということだ。
「白沢先生、わざわざ足を運んでもらって申し訳ありません。しかし評判の白沢先生に探していただけるとなると、心強いばかりにございます」
数百年続く旧家の主人ということで、ある程度態度の大きい人物を白沢は想像していたが、一介の町医者に頭を下げる主人に少し拍子抜けをしていた。
その代わりというわけではないが、隣の奥方はそんな主人の言葉を聞いているのかいないのか、よそを向いて不愛想に立っていた。
「お役に立てるかどうかわかりませんがやってみます。まずは人形が置いてあったという部屋を見せていただけますか?」
「ではこちらに」
白沢は主人の案内で人形が置いてあったという娘の部屋についた。
確かにこの部屋は玄関からも裏口からも遠い位置にあり、窓がない代わりに当時では珍しい二階建の屋敷の二階の空間から明かりが取られており、解放感のある居心地の良い部屋であった。
この部屋を娘に与えているというのは、いかに主人が娘を大事に思っていることがうかがい知れる。
「美春、入りますよ」
主人は娘の名を呼びふすまを開ける。
部屋の中には、十歳ほどとみられる娘が、座っていた。やはり少し元気がないように見える。
この娘の本当の母親、つまりこの家の主人の先妻はお千代というのだが女の子を産んでまもなく息を引き取っているため、美春は母親の事を覚えていない」
そして三年前に主人が周囲の者に勧められ、めとった後妻が今の妻というわけだ。
白沢は美春にやさしく声をかける。
「美春ちゃん、僕が美春ちゃんお大事なお人形を見つけてあげるから話を聞かせてもらえるかな?」
美春少し目を潤ませながらも、白沢の目を見てこくりとうなずいた。
②につづく




