第六十八話 ブラウン&ホワイト【其の参】
シロは必死に牙をむいて威嚇しているが、囲んでいる野犬達は歯牙にもかけない。
縄張りに迷い込んできた、不届きな子犬をどうしてやろうかという雰囲気だ。
茶太郎は天才犬ではあるが戦闘力が高いわけではない。
しかし助けを呼んでいる暇もない。
生意気で言うこと聞かない犬ではあるが、助けないわけにはいかない。顔に傷でもついたらますます飼い主が見つからないし。
茶太郎は意を決して野犬の隙間を縫ってシロの前に立ちふさがった。
※ここからは動物同士の会話であるので動物語で喋ってるとご認識下さい
「なんだお前は? 首に風呂敷なんて巻いて、飼い犬だな?」
「その通りだ。この子犬はうちの飼い主の預かり犬でね。間違って迷い込んでしまったんだ。悪気はなかったのでこのまま帰して欲しい」
ちなみに茶太郎は人間お言葉を喋るときはキャラ付けのために語尾にワンをつけるが、動物同士の時には付けない。ややこしい話である。
「そうはいかねえなあ。こいつは勝手に俺たちの縄張りに入って来たくせに注意した俺の鼻を引っ掻きやがったんだ。落とし前をつけないといけねえ」
「ええ~?」
茶太郎は思わず背後のシロの顔を見るがシロはそっぽを向いている。
「わかった。じゃ、その分の罰は僕が受けるからそれで勘弁してくれ」
「お前が? まあいい、俺達野犬はメンツがすべてでな。子犬に仕置きするのは少し大人げないと思っていたから貴様で勘弁してやろう」
そう言うが早いか、野犬のボスが茶太郎の首にかぶりついた。
「いやちょっと、待って、シロは鼻を引っ掻いたんだから僕にも同じ仕返しをするのが相場じゃないの?」
茶太郎が苦しそうに呻く。
「うるさい。俺たちの相場は倍返し。いや十倍返しだ!」
「そんな、無茶な、ちょっと歯が食い込んで……」
そんな茶太郎の苦境を見かねたシロは茶太郎を噛んでいる犬に飛びかかる。
普段は茶太郎の事を気にしてもいないようなそぶりだが、それなりに仲間意識はあるらしい。
「なんだ? こいつ! また歯向かいやがって! どうせ後でこのガキもしめるつもりだったんだ。野郎どもこいつもやっちまえ! 俺たちの縄張りを荒らす奴は全員血祭だ!」
「シロやめろ! 早く逃げるんだ!」
茶太郎の叫びもむなしく、野犬のボスの号令とともにシロに襲い掛かろうとした野犬達が一斉に動きを止めた。
空き地の隣りにある廃屋の屋根の上から強烈な殺気を感じたからだ。
屋根の上には江猫組の幹部であるアントニオが野犬達を睨んでいた。
「誰の縄張りだって?」
声のトーンは静かだが、低温で響く声は殺気をはらんでいる。アントニオを体はトラ柄で目玉は金色に光り細くなっていた。
江猫組の化け猫の中でも相当な腕利きであるアントニオは普段はやさしいが、その気になればシベリアトラに匹敵する戦闘力の持ち主である。
「この辺は俺の担当地区であり、お前らは俺の許可を得てこの辺に住んでいるはずだ。猫や人に迷惑をかけないという条件でな。俺が最近忙しくてここを離れているうちに、ずいぶん勝手なことをやってくれるじゃないか?」
野犬のボスは直ぐに茶太郎の首から牙をはずし、震えながら伏せの体制になっている。
他の犬たちも同様である。
「茶太郎さん大丈夫かい?」
アントニオはシロたち兄弟が捨てられていた所を発見して、なんとか保護しようとしていた猫で、茶太郎とも顔見知りであった。
「ええ、何とか」
茶太郎の首筋には牙の跡があり血がにじんでいる。
アントニオは屋根から飛び降り、茶太郎の傷を舐めて簡単な手当てをした後、まだ伏せの状態で震えている野犬の顔の前に顔を近づけた。その距離は一寸(約三センチ)もない。
「あまつさえ、俺の友人に傷を負わしやがって、本来ならばその牙を全部叩き折ってやるところだが、子供の前だ。夜に組合長を連れてくるから、しっかり怒られるんだな。ウチの新しい組合長の説教は長いぞ。泣いてもやめないから覚悟しな」
実際組合長のお玉は本来喧嘩上等のタイプであったが、江戸の生活に慣れるにつれ無駄に暴れるのを控えるようになっていた。
その代わり、関西弁でまくし立てる説教の破壊力はかなり強烈で、説教されている者だけではなく、隣にいるものまで震え上がる程であった。
野犬達は、今日そのお玉の説教の罰を受けることになったのだ。
さすがの野犬達もしょんばりしている。
「お前たちはそこの空き家で夜まで待っていろ」
そう言って、アントニオは茶太郎とシロを連れて野犬達が住む地区から出て行った。
「俺の唾液には血止めの効果があるから、これ以上出血することはないと思います。後は白沢先生にでも見てもらってください」
アントニオはさっきまでとうってかわって、やさしい声で茶太郎に話す。
「ありがとうございました。またお礼は改めて」
茶太郎はシロにも頭を下げさせ、少し首元を気にしながら家に帰って行った。
茶太郎とシロが帰ると、店の少し手前で小一郎が待っていた
「茶太郎! こっちだ」
小一郎はそう言って、両親にばれないように木戸から庭へと二匹を入れた。
「よかった、さすが茶太郎だ」
そう言って太郎の頭を撫でようとして首元の傷に気が付いた。
「おい、どうしたのこの傷?」
「いやまあ、野犬とちょっと戦った跡ですワン」
「野犬と? そうか茶太郎が野犬をやっつけて、子犬を救い出してくれたんだね」
「……まあ、大体そんな感じですワン」
江猫組の説明まですると、ますます小一郎の好奇心が騒ぎ出してしまうので、アントニオに助けてもらったことは言わなかった。
その後、茶太郎は飼い主である店の主人に白沢先生の所に連れて行ってもらい、ちゃんと治療をしてもらった。もちろん小一郎は子犬が脱走したことは隠して、外で野犬に襲われたらしいとか言って適当にごまかしていた。
そして危険を一緒に潜り抜けたこともあり、シロは茶太郎に少し敬意をしめす様になっており、二匹の距離は以前よりも縮まったようだった。
さて、お店が妙に流行っていた原因であるが、最初に店に城が来た時、ちりめん生地を引っ張りまわして自分自身がぐるぐる巻きになっていたのを、店の主人がヒントにしてちりめん生地の犬の服を作っていたのだ。
通気性が良くおしゃれなちりめん生地の犬服は、富裕層を中心に大バズりしていたとの事。
その功績も加味して、シロは正式に三津屋で飼われることとなった。
名前はいまさら呼び方を変えるのは面倒くさいとの理由で、茶太郎が小一郎に掛け合い、「シロ」のままとなった。
首には茶太郎とお揃いの店の名前入りの風呂敷を首に巻いている。
余談ではあるが、例の野犬達はお玉に朝まで怒られてすっかりおとなしくなったということだ。
エピソード終わり 次回エピソードに続く




