第六十七話 ブラウン&ホワイト【其の弐】
さて、茶太郎は今日も庭でシロの相手をしている。
小犬というものは常にテンションが高く、自分の体力の出し惜しみをしないので、遊ぶときは徹底的に遊ぶ。今日は売り物にならなくなった古い生地をおもちゃとして貰ったので、それをガジガジしたり引っ張り合いをして遊んでいる。もちろん引っ張り合いの相手をするのは茶太郎だ。それに飽きたら庭の隅で穴を掘って遊んでいる。
植木の根っこに傷がついてもいけないので、穴を掘るをやめるように言っても、当然のように言うことを聞かない。
そして数時間全力で遊んだシロは、ほどなく突然電池が切れたようにこてんと横になり寝てしまう。
このような日々がもう半月ほども続いていた。
今日も散々振り回された後、ようやく昼頃になり電池が切れたようだ。
茶太郎は寺小屋からお昼を食べに戻って来た小一郎に言って外出の許可を得た。
庭の木戸を開けてもらい、そこから外に出る。もちろん茶太郎の知能であれば勝手に戸を開けることもできるが、そこは犬らしく振る舞う様にしている。
木戸の外に出ると店の裏口に出る。表の道に回りながら店先を見てみるとなんだかすごく人が多い。
「へえ、先日旦那様は商売の調子が今一つと愚痴をこぼしていたけど、今日は良く流行ってるねえ。なにか新しい商品でも開発したかもしれないワン」
繁盛する三津屋を横目に茶太郎は九十九茶屋へと向かった。
こちらも正月に出した野菜の雑煮が評判を呼び、相変わらず流行っているようだ。
九十九茶屋はさほど大きな茶屋ではない為、店の外にまで長椅子を並べて対応していた。まだ寒い中であるが、皆美味しそうに外で雑煮を食べている。
店先には獏の娘の琥珀が元気に接客をしており、奥には妖狐の理子と九尾の狐がいた。
九尾の狐が茶太郎に気が付くと店先に出てきた。
「茶太郎ではないか、今日の子守は終わったのか?」
「ええ、まあ。しかし子守というのは半月経っても慣れないものですワン」
「はは、子育ては子ごとに違うからの、一生慣れんかもしれんな。とはいえ、わしは全部で一〇八匹の子がおるからの。いわば子育ての玄人じゃ。わからんことがあったら何でも聞くがよいぞ」
「一〇八匹ですか‼ すごいですね。お子さんたちは今どこにいるんですかワン?」
「さあて、多くは日本の稲荷神社で働いておると思うが、唐に渡ったり、西洋に渡ったものもいると聞くのう」
「あれ? では草分け神社にもいるんですかワン?」
「あそこにいるのは孫じゃ」
(なるほど、大きな顔をして居候していても文句を言われないはずだ)
と心の中でも思う茶太郎だった。
九尾狐と雑談をして気分転換も出来た所で、茶太郎は家に帰ることにした。そろそろシロがまた起きてくるころだ。
庭に戻るときは店先の方から戻るのだが、店につくよりも先に小一郎が息を切らして走って来た。
「茶太郎、大変だ! 子犬がどっかに行っちゃった!」
「え? 庭からどうやって外に出たんですワン?」
シロがいた庭は木でできた塀に囲まれていて、出口は茶太郎が使った木戸しかない。
縁側から家の中に上がることはできるが、シロにはまだ高すぎて飛び乗ることはできないはずである。
また、庭の塀の下には少し隙間があるものの、せいぜい鼠が通れるほどの隙間である。
「穴だよ穴、自分で塀のそばに穴を掘って隙間を広げていたんだ。何も考えてないようで、中々かしこい子だよ」
「いつも遊びで掘っていると思ってたあの穴ですか、あいつなかなかやりますワン」
茶太郎はあまり周りから見えないように、木の陰で穴を掘っている姿を思い出していた。
「落ち着いている場合じゃないよ! 早く探さないと野犬に襲われたらひとたまりもないよ!」
「ああ、そうでした。においを辿って今から探してきますワン」
「頼んだよ。また父上と母上は気が付いてないんだ。僕らだけで解決しよう」
(僕らって……探すの僕だけなんだけどなあ)
茶太郎はシロが脱走したおぼしき塀の下に掘られた穴から、シロの匂いを辿った。
好奇心旺盛なシロの事だ。結構遠くまで行っているかもしれないからどこまで匂いを辿れるだろうか。
生類憐みの令が施行されているため、江戸には犬が多い。話の分かりそうな犬に聞きこみしていくしかないかもしれない。
江戸にはいろんな犬がいる。人に飼われてる犬は割と文化的だが、生まれながらの野犬にはアウトロー的な犬も多い。
そう言った輩に絡まれていなければいいのだが、シロは強い相手にも引きそうにないから、心配であった。
白沢に頼むという方法もあったが、おそらく一刻を争う事態なので、このまま自分で探す方が良いと茶太郎は思い、道を急ぐ。。
匂いが薄くなって途切れたあたりに、大きな老犬が寝そべっていたので、話を聞いてみると白い子犬が、西の方に向って歩いて行ったと教えてくれた。
茶太郎は老犬に礼を言って西へ向かって行く。
この先は廃屋や賭場があり、あまり治安が良くない場所だ。
あまりいい感じはしないなと思いながら先に進んで行ったが、残念ながら嫌な予感は的中した。
いい予感というのは度々外れるが、悪いほうの予感というのは当たってしまうものだ。
小さな空き地の隅でシロは数匹の野犬に囲まれていた。
其の参 に続く




