第六十四話 雑煮(前編)
今回は二部作です。季節外れで恐縮ですが、お盆の移動でお暇なときにでもお読みください。
新年を迎えた白沢家では、年末についたお餅を使って雑煮が振る舞われていた。
部屋の中にはお舞にお玉、麒麟と真生の四人が座って雑煮を食べている。白沢はまだ土間で七輪の前だ。。
今年の雑煮の具材は獏の親子が持ってきた茄子を七輪焼いたものだ。
七輪の中には炭がチリチリと静かに燃えており、赤く点滅しているようだった。
通常焼きナスは丸ごと焼いて、焼きあがったものを皮をむいた食べるが、今回は雑煮の具ということで、輪切りにした茄子を網で焼き目を付けながら表面をパリッと焼く。それをお餅の下に敷くようにして椀に入れる。
そうすることで柔らかいお餅が椀の底にくっつくことも防げ、一石二鳥である。
茄子は雑煮としてはあまりメジャーな具材ではないが、香ばしく焼いた茄子と、柔らかい餅、そして関西風の澄まし汁の取り合わせは悪くなかった。
お舞やお玉も「うまいうまい」と言ってお代わりする。
麒麟や真生も二人に負けじとお替りするので、白沢は追加の茄子を焼くのに追われて中々自分が食べることが出来ないほどだ。
獏にとっては夢が一番の好物だが、人間の食べ物も食べることが出来る。特に獏和尚はすっかり人間社会に馴染んでいるため、いまや人間の食べ物が主食である。
子供の獏も白沢に一度食べた夢を返して空腹であったこともあり、茄子の雑煮にむしゃぶりついていた。
ちなみに獏に化ける能力はないが、もともと獏は二本足で立つと人間のような顔と体形をしている。しかし、鼻だけは象というかアリクイというかとにかく長くなっているので、マスクの様なもので口元だけは隠していたが、今は雑煮を食べるためにそれも取っている。
子供の獏は雑煮を三杯食べてようやく落ち着いたようだ。
「そうですか、あなた様が白沢様でしたか、夢の中では夢を見ている人から僕は見えないはずなので、声を掛けられてびっくりしました。白沢様の事は親父殿の手紙でも聞いておりました」
「おやおや、何を手紙に書かれているのやら、なにか悪口とか書かれてませんでしたか?」
そういうと父親の獏和尚は大きくかぶりをふる。
「とんでもない! 何でも知っているすごい方で、大変お世話になっているという事しか書いてませんよ」
子供の獏も慌てて横で何度もうなずくので、白沢は苦笑いするしかない。
「まあでも無事親子が会えてよかったね」
改めて獏の親子は揃って頭を下げる。
「はい、ありがとうございました。結局この子が食べた夢の中では茄子を食べ損ねたということで申し訳ございませんでした」
「ああ、もう半分夢の事は忘れているし、こうして見事な茄子を持ってきてくれたんだからかまわないよ」
「そう言って頂けると助かります。この茄子はお寺の裏で拙僧が丹精込めて育てているものでして、時期を調整して今の季節でも収穫できるようにしているんですよ」
「ふうん、この寒さでもよくここまで大きく育つもんだね」
白沢が余った茄子を持ち上げて眺める。
茄子はぽってりと太っており、つやつやしている。旬と言われる秋ナスでもなかなかここまで立派な茄子は見当たらない。
「確かに見事な茄子じゃのう。わらわの山にも供物で茄子が供えられることがあるが、ここまで立派なものはそうはないぞ」とお舞も続けて褒める。
皆の言葉に気をよくした獏は得意げに説明を続けた。
「周りを戸板で囲って冷たい風が当たらないようにしたり、土に肥料をたっぷり目に混ぜたりしてますから、その辺で売っている茄子よりも美味しいはずです」
「これって市場に卸したりしとるんか?」
「いえ、言っても家庭菜園の延長ですからね。せいぜい檀家さんに配るくらいです」
「ふうん、うまいのにもったいないの」
「そういえば、まだ聞いてなかったけど、この獏の子供さん、どうして日本に来たんだい?」
「この子は名を琥珀というのですが、もともと日本生まれの私が唐を旅しているときに授かった子です。その後、私は妻と別れ日本に戻り離れ離れに暮らしておりましたが、この子と手紙のやり取りをしているうちに日本に興味がわいたようでして、日本の言葉を覚えたらきてもいいと申したら、ほんとに覚えてきてしまいました。うちは貧乏寺なので、なにか食い扶持を考えないといけませんな」
白沢の問いに、獏和尚は少し困ったように話す。
話が切れた所で、麒麟がポンと膝を叩く。
「さて、腹ごしらえにも済んだしそろそろ皆で初詣にでも行こか。坊主でも初詣位してもええんやろ?」
「ええ、日本では神も仏も仲良しですから。ただ、うちのようなぼろ寺でも正月にお参りに来る人もいるので、今日は寺に帰ってお参りに来る人にご挨拶します。」
「そうか、考えてみれば除夜の鐘はお寺で突くしな。ほんま日本人は神様に関しては寛容やな」
「では、これにて失礼いたします」
そう言って獏の親子は立ち上がり、揃って診療所を後にした。
親子の背中はまるく、小さな象が並んで歩いているようにも見え、ほっこりする後ろ姿であった。
「では我らも出かけるとするか」
獏親子を見送った白沢がそう言って出掛けようとしたとき入口の戸が開く。
そこには、九尾の狐が立っていた。
「おや九尾殿? 今日は正月で皆初詣に行ったりして人が出るんやから、かきいれどきやろ? 店はどうしとるんや?」
後篇に続く




