第六十三話 ゆめゆめ(後編)
夢の中の日本橋を白沢は歩いている。見慣れた通りではあるが何か違うような気もする。見たことがないような菓子や飲み物を売っていたり、道化の様な格好をした男女が踊っていたりもする。
いろんなものがあり興味はそそられるが今欲しいのは初夢の縁起物をコンプリートするための茄子である。
とりあえず、懇意にしている八百屋に行ってみることにした。
本来茄子は夏から秋にかけての野菜ではあるが、現代で言う所のハウス栽培もあり値は張るものの、ひいきにしている八百屋は毎日市場から新鮮な野菜を仕入れており、おいてある可能性が高かった。
次の角を角を曲がれば八百屋があるはずであったが、そこには見たことがない神社があった。神社と言っても大きなものではなく一軒家ほどの敷地に鳥居と手水、鳥居から続く石畳の先に小さな社がありその横には誰でもひくことが出来るおみくじがあった。
白沢は賽銭箱にお金を入れそのおみくじを引く。
おみくじは抽選箱のようにおみくじの入った箱の上に丸い穴が開いており、そこから手を入れて一枚ひく形であった。
おみくじの結果は吉である。
勘違いしている人もいるが、おみくじの結果が大吉、吉、中吉、小吉、末吉、凶、大凶のどれかという場合は、吉は大吉の次に良い結果である。何となく中吉が大吉の次のような雰囲気があるが実際はかなり良い結果である。考えてみれば吉というのはそれ単体で完結しているので、中くらいの吉とか小さい吉よりも上なのは明白である。
探し物の欄を見ると、「南東に吉兆あり」と書かれてあった。
そもそも探し物の得意な白沢が、おみくじに従って茄子を探しに行くというのも奇妙な話ではあるが、いかんせん夢の中ということもあり、それに頼ることにした。
「ここから南東というと……」
白沢は表通りを抜け、細い路地を使って南東の方向に進む。
その先が白くモヤがかかっている。
そこで背中を向けて一心不乱に何かを食べているのは見覚えがある人物、いや人外の後ろ姿だった。
白沢は遠目から大きな声で呼びかける。
「おい、獏! 人の夢に中で何をしている?」
しかし振り向いたのは知っている和尚の獏よりも一回り小さい獏であった。
どうやら子供の獏の様である。
「ひっ! あなたは僕のことが見えるんですか?」
「あれ? お前はどこの獏だい? まあ、いずれにしても人の夢を勝手に食べてはいけないよ」
「すみません、許してください。親父殿を探して唐(当時の中国にあたる)から日本に渡って来たのですが、長い旅路で空腹で倒れそうになっていたところで、おいしそうな夢の匂いがしてつい、かぶりついてしまいました」
「親父を探して唐から一人で? それは奇特なことだがどこにいるんだい?」
「手紙で日本の江戸に住んでいるということまでは知っているのですが、そこから先はわからなくて……」
江戸に住んでいる獏というと江戸の外れで寺の和尚をやっている獏しか思い当たらない。
「まったく、おみくじを信じて来てみたら和尚の息子に会うとはね」
「和尚? それが僕の親父なんですか? 夢の一部を頂いた上に大変恐縮なんですが親父の居場所を教えてくださいますか?」
「いいけど、たぶん君の食べた夢の中に私の探していた縁起物があったはずなので、返してもらえるかな」
「それはもちろん」
白沢は江戸の地図を紙に書き、この獏の子供の親父がいるお寺までの道順を書いて渡した。
「ありがとうございます。後で親父殿と一緒にお礼に参りますので」
獏はそう言って、口の中に手を突っ込みさっき食べた白沢の夢を半透明の珠にして戻した。珠は紫色をしている。
「茄子の色だな、どうやら間違いなさそうだ」
「では、早速親父殿に会いに行ってきます。ありがとうございました」
獏はそういうと、底が抜けたようにすぽっと下に落ちていなくなった。おそらく夢の外に出て行ったのであろう。
白沢が獏から返してもらった珠を白いモヤに向かって、投げると珠は弾けてモヤはきれいに晴れた。
そしてその先には、白沢が目指していた八百屋が見える。
「おお、ようやくたどり着いたな」
白沢は小走りで八百屋に近づいてもう少しで店先に着く、と思った瞬間目が覚める。起こしたのは当然お舞だ。
「おい、白沢殿、今年は一緒に初日の出を見ると約束したであろう、もうすぐ日の出じゃぞ」
そう言えばそんな話もしたような気がする。
白沢は眠い目をこすりながら渋々起き上がった。
先ほどまでの夢はまだ記憶にあるが、これも時間とともに消え去ってしまうだろう。
「ああ、茄子さえあれば初夢の縁起物全て揃ったのにな……」
白沢はブツブツ言いながら店の外にでる。
「折角だからもっと見やすいところで見ようぞ」
お舞はぴょんと診療所の屋根の上に飛び乗る。
「瓦が割れると雨漏りするから気を付けて下さいよ」
そう言いながら、白沢もふわっと跳んで屋根に登る。
すると隣の麒麟堂の屋根にも麒麟堂の面々が座って初日の出を待っていた。
お玉と真生が眠そうな顔で手を振っている。
「おお、白沢ギリギリ間に合ったの。もう出る直前やで」
麒麟に言われて東の空を見るとかすかに明るくなってきている。
夢に中で見た富士山からの初日の出にも似ていると白沢は思った。
今年初めての太陽が昇る。太陽はゆっくりと辺りを照らし、神々しく輝いている。
皆それに向かって手を合わせていた。それぞれの願いや決意、あるいは目標などを考えているのであろう。
太陽が完全に昇りきったのを見て、白沢が屋根の上から降りようとしたとき、お舞が南東の方向を指さした。
「誰かこっちに向ってきているようじゃぞ」
そっちを見ると、獏の和尚が子供の獏を連れてこっちに歩いてきている。早速お礼に来たようだ。
よく見ると手には茄子が沢山入った籠を抱えていた。
白沢はそれを見て、「ま、これでいいことにするか」とつぶやいた。
「皆、あけましておめでとうございます。とりあえず家で茄子入りの雑煮食べよう」
「え? 茄子の雑煮? なんでじゃ?」
お舞が怪訝そうに言うが、
「まあ雑煮やったらなんでもええやんか、皆で雑煮食べてから初詣や!」
麒麟はそう言うと、屋根から飛び降り、家主よりも先に白沢の家に入って行った。
(今年も良い年になりますように)
白沢はそう願いながら麒麟に続いた。
エピソード終了 次回エピソードへ続く




