第六十二話 ゆめゆめ(前編)
小説の中でどんどん話を進めているといつのまにか、夏なのに正月の話を書いていました(><)
我ながら季節感がないので、気づかれないように徐々に是正していきたいと思います。
さて、今回は二部構成。前後篇でお楽しみください。
白沢はうっすらとモヤがかかっている山道を登っている。もうどれほど登ったであろうか、足は棒の様だが日の出を見るために足と止めるわけにはいかない。
もうすぐ九合目に着くはずだ。白沢は気力を振り絞って足を前に動かしている。
山登りのコツはあまり先を見ない事。特に頂上を見上げながら登ると足元がおろそかになるし、あまりの遠さに心が折れてしまう場合もある。
一歩一歩目の前の次の足の置き所を見ながら登って行くのだ。背筋はなるべく伸ばして手は腰に当てると良いだろう。
どうしてもしんどい時には手を足に添えてもいいが膝に置くのはよろしくない、足に余計な負担がかかるからだ。
手を置くならば、ふとももに軽く手のひらを当てて、筋肉の一部して機能するかのように足の動きに合わせて力を加えると少し楽になる。
あとは必ず自分のペースを守ること。無理をしたら途中で動けなくなる可能性がある、
富士山のような高い山であればなおさらだ。
「あれ? 富士山? そうか私は富士山を登っていたのだったな。富士山で初日の出を見ることが出来たらよい一年になること間違いなしだろう」
白沢は一人で喋って一人で納得し、歩みを進める。
上の方はモヤがかかっていてはっきり見えないが、頂上はもう近いはずだ。
ちなみに富士山の頂上付近は富士山本宮浅間大社奥宮という神社になっている。
日本一高いところに住む神様はいつも絶景がみられるのであろうな。
白沢はそんなことを考えながら一歩、また一歩と頂上に近づいていた。
そうしているうちに左手、つまり東の空がかすかに明るくなってきている、日の出が近いようだ。少し急がなければ。
白沢はそう思い最後と思われる登り坂を懸命に登って行く。
あと一歩あと一歩そう思いながら足の次の着地点を丁寧に探す。なるべく平らで足に負担がかからない、そして安定した場所。そうして次の着地点を置こうとしたときにそこがもはや段差でないことに気が付いた。
そう、ついに富士山の頂上に到着したのだ。
太陽はまだ出ていない。
なんとか日の出に間に合ったようだ。
ほっとした白沢は山頂にある鳥居の横によいしょと腰かけた。今やっと気づいたことだが不思議なことにこの頂上には白沢以外誰もいない。
そう言えば山を登っているときにも誰にも会わなかった。この時間はいつも日の出を見るために多くの人が上っているはずなのに不思議なこともあるものだと白沢は思った。しかしそんな不思議な状況にも白沢はあまり動じることなく、日の出の方向をぼんやりと眺めている。
富士山の頂上は大抵の雲よりも高いところにあるため、太陽も雲から現れる。
だんだん東の空が赤く染まっていく。赤いと言っても真っ赤ではない少し橙色に近いような赤だ。
普段日の出を見ることなどなかったが、こうしてみると夕日にも似ているなと白沢は思う。誰かの朝日は当然誰かの夕日であり、似ているのも当然と言えば当然の事ではある。
雲の下からゆっくりと姿を現すその姿は、まさに神の降臨……いやこの場合は昇臨(そんな言葉はないが)と呼ぶのにふさわしい神秘な光景だ。
しばらくうっとりしては白沢は日の出を見ている。
じっと見ていると、その太陽の中から何やら黒い点のようなものが見えた。その黒い点は徐々にこっちに近づいてくる。
かなりの速度だ、だんだん近づいて来たその物は黒い点などではなく大きな鷹だった。猛スピードで白沢の方に向かってきた鷹は、白沢の目の前で上空に舞い上がり隣の鳥居の上に止まった。
「なんと、日輪(太陽の事)から鷹が飛び出してくるとは摩訶不思議であるが、なんと縁起の良いことか」
白沢は感嘆して鳥居に停まった鷹を見る。
「ん、しかし妙だな。鷹は十町(およそ千メートル)くらいの高さまでしか飛んでいないはずだがここは約一里(およそ四千メートル)弱の場所のはず。何故鷹が?」
これまで自分が置かれた奇妙な状況を不思議と思っていなかったが、ここで初めて違和感を感じた。
そうして周囲を見上げると、その空には鷹だけでなく、とんびやつばめ、果ては雀までがこの富士の山頂を飛んでいた。そしてさっきまで誰もいなかった富士の頂上にはたくさんの人がごったがいしており、まるで江戸の町中のように賑わっていた。
そしてもう一度日の出の方を見るとそこはもう富士の頂上ではなく、江戸の町になっていた。
「そうか、私は夢の中にいるのか……昨日は確かおおみそか、次の朝は正月ということになる。これはどうやら私の初夢だな」
そう認識して初めて先ほどの富士山と鷹が結び付いた。
「なるほど、一富士、二鷹……」
一富士二鷹三茄子という言葉がある。初夢に出てくるとこの一年が良い一年になると言われる言い伝えだ。
富士は言わずと知れた日本一の山、鷹は鋭い爪で獲物をつかむ、茄子は物事を成すという意味である。元々は徳川家康に縁の深い駿河の国(静岡県)の高いものを並べたという説がある。
富士山は標高が高い、鷹は実は愛鷹山という高い山の事、茄子は値段が高いという意味という話だが、山が二つかぶっているので、鳥の鷹の方がまあ収まりが良いだろう。
なにはともあれ夢だと気づいたからには、次に見たいのは当然三つ目の吉兆である茄子である。
白沢は辺りを見回す、どうやらここは日本橋の様だ。
後篇に続く




