第六十話 組合長のお仕事【二猫】
「おーい! 今日はこのへんでええんちゃうか? なんも起きそうにないし」
「駄目ですよ、今日は組合長が遅刻したせいでまだ半分くらいしか回れてないんですから、残り半分急いで回りますよ」
面倒くさがるお玉にぴしゃりと言ったのは、最初にお玉に接触した江猫組の幹部である黒猫のテツだ。前組合長のハナコはおばあさんの相手で忙しいので、このテツがお玉の指導役になっている。
「そないゆうても、ウチが組合長になってから何回も夜回りしとるけど、なんも起きたことないやん。野犬共も江猫組の恐ろしさを知ってか、全然襲って来いへんし」
「確かに最近は平和です。でもそれは我々が毎日夜回りしているからで、やめたとたんに野犬共が暴れるかもしれませんよ」
初対面の時はかなり乱暴な物言いだったテツだが、上下関係を重んじるタイプらしく、組合長であるお玉には丁寧な物言いで接していた。
「せやかて、幹部の化け猫も各地区に配置して住まわしてるんやろ? 野良猫に食料配達するのも分担してやってるし、なんか仕事の張り合いっちゅうもんがなあ」
「何も起きないのが一番良いことですよ」
そんな話をしながら屋根から屋根へ飛び移りながら見回りとしていると、テツの弟分であるコテツが数匹の猫と一緒に息を切らして追いかけてきた。
「どうしたコテツ?」
「組合長! 兄貴! 緊急事態です!」
お玉達とコテツは屋根の上で、車座になる。
「どうゆうことだ?」
コテツはまだ息を切らしながらもテツの問いに答える。
「江戸の西の外れの空き家に住んでいる子猫達のねぐらが犬の群れに占拠されていると」
「江戸の西のは外れというと、幹部のアントニオの受け持ち区域じゃないか? 野犬くらいアイツ一人で蹴散らせるだろう」
「それが、存外手ごわい相手でアントニオさんも手出しできずに今は外から監視しているそうです」
「アントニオって誰だっけ?」
お玉が首をひねる。
「もういい加減覚えて下さいよ。元々異人に飼われていた猫で異人が国に帰るときに江戸に置いて行ってしまった猫ですよ。ほらあのトラ柄の」
「ああ、あいつか。確かに化け猫の幹部の中でもかなり出来そうなやつやったな」
「ええ、そのアントニオが手出しできないとなると……おい、コテツ! 急いで各地区の幹部を集めろ、俺たちは先に空き家の近くまで行って待ってる」
「承知!」
コテツはまた踵を返して、部下と一緒に幹部に連絡に行った。
「俺たちは現場でアントニオと合流しましょう」
「なんか、わくわくして来た~♪」
お玉は楽し気に目を輝かせる。
「ちょっと! 遊びじゃないんですからね」
「とにかく急ぐで! 案内せえ!」
お玉とテツはおおよそ普通の猫にはありえないスピードで、漆黒の夜を駆けて行く、おそらく周囲からは猫の目が作る光の線だけが流星のように、流れて見えることだろう。
たまに江戸で怪しい光を見たというオカルトめいた噂が立つことがあるが、おそらく江猫組の巡回を見たのであろう。
まもなく二匹は犬に占拠されたという空き家の敷地内にある納屋についた。
中にはアントニオと元々そこに住んでいた五匹の子猫がいた。子猫達は皆兄弟だ。
「おい、アントニオ。お前でもどうにもできんって言うのはホンマか?」
お玉はさっき覚えたばかりの名前を呼ぶ。
「ええ、組合長ちょっと私には手出しできません」
「そんな、強い相手なら、空き家の子猫たちはもっと安全なところに避難させた方が良かったんじゃないのか?」
テツが五匹の子猫達を見る。この猫達は化け猫ではなく普通の子猫達だ。体も小さく、強力な犬に襲われたらひとたまりもあるまい。
「いや、まあ危害を加えられることはないと思うのですが……」
「なんや、要領をえんのう?」
「まあ、実際に見てもらうしか……」
アントニオの言葉は画切れが悪い。
そんな話をしているうちに、江戸に散らばっている江猫組の幹部が集合してきた。
「組合長、お呼びにより参上しました」
集まった幹部はテツとアントニオも入れて十匹。いずれも手練れで、これだけ揃えば中の野犬達がドーベルマンだとしても後れを取ることはないだろう。
アントニオもめったにない幹部の全員集合に驚いている。
「ほな、もたもたしとると夜が明けるさかい、早速行くで」
「あ、いや、組合長……」
なにか言いかけたアントニオの言葉が耳に届く前に、気の短いお玉は全員に号令をかけ、一気に空き家に踏み込んだ。
後ろではなぜかアントニオが慌ててついてくる。
踏み込んだ空き家の一階にいた犬の群れを早速発見したお玉は言葉を失った。
部屋の中にいたのは畳の上で寝ている子犬が五匹。部屋の真ん中にはわらをひいた木箱があり、どうも人に捨てられた子犬の様だ。
お玉は一番最後について来たアントニオの方を向いて、作り笑いをした。
「アントニオ君、どういうことか説明してもらえるかな?」
もちろん目は笑っていない。
アントニオの話はこうだった。
今日の夜遅く男が箱を持っていき空き家の中に入って来たので、子猫達はいったん家の外に避難した。
しばらく様子を見ていたが、男は直ぐに家を出て行ってので、空き家に戻ろうとしたら部屋の真ん中に箱があり、覗いてみたら子犬が五匹うごめいていたという。
驚いた子猫たちはちょうど近くに住んでいたアントニオに助けを求めたところ、すぐに駆け付けたアントニオは小さな子犬たちを前に固まってしまった。
アントニオもかつて異人に飼われていたが、国に帰るとき日本に置き去りにされている。
アントニオはこの小さな子犬たちをかわいそうに思い、追い出すような真似出来なかったので、コテツを通して組合長に連絡したが、どうも情報が正しく伝わらず幹部大集合となったわけだ。
「まったく、人騒がせな。どうせこいつらは野良犬になるんやから、ここから追い出しても、結果は同じやろ」
「そうかもしれませんが……何かこの子犬たちを救う手がないかと。九百年生きておられる組合長ならば良い案があるかもしれないと、コテツに呼んできてもらったのです」
トラ柄で大きく見た目はいかついアントニオだが、弱い者には優しく、この捨て犬たちにもシンパシーを覚えてしまったようだ。
「しゃーないなあ、とはいえわしも犬のことはちょっとなあ、真生は犬神やから詳しいやろけどあいつに借りを作るのはしゃくやし……あ!」
お玉の脳裏に一匹の犬の顔が浮かんだ。
三猫(このエピソードの最終話)につづく




