第五十九話 組合長のお仕事【一猫】
今回も三部作になります。お玉の組合長っぷりをご覧ください。
今日もお江戸は日本晴れ。
もう年の瀬に近づき、江戸の町は買い物客などで賑わっていた。
白沢の診療所もいつも通り患者が多く詰めかけており今日も忙しい。また、診療所の隣りに麒麟が開いた貸本屋の麒麟堂にも多くの人が訪れている。
しかしながら麒麟堂での店頭には従業員であるはずのお玉がいない。
化け猫のお玉は昼間は人の姿に化け、麒麟堂で接客をしているはずなのだが、店頭はもちろん店の奥にもいない。
それもそのはず、お玉は白沢の診療所の住居スペースにある奥の縁側で猫の姿のまま丸くなっていた。
猫の寝姿というのはかわいいものだ。まるでまん丸のお饅頭のようにその身の柔らかさでほぼ完璧な曲線を描く。
猫好きならば一日中見ていられるだろうが、そんなことは意に介さない安眠を邪魔するものがいた。
「おいお玉、いい加減起きぬか、もう診療所は昼休憩に入ったぞ」
お舞がお玉の体を揺らす。
「やめえや~、ウチは昨日の夜の仕事でくたびれとるんや」
怒るよりもまだ眠気が勝っているお玉は目をつむったまま弱々しく返事を返す。
夜の仕事と言ってもちろん水商売をやっているわけではない。
お玉は先日起こったある事件をきっかけに、江戸の猫と化け猫すべてを束ねる組織である江戸猫生活協同組合、通称【江猫組】の組合長に就任したのだ。
つまるところ最年長が押し付けられる役職ということなので、結果的にこの役職は化け猫に限られる。その中でも平安時代から生きてるお玉はぶっちぎりで最年長なのだ。
組合長の仕事としては、縄張りである江戸市中の巡回、野犬などから猫を守る、そして病気で動けない猫や捨て猫にご飯と届けて、面倒を見る等。
その他、猫通りのいさかいにも仲介に入るなどその役割は多岐にわたる。
一応部下として幹部達が十匹ほどいてシフトを組んで巡回するのだが、当日都合が悪くなる者もいるもので、そういった時は基本的に組合長であるお玉が穴埋めをする。
コンビニのバイトが休んだ時に店長がシフトに入るようなものだ。
そんなこんなで組合長になったばかりということもあり、慣れない仕事で疲弊してしょっちゅう朝寝坊しているのだが、昨夜はなにか面倒なことがあったのか特に疲れたようだ。
一時期はお玉も働き方改革とか言って、組合活動の休みを増やしてみたがやはりそれだと欲しい時に必要な助けが得られないため、組合員から苦情が来たりして、結局そのフォローも組合長であるお玉がやっているのだ。
しかしながら、会社でもそうだが従業員のメリットは顧客のデメリットになる場合が多い。WIN―WINなんて言っているのは、経営層だけの自己満足かもしれない。
だから、従業員を守るためには顧客に対して割り切りが必要だが、それがなかなかできないのが日本人であり、ひいては日本猫というものである。
「大体なんでいちいち診療所にきて寝るんじゃ? 麒麟堂にはお主の部屋があるじゃろう? そこで寝てればよかろう」
「あっちで寝とると、真生が起こしに来るのじゃ。『衣食住を与えられた上に給金までもらってるんやから、給料分は働け』と、こざかしいこと言いおって」
お玉はまだ目を開けない。
「めちゃくちゃ正論じゃないか」
「正論やから腹が立つねん。正論言われたら反論のしようがないやないか、正論ばかりいう奴は浮世の人付き合いというものをわかってへん」
ここでようやく、お玉は起き上がって大きく背伸びをする。
そしてくるっと後方宙返りをすると、人間の娘の姿に変化した。
「とはいえ、そろそろ昼餉の時間やからな。帰って飯食ったら午後からは働くか」
「昼餉と言えば、さっき麒麟殿と真生殿が店を閉めて、蕎麦屋に行くって言うて出て行ったぞ」
「なんやて~? ウチを置いてか! 冷たいなあ」
「仕事さぼってた人に言われたくないと思うがな。じゃから帰っても昼餉はないと思うぞ」
「がーん、やわ」
「口で『がーん』とかいうやつは初めてみたのう。まあよい、家も昼休憩で今日は白沢殿が魚を焼いてくれるから、お主も食うか?」
「魚! 大好物や~、おおきに~」
お玉は診療所の前でちょうど魚屋を捕まえて魚を吟味している白沢に、お玉も分も買ってもらう様に頼んだ。
この時代の魚屋は棒手振と言って、魚市場で仕入れた魚を天秤棒の両端に桶などを吊るしてそこに魚を入れて、江戸市中を歩きまわって魚を売っていた。
白沢もよく昼餉に魚を買うので、いつもこの時間に白沢の診療所前を通ってくれる。
今日は鰆がおすすめの様で、白沢は出来るだけ新鮮な鰆を吟味していた。
鰆は魚辺に春と書く通り関西では春の魚とされているが、関東では寒鰆と言われ冬の一番脂がのった時期が旬とされている。
関西では西京焼きにするのが人気だが、関東では焼き魚や煮魚が一般的で、白沢も今日は切り身にして七輪で焼くつもりの様だ。
「へー鰆の塩焼きか。上方やと味噌につけて焼くことが多いけど、ところ変われば品変わるもんやな」
「魚が焼けるまで少し時間がかかりそうじゃ。そうじゃ。時間つぶしにそのしんどかったという昨夜の仕事の話でも聞こうではないか」
「うーん、大して面白い話でもないけどな、まあええやろ」
お玉は今度は人の姿で右腕を枕にコテンと横になり、昨日の夜の出来事を話し出した。
「あれは、子の刻(夜中零時くらい)やったかな」
二猫に続く




