第六話 九尾の狐と柴犬の約束(中編)
「で、わしにその子供を探して欲しいと?」
「仰せのとおりです」
まあ確かに屋敷の家主が無くしたキセルが見つかるように、この神社に願い出てきたことがあり、わしが早々に見つけてやったが、それはここから見える屋敷の縁側の下に落ちているのを普段から知っていたからじゃ。
その日の夢に出て来て知らせてやったら、次の日大量の油揚げが供えられていた。
なので、わしがとりわけ探し物が得意と言うわけではないのだが、まあ退屈しておったし、江戸の町中くらいは探してやらんでもないか。
「わかった、ただし、三日前の事じゃ。はっきり言って無事かどうかはわからぬが探して進ぜよう。犬相手では貢物は期待できんが、わしは犬は嫌いでないでな」
そういわれた茶太郎は思わずその場をくるくると回って喜び、またすぐにお座りの姿勢になった。
「それで、お狐様、申し訳ありませんがもう一つ」
「まだあるのか? 欲深い犬じゃな」
九尾の狐はため息をついて犬を見る。
茶太郎はお座りの状態からさらに伏せになり恐縮する。
「申し訳ございません、坊ちゃんを見つけていただきたいのは勿論なんですが、とにかくご主人様の落ち込む姿が見ていられなくて、ここままだと先にご主人様が斃れてしまいそうで。お狐様が坊ちゃんに化けて、一度元気な姿を見せればご主人様も安心するのではないかと……」
「おいおい、わしはただの狐ではない、神にも等しい存在じゃぞ、それをそんな使い方すな。第一わしはその子供の事を知らぬから化けようもないではないか」
「そうでございますか、この神社のお狐様なら何とかなるやもしれないと思ったのですが……」
カチーン! その一言に九尾の狐はプライドが傷ついたのか、
「ならばお前がその子供に化けよ!」
「え? 私はただの犬ですのでそのようなことはできませんが?」
「為せば成るじゃ。わしの尻尾を一本お前に貸す故、その霊力を持ってその子供に化けよ。人間の言葉も話せるようになるはずじゃ」
と九尾の狐は勢いで自分の大事な尻尾を茶太郎に一本貸してしまった。茶太郎は尻尾が二本になったがもちろん、普通の人間には見えない。
「なんだか、すごく力がみなぎってきました」
「当たり前じゃ、お前などには一本でも身に余る力じゃからな、その子供の事を強く念じて化けてみよ」
そう言われた茶太郎は目をつぶって、うーんうーんとうなっているが、なにも変わってない。
「申し訳ございません、坊ちゃんの姿かたちは思い浮かべられるのですが、化けるっていう感覚がいまいちわからないのですが」
茶太郎が上目づかいで困ったように九尾の狐に聞くと、
「例えばお前は鳥を見て、あんなふうに飛んでみたいと思ったことはないか?」
「あります、あります」
「それと同じじゃ、子供の姿かたちを思い浮かべるだけでなく、その子供になりたいと心底願うのじゃ」
茶太郎は九尾の狐の言う通り、子供の姿を思い浮かべながら、坊ちゃんになりたい! と心の底から願った、すると犬の体が白い霧に包まれ、霧が晴れた時には小さな子供になっていた。
「成功した様じゃな。わしは子供の顔は知らんから、本当にその顔であってるかは知らんがの」
茶太郎は神社にある水桶に顔を写し、興奮気味に人間の言葉で言った。
「これです、これです! この顔です。大成功です! これの姿を見せればご主人様も元気になるでしょう! さすがお狐様」
「でも、いくら姿かたちが一緒でも、しゃべったらぼろが出るし、そのうちばれるじゃろ。本物が見つかるまでは神隠しにあった時の記憶は無くしたことにしておいて、まだ気分が悪いと病人のふりをして、一日中伏臥せっておるんじゃな」
「わかりました。頑張ってごまかしますので坊ちゃんの事よろしくお願いします」
「うむ、わしが請け負ったからには大船に乗ったつもりで待っておれ」
——「というわけじゃ」
「いや、『というわけじゃ』じゃなくて、おぬしがその三津屋の息子というのを探すんだろう? その話が一昨日なら今日までなにをしていたんだ?」
町人に化けた九尾の狐は心外そうな顔をして言った。
「もちろん探したさ、しかしいかんせんわしはその子供に会ったこともないから、匂いも辿れんし、神社の眷属に頼んで探してもらったが見つからんかった。一応天狗の仕業と言う可能性も考えて、江戸の近くに住む天狗には一通り聞いてみたが、誰も知らんと言うでな。やはり天狗ではなく人の仕業らしいことはわかったのじゃが」
そんな様子の九尾の狐はあきれた顔で、
「それで、こんな朝から、いやもう昼か。とにかく休みの私の所に助けを求めてきたという訳かい?」
「ま、はやくいうとそうじゃ」
「遅く言っても同じだよ」
「しかし、おぬしは度々この江戸で失せもの探しをして、そのたびにその話が評判になっているようではないか? 子供の命を考えれば自分の体面を気にするよりも、専門家に頼った方が良いと思わぬか?」
「急に正論ぶるのは腹が立つが、まあその通りだ。しかしもう神隠しにあってから五日もたっているんだろう? 人さらいだとしてそういうつもりなのかね。遠くに売られてしまったいるのなら見つけるのむ難しい」
白沢は腕を組んで考えていたが、さっと立ち上がり身支度を始めた。
「とりあえず三津屋に行こう。私も三津屋の息子とは面識がないから、息子の着物などから、匂いと気配を辿るとしよう」
「ああ、そういう手があったか、これはぬかった」
まったく、あいかわらず頭がいいんだか悪いんだかわからんやつだ。と白沢は思いながら、町人に化けた九尾の狐とともに三津屋に向かった。
「噂によるとこちらの息子さんが神隠しにあった後、臥せっておられるそうで、宜しければ私が診てみましょうか?」
三津屋の主人は高名な白沢先生(もちろん医師としての)の来訪に喜び、臥せっている息子(今は茶太郎だが)の元に案内した。
細身の主人は心配そうに息子のそばに座ろうとしたが、白沢に診療するので少し離れていて欲しいといわれ、主人は隣の部屋からこちらを見ている形となった。
部屋に入ると、息子に化けた茶太郎が布団をかぶって寝ている。
茶太郎は町人に化けた九尾の狐を見ると、目を輝かしてすり寄った。遠巻きに様子を見る主人に聞こえないよう小声で
「坊ちゃんが見つかったんですか?」
と尋ねるも、九尾の狐が首を振るとうなだれた。
「この二日何とかごまかしてますが昨日、犬の方の私が姿を見せないのにも気づかれたようで、困ってます。今日などは一旦早朝布団から抜け出してから犬に戻り、朝餉を主人から頂いた後、急いで坊ちゃんに化け直して布団にもぐりこみ、今度は坊ちゃんの朝餉を食いました。もうお腹がパンパンです」
茶太郎は泣きそうになっている。
「そんなの食欲がないとか言ってごまかせばよいであろうに、馬鹿正直な奴じゃ」
九尾の狐はあきれたように言った」
「今日は人探しの専門家を連れてきた。神田診療所の白沢だ、今日は息子を探すために息子の身に着けているものをもらいに来たのだ」
「そういうわけでしたか、では今している腹巻を渡します。坊ちゃんは昔から腹が弱く、何年も使っているものなので、しっかりと匂いもついているはずです」
茶太郎は両親から見えないよう布団の中で腹巻を取り、白沢に渡した。
「では、もうしばらくがまんせよ」
九尾の狐がそう言うと、白沢もうなづき主人を呼んでこう言った。
「まず命には別条ないので、このまま静養されるのがいいでしょう。後は滋養のあるものを食べて……」
そう言っている白沢に茶太郎が目で訴えてくる。
「……コホン! いやまだお腹の調子がよくなさそうなので、食事は控えめになさるとよいでしょう」
そう言って、二人は三津屋を後にした。
「さて、急ぐぞ」
白沢は足早に歩きだした。
後編に続く




