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第五十七話 九尾の狐は働きたい【二尾目】

挿絵(By みてみん)


 診療所の入口に立っていたのは理子りこであった。

「おやこれは、理子さん、おひとりでいらっしゃるとは珍しいですね」

理子は隣の麒麟堂きりんどうに勤める犬神の真生まおの押し掛け女房だ。最も真生はそれを認めていないが、周囲はすっかり女房扱いになっており、理子は暇さえあれば真生の後をついて回っている。

「ああ、そう言えば九尾は理子さんとは面識がなかったな。お隣の麒麟堂で働いている真生殿の奥方だ」


 そう言って二人をみたが、そこで白沢は二人の様子がおかしいことに気が付く。

九尾の狐はなにやら理子の事を知っているかのように眉間にしわを寄せ、怪訝な顔で見つめているが、今一つ誰か思い出せないような不思議な顔をしている。

一方理子の方は、伏目がちになり、すこし九尾の狐の気配に気おされているようにも見えるが。それでも九尾の狐の方をじっと見ている。


同じ狐ではあるが、九尾の狐は狐界隈のスーパースターであるからして、尻尾が二本の妖狐である理子にとっては緊張する存在ではあるかもしれないが、それにしても様子がおかしい」


「むむむ」

難しい顔をしていた九尾の狐が、急に眉をあげてひらめいた顔をする。

「そなた、もしや玉藻前たまものまえか?」


玉藻前とは日本に居た数少ない九尾の狐で、平安時代に上皇に仕えた女官と言われ、さらにその美貌と頭の良さで上皇の寵愛を受けるようになったという。しかしその頃、上皇がやまいに臥せってしまった。。

呪いの類ではないかと疑い、治療に来た陰陽師に玉藻前が狐であることを見破られたと同時に、上皇の病の原因であるともされた玉藻前は都を追われる。

 その後、玉藻の前は討伐され毒を放つ石に姿を変えた。これが俗にいう殺生石せっしょうせきと呼ばれる石である。


 そして、今度はその殺生石をある和尚が破壊したことで、殺生石のかけらは無害化して全国各地へと広がって行った。

そのかけらのうちの一つが妖狐に変じたのが理子だ。

理子は玉藻前の尻尾の内の二尾を引きついでいるため、能力は玉藻前には遠く及ばないが、玉藻前の一部であることは違いない。


「そうです、魂の一部ではありますが、わては玉藻前の生まれ変わりです」

「それは驚いた。人間の陰陽師に退治されたと聞いていたが、まだ生きておったとは」

二人の会話を聞いていた白沢が九尾の狐に尋ねる。

「おぬしは玉藻前とかかわりがあるのか?」

すると、九尾の狐は懐かしそうに天を仰いだ。


「かかわりどころか、あれはわしの妹分じゃ。元々あ奴の尻尾は八本であったが、わしが兄妹きょうだい分の証として、一本くれてやったんじゃ。しかし、なまじ九尾の力を付けたせいであんなことになるとは、責任の一端はわしにもあるかもしれんの」


悪名高い玉藻前と兄弟分であることにも驚いたが、尻尾を分けたという所が白沢は引っ掛かった。

「ん? おぬし尻尾を分けたと言ったか? 以前犬にも貸しておったが元々お主の尻尾は何本あったのだ?」

 九尾の狐は腕を組んでしばらく考え込む。

「元々は何十本あったかよく覚えとらん。行く先々で困っておる狐に一本ずつ分けて妖狐にしてきたからのう」


狐は尾の数が多いほど力が強いとされ、九尾の狐はもちろん地上最強クラスだが元々何十本も持っていたというこの狐は、どれだけほどの力を持っていたのか、さすがの白沢も驚きを隠せないとともに、大事な尻尾を気軽に配るおおらかさに呆れもする。


「残念ながら、わてに前世の記憶はほとんどありませんが、このお方を見ていると何やら懐かしい気分になります」

 理子はそう言って、目を細めて九尾の狐を見る。

「わしが玉藻前に与えた尻尾がそうさせておるんじゃろう。それに妹分の生まれ変りならそなたもわしの妹分じゃ。なんでも相談するがよいぞ」

「おおきに、頼もしい限りです」

そう言って理子は深々と頭を下げる。

「そうそう、今日は相談事で白沢先生の所に参ったのです」

「ほう」


白沢は理子を家に上げ縁側に案内する。

縁側には先ほどまで飲んでいた酒の用意がそのまま置いてあった。

「理子さんは酒はたしなまれるか?」

「ええ、少々」

 こういった場合女性が「少々」と言ったら相当な酒付きの場合が多い。最も大体の狐は酒が好きである。

 白沢はもう一つ盃を用意して理子に渡す。そこに九尾の狐が酒をなみなみと注いだ。

「これが改めての兄弟盃という所じゃのう」


「恐れ入ります」

 理子は盃をスイっと空けた。

「おお、やはり玉藻前と同じでいける口じゃの、ささ」

「ちょっと九尾よ、理子さんは相談しに来てるのだから、あまり酔わすなよ」

「なんの、酒の一杯や二杯で酔うようなタマではないわ」

先ほど会った(あるいは再会?)ばかりなのに九尾の狐はもうすっかり兄貴分のように振る舞っていた。


理子は一旦杯を床に置いて、二人の方を見た。

「わてはいま表長屋に住んでいて、三味線師匠などを生業としているのですが、おかげさまで暇を持て余した……、いや芸事を身につけたい方々が男女問わず習いに来て下さいます」

「麒麟からそう聞いています。若いのにたいそうな腕だと評判になっているとか。江戸は稽古事が流行っていて競争が激しいのに、結構な常連がついているそうですごいですね」

「ええ、それはありがたいことなのですが、どうも江戸のお方というのは、人との距離感が京とは違う様で……」


  三尾目(この話の最終話)に続く 

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