第五十六話 九尾の狐は働きたい【一尾目】
今回は三部構成です。
九尾の狐の就職活動はうまく行くのか、果たして?
(暇じゃのう)心の中でつぶやいているのは、神田の草分神社に住む九尾の狐だ。
いつから生きているかは定かではないが、江戸に住むようになってからは五十年程になる。
もともと九尾の狐は放浪癖があり江戸にいるのも一時的なものと思っていたが、十数年ほど前から白沢が江戸で診療所を開いて以来、酒を酌み交わすような仲になった。
長く生きているが、長すぎる故、短命種である人や動物の友人を作っても先に逝ってしまう。中々同じ感覚で付き合える友と言うのは得難いものだ。
そんなこんなで、それなりに江戸の生活は楽しめている。たまに思わぬ事件に巻き込まれることもまた一興だが、診療所をやっている白沢や、最近江戸に越してきて貸本屋をやっている麒麟を見ていると、自分だけ怠惰な生活を送っているように感じることがある。
自分は霊獣であり、神に近い存在なので働くなど考えたこともなかったが、この先も何百年生きるかわからない中で、人並みに働いてみるのも面白いかもしれない。
そう思う様になったのだが……
——白沢邸の縁側にて
「働く? お主が? やめておけ。人、いや霊獣にも向き不向きというものがある」
白沢の言葉はにべもない。
「なんでじゃ? これでも医学や文学、工学など一通り心得があるぞ」
「そういう事ではなくて、仕事としてやるのは全く別の話だろう? そもそも何をやろうと思ってるんだ?」
九尾の狐は自分でやりたい商売や職業があるわけではなく、とりあえずどこかのお店の従業員として働こうとしているのだ。
白沢の言葉に九尾の狐はお茶をひとすすり、コホンと咳払いをする。
「歌舞伎役者も考えたが、あれは家柄とかが関係して難しいらしいのでな。とりあえず呉服屋とか和菓子屋にでも勤めてやるかと思うておる」
「呉服屋と和菓子屋全然違うじゃないか。そんなんで雇ってもらえるかね?」
「何を言う、わしは九尾の狐じゃぞ。出来ぬことなどないわ」
「だからそういう事では……ああ、まあ、やってみるさ」
白沢も半ばあきらめて、投げ出すが、とりあえず働き口を断られたからと言って癇癪をおこすような奴ではないし。まあ好きにやらせとくか、と言ったところである。
「うまく行かなかったら話を聞いてやるから、酒でも持ってこい」
という白沢に、
「祝い酒を待っているがいい」
という、かみ合わない返事をして意気揚々と口入屋(今でいうハローワーク)に向かって行った。
そしてその夜。すっかり気落ちした九尾の狐が、酒を持って白沢の診療所へ現れた。
元々なで肩の肩がいっそう落ちている。
「どうだった? と聞くのは野暮なようだな」
白沢の言葉に九尾の狐は「ふう」と溜息をついて、裏庭の縁側に座る。
「正直なぜ断れるかわからんのじゃ、こんな優秀な人材他にはおらんというのに」
「どんなところに行ったのだ?」
「最初に行ったのは薬種問屋でな、薬には詳しいから楽勝だと思ったのじゃが……」
——薬種問屋にて
店の番頭が面接の対応をしている。
「口入屋さんから連絡があったのはあんたかね?」
「いかにもわしじゃ」
「おやまあ、見た目はお若いのに、年寄りみたいな物言いをする方だね。名前はえーと 九十九さん? 変わったお名前だね」
「良い名前じゃろう? 九尾の狐では困るだろうと白沢に考えてもらったのだが……いやこっちの話」
九尾の狐には名前がない。尻尾が九本ある狐など世界にも数えるほどしかいないから敢えてつける必要がなかったからだ。名前はしょせん個体を識別するための記号というのが九尾の狐の考えだった。
なので、人の姿で江戸を歩くときも名前を名乗ることはなかった。白沢やお舞たちは九尾と呼んでいるが、さすがに人の名前としてはそぐわないので、白沢の提案で九十九と名乗ることにした。
「あんた、薬についての経験はあるのかい?」
「商ったことはないが、薬種についての一通りの知識はあるぞ」
「そうかい。この業界なかなか専門の人がいないのでね。あんたは接客態度に不安があるから後で教えるとして、何か働く条件の希望はあるかね」
「そうじゃなあ、贅沢は言わんが三食昼寝付きで、給金は月に十両(五十万円くらい)ももらえばよかろう。あと役職は大旦那といいたいところだが、一応雇われる側じゃから、最初は番頭で良いぞ」
ちなみにこの頃の江戸の奉公人お給料の平均は一年で三両ほどであった。
「はい?」
番頭はきょとんとして聞き返す。
「じゃから番頭で良いと申しておる」
「じゃあ、今番頭をしている私は何をすればよいですかね?」
番頭の顔は笑っているが、額には血管が浮いている。
「おお、そうじゃな。じゃあ番頭補佐の役職を作る故、特別にその役を任せようぞ」
——再度白沢邸
二人は縁側で酒を飲んでいる。
お舞はすでに就寝中なので、少し声を落として喋っている。
「で、追い返されてきたと?」
白沢は空になった九尾の盃に酒を注ぐ。
「まあ、早く言えばそうなる」
「遅く言っても同じだよ」
「なんでかのう? その後も呉服問屋やちりめん問屋、はては金物屋にまで断られた、なぜ江戸の者はこんなにみる目がないのじゃ?」
現代社会でも学歴に胡坐をかいて、驕った態度で会社の面接を受けると、すぐに見破られて失敗することがある。
確かに高学歴、高スキルは新卒の就職において一定のアドバンテージになる。例えばこれからの社会人人生をマラソンとすると、高学歴の人は招待選手のようにスタートラインの前の方にいて、学歴の低い人は後ろの列にいることになる。しかし、それはまだ競技場のトラックのポジション争いに過ぎず、そこから競技場の外に出てはるかに長い道を走りきらなければならないのだ。
しかも普通のマラソンのようにコースなど決まっておらず、各々が最適な道順を導き出さなければならず、一つ間違える大きなけがをすることにもなりかねない。
最初に有利な立場にいるからこそ、その立場を無駄にしない様、人よりも謙虚に努力をする必要があるのだ。
「まったく、その原因もわからないような事だから、勤めには向いてないって言うんだよ」
「なんと、わしのどこが向いていないと……」
そんなおり。入口の方から声がする。
「ごめんくださいまし」
声の主は妖狐の理子であった。
二尾に続く




