第五十四話 名探偵白沢【第六幕】 まだ続くよ。
夜の闇を颯爽と走るお玉。もちろん完全に猫の姿である。
江戸城の周りにはお掘もあり、橋も上げられているので近づくのも容易ではないが、さすが化け猫の跳躍力は普通の猫とは桁違いで、ひとっとびで十メートル以上ある向こう岸の石垣にとりつく。
「さてと……」
お玉は舌嘗めずりをしながら、侵入ルートをシュミレーション通りに進んで行く。
もはや平和な時代とは言え、日本のトップがいるお城なので侵入者に対しては武者返し等、様々な工夫がされているが、それは相手が武士や忍を想定したもの。
化け猫のお玉にとっては子供だましのようなものであった。
ほどなくして目的地の建物である御殿の壁にとりついたお玉は、ほぼ垂直に壁の登って行く。
そうして三階の屋根にとりついて、寝室の様子をうかがうと、綱吉はすでに床で横になっており、その頭側の棚に小さな座布団が敷かれ、その上に古めかしい鈴が置いてあった。
「ははーん、あれが例の鈴やな」
お玉は白沢から預かったお札をクビに巻いた風呂敷から取り出そうとした瞬間、突風が吹きお札が空に舞う。
「あ○▽&#!」
お玉は声にならない声をあげてお札に飛び付くが、もう体のほとんどは屋根から出ている。
それでもお玉はくるりと身をひるがえし、屋根の端に右後ろ脚の爪をかろうじてひっかけた。
「あぶな~、こんなんで命を落とすなんて御免やわ」
屋根の先に逆さになってぶら下がったお玉は、ひっかけた足の爪を起点に反動をつけて、屋根の上にひょいと戻る。
今度は慎重にお札を持って、部屋の明りとりに近づいた。空気の入替の為わずかに隙間が空いている。開ける手間は省けたようだ。
そこから、お札をすっと滑り込ませると、お札はふわふわと浮いて鈴の方に向かっている。もう鈴に触れるかと思った瞬間、鈴は付喪神に姿を変えた。高級な着物を着た年の頃は十六、七と思われる娘になり元々の鈴は娘の頭についていた。
鈴竹姫はお札を手に取り裏側に書いた白沢からの依頼を読むと嬉しそうな顔をし、お玉の方を見てうなずいた。
かつては犬の首につけられ、外を散歩するのが苦痛であった鈴竹姫であったが、綱吉の寝室で大事に飾られていると、これはこれで退屈であった。
夜、綱吉が寝静まった後は、付喪神に姿を変え城内を散歩していたが、何が起きるわけでもなしすぐに飽きた。
今となっては犬と一緒に散歩していたころが懐かしい。そう思っていた時に白沢からの依頼である。
鈴竹姫は久しぶりの冒険に胸が高鳴っていた。
鈴竹姫が布団の方を見ると寝息を立ててよく寝ていた。
(この寝室から茶室までは廊下に出てまっすぐ進んで、突き当りの部屋だったわね)鈴竹姫は心の中でつぶやきながら、抜き足差し足で部屋を出る。
なんせ本体が鈴だけに体を揺らすと鈴の音が鳴るので、慎重に廊下を歩いていく。
そして突き当りの茶室のふすまをそっと開けて侵入する。
灯りもない為、中はほぼ真っ暗だがそこは勝手知ったる御殿の中。
引き出しの位置を探り当てて、茶壷の入った箱に鈴竹姫が手を触れた瞬間、廊下から足音が聞こえた。
灯りを持った人間が茶室に向かってきているようだ。
寝室から茶室までの間は完全に綱吉のプライベート空間となっているため、他に人間が入ることは考えられない。だとするとこちらに歩いて向かってくるのは綱吉に違いなかった。
気づかれた? いや、綱吉は茶会の前になると気分が高揚し、夜中起きだして茶器を眺めることがあった。そんなことを鈴竹姫が思い出して呟く。
「まさかこんな時に?」
鈴竹姫は焦った。
鈴の姿に戻ることはできるが、こんなところに鈴が落ちているのは不自然で、おまけに得体のしれないお札まで一緒に落ちていたら、曲者が侵入したと思われて大事になるかもしれない。
(このままの姿でお札を持って隠れるしかない)鈴竹姫は隠れる所を探すが、部屋の隅に身を寄せるくらいした隠れようがない。明かりが届かなければやり過ごせるかもしれない。どうしようか思案しているうちに、足音が茶室の前で止まった。
鈴竹姫は体が震えて音が出ないよう、部屋の隅で身を固くする。
そして、入口のふすまがかすかに動いた瞬間。
「くーん、くーん」
寝室の方から犬の鳴き声がする。綱吉が一番かわいがっている子犬だ。
かわいがるあまり、夜も同じ寝室で寝かせていた。
すると、開きかけたふすまはふたたび閉まり、足音は寝室の方へと遠ざかって行った。
緊張で体を固くしていた鈴竹姫は、一気に脱力した。
綱吉は犬が寂しがってると思い、寝室に帰って行ったが、またこっちに戻ってくるかもしれない。
鈴竹姫は急いでお札から本物の茶壷を取り出して、箱の中の偽物と入れ替える。偽物はお札に格納した。
そして今度は手筈通り、茶室の明かりとりの隙間からお札を差し出すと、そこで待っていた。お玉がそれを受け取った。
「危なかったな。肝が冷えたわ」
格子越しにお玉が言うと、鈴竹姫も安堵のため息を漏らした。
「いざとなったらウチが部屋の外から猫の魅力全開で気をそらそうと思とったけど、その必要もなかったな」
お玉の言葉に鈴竹姫はくすりと笑う。
「残念ながら、あの人犬派なのよねえ」
「なんや、つまらん」
「でも、久し振りにドキドキして楽しかったわ。白沢様によろしくね」
「ああ、あんたもたまには城下にも遊びに来たらええ。おもろいとこ案内するで」
お玉の言葉に鈴竹姫は苦笑いした。犬の首輪から外れた今となっては、外に出る機会などほとんどないからだ。
「世話になったな。ほな、ウチは帰るで」
「お気をつけて」
お玉はまた屋根づたいに城の外へと向かって行く。
あとは、また綱吉が寝るのを待って部屋の定位置に戻ればいい、と鈴竹姫は思う。今回はあの犬に助けられた。あれから一年経って多少意思疎通も出来るようになってきたから、今回もひょっとしたら空気を読んで私を助けてくれたのかもしれない。
そう思うと、たまになら首輪に戻ってやってもいいかなと鈴竹姫は思った。
第七幕(この話の最終話)に続く




