第五十三話 名探偵白沢【第五幕】
「わしは常々、白沢殿は普通の人とは違うと思っておったが。今日の失せもの探しもまさに神業であった。もしかしたら陰陽道も極めておられるのかとも思ったが、まあそれは深く追求しないでおくとして、どうか頼まれてくれぬか、手段は問わぬ」
忠助は白沢が何やら不思議な力を持っていることは薄々気づいているようだ。
実際平安時代から日本に住んでいる白沢は陰陽道も多少心得があるが、それを言うとややこしくなるので、まあなんとか手立てを考えてみると白沢は返事をした。
とはいえ茶会は三日後。それまでに江戸城の茶室にある偽物を本物に取り換えなければならない。
白沢は条件として、江戸城の茶室の位置がわかる間取り図を所望した。場所がわからなければ入れ替えるのも不可能だからだ。
本来正確な図面を外部に漏らすなどもってのほかだが、忠助達は白沢を信用してその場で手製の図面を作ってくれた。
また、本物の茶壷は側用人の竹中光春から、借り受けている。
事は一刻を争う、白沢は診療所に帰りながら思案する。
茶室は江戸城内の御殿の三階部分にありかなり奥まったところにある。
江戸城の中には所々魔よけのお札が貼ってあるため、式神は論外だし、化けタヌキを重臣に化けさせて忍び込ませても、途中で正体がばれるだろう。お玉も同様だ。いくら猫でも場内を中にうろつけるわけではない。
しかし、元々江戸城内に招き入れられた妖は別。
白沢の頭には綱吉の寝室にいるはずの鈴の付喪神、鈴竹姫の事が浮かんでいた。
鈴彦姫は徳川家代々に伝わる鈴の付喪神であり、一度家で騒ぎを起こした時に白沢の世話になっている。
幸い寝室も茶室と同じ建屋の同じ階にある。
とはいえ、その鈴竹姫にどうやって依頼して、どのように偽の茶壷を持ち出そうと考えていたが、忠助の言葉が頭をよぎる。
「陰陽道……」
白沢は何かを思いつき、帰路を急ぐと、また麒麟堂の前でお玉に会う。
今度はお玉だけでなく、同じく麒麟堂に勤めている犬神の真生と押し掛け女房で妖狐の理子もいた。
以前京都のある事件をきっかけに真生に惚れ、江戸にまで真生を追いかけてきた理子は結局、麒麟堂近くの表長屋に住みつき、毎日のように真生に会いに来ている。
今日も真生の腕に自分お腕をからませてくっついているが、真生は半ばあきらめてしたいようにさせている。
ちなみに生計は三味線と踊りを教えることで成り立たせているそうだ。
妖狐なので、銭になどなくても生きていけるが、人間らしい生活をするために働いているとのこと。
「あ、白沢殿お城はどうやった? どんなやったか聞かせてえや」
「あら、白沢先生お城に行ってはったんですか? よろしおすなあ」
お玉と理子が口々に言う。
「無理難題を押し付けられてきました」
白沢がため息交じりに言う。
「白沢先生はよく頼まれごとをされますね」
真生が気の毒そうに言うが、どこか面白がっている節もある。主人である麒麟に性格が似てきたようだ。
「それはそうと、お玉さんはお城に行きたいって言ってましたね? 行ってみます?」
白沢の言葉にお玉の目がきらりと輝く。
——白沢の家にて
白沢とお玉が二人で話している。
「じゃあウチがその茶壷を取り換えたらええんか?」
「いやいや、さっき言ったように御殿に外から中に入るのは危険すぎるので、元々中にいる鈴の付喪神、鈴竹姫に頼みます。でもその鈴竹姫に依頼する手段がなくて困ってたんですが、お玉さんなら屋根を伝ってすぐ近くまで行けるでしょう?」
「もちろんや、でもその本物の茶壷をどうやってその付喪神に渡すんや?」
「そこで陰陽の技を使います。今回の作戦はこうです」
白沢が立てた作戦はこうだった。
一、本物の壺を陰陽の法で加工をした札の中に閉じ込める。
【閉】と言う文字を押すとお札の中に茶壷が格納され、【開】という文字を押すと茶壷がお札から出てくる。
二、そのお札の裏には鈴竹姫あての依頼を書き記す。
三、そのお札をもってお玉が寝室の近くまで屋根づたいに行き、隙間からお札を入れる。
四、お札は鈴竹姫のところまで行くように仕込んであるので、それを見た鈴竹姫がそのお札を持って茶室に忍び込み、お札から取り出した本物の茶壷と入れ替える。
五、入れ替えた偽物はお札に閉じ込めて、寝室まで帰り、外で待機しているお舞に隙間から渡す。
六、お玉はお札を白沢の元まで持ち帰る。
「……という感じです」
白沢が説明を終えるとお玉は不満そうな表情を浮かべる。
「なんか話を聞いていると、ウチは屋根に乗っとるだけで、お城には入れてないんやないか?」
「今回の作戦が成功したら、竹中様に頼んで、江戸城の中に入れてもらいますから。もちろん天守とかは無理ですが」
「ほんまやな? じゃあやる!」
かくして、偽物を本物に入れ替えるという、通常とはあべこべの作戦が始まった。
お玉は寝室の場所を何度も確認し、何処から忍び込んでどの屋根を通るかをシュミレーションする。
その間白沢は、茶壺を閉じ込めるためのお札を作成していた。
いかんせん陰陽の法を身に着けたのは千年ほど前に話なので、一つ一つ思い出しながらの作業であった。最近はせいぜい連絡用の式神くらいしか使っていない。
苦戦しながら出来上がったのは次の日の朝だった。
白沢は何とか眠い目をこすりながらも昼間の診療をやり遂げ、いよいよ今夜の決行となった。茶会は二日後だが、前日には諸大名を招いて宴会を行う。そこでも綱吉が茶器を自慢するかもしれない為、実質今日が最初で最後のチャンスだ。
偽物の茶壷を格納したお札をお玉に渡す。
「あれ? お、重い?」
「ああ、お札に入れたからって、軽くなるわけではないからね。紙が破けたら茶壷も壊れるので、くれぐれも注意して下さい」
「おし、わかった。今日は組合の活動も休みやからな。というかわしが組合長じゃから休みを増やしてやった。働き方改革や」
「それはいいことです、さすが組合長」
「ほっほ、では大船の乗ったつもりで待っといてや」
上機嫌のお玉は颯爽と走り出した。が、すぐ先の角を曲がり切れずに橋げたに激突していた。
「大丈夫かな……?」
今さらながらちょっと不安になる白沢であった。
第六章に続く




