第五十二話 名探偵白沢【第四幕】
偽物の茶壷にも墨がついていたので綺麗に拭いて、いったん元々の箱に戻しておいてから三人が部屋を出ると、管理人の橋本宇内の姿が見えなかった。代わりの者が座っていたので聞くと、先ほど急に呼ばれてしばらく変わってくれといわれて、宇内は慌ててどこかに走って行ったという事だった。
「さて、じゃあ後を追いますか」
白沢は白沢にしか見えない宇内の痕跡を辿ってどんどん先に進む。
忠助と次郎三郎も訳の分からないまま、白沢についていくが、段々行ってはいけないようなところに行っている気がしてくる。
白沢が足を止めたのは、ある側用人の部屋であった。
側用人とは将軍の秘書のようなものであるが、将軍の信任を得た側用人の中には老中をもしのぐ権力を持った者もいた。
家柄も旗本が就任する書院番と違い、大名が務める側用人は忠助達からすると上役であり、将軍の親衛隊たる書院番とは言え、頭の上がらない人たちであった。
その側用人の部屋を白沢がちゅうちょなく開ける。
「失礼いたします」
その中には側用人の一人である竹中光春と宇内がいた。
突然のカチコミに二人は明らかに動揺している。
「そ、そなたは白沢殿、それに大岡殿と山田殿。これはどういうことじゃ?」
白沢は実は多くの幕臣の主治医をしており、竹中光春もその一人だ。かつて側用人になる前の若輩の時に肺炎を患い、命の危険に陥った時に白沢に助けてもらっている。
「どういうことかは、こっちがお尋ねしたいですね、光春様。なぜ、上様の茶器を偽物と入れ替えたのですか?」
光春は大層驚いた顔をした。
「宇内、お主が喋ったのか?」
「め、滅相もございません」
慌てる二人に白沢が宇内を怪しいとにらんだ訳を告げる。
「私が橋本様に茶器が無くなった時の様子を聞いた時、わざわざ山田様の手が黒くなっていたことに言及されていました。部屋がきれいなことは橋本様が一番御存じのはずなのにわざわざ伝えたのは、山田殿が半紙を黒く塗って茶器を隠していたところを見ていたからですね?」
「……」
宇内は黙っている。
「そのまま茶器が見つかり、箱の中身が戻ればそれでよかったんでしょうが、偽物であることがばれていることを聞いてしまった。それで、慌ててここに来たということですね」
「ということは……竹中様が?」
忠助と次郎三郎は光春の方を見る。
「はあ、よもや白沢殿出張ってくるとは、今日はは厄日でござったなあ」
「冗談言ってないで。訳を聞かせてくださいますか? 竹中様が私利私欲でこんなことをしたとは私も思っていませんので」
「無論じゃ。あのあの茶器は大権現様(家康の事)がかつて太閤殿下(秀吉の事)から頂いたもので、国の宝ともいうべきものなのだが、上様はそれをやたらと家臣や諸大名に見せびらかしていてな。しかも御物御道具蔵から御道具置所に場所を移してしまわれた。そんなところに置いて万が一傷がついたら一大事じゃから、わしがこの宇内に命じて偽物とすり替えたのじゃ」
ちなみにこの橋本宇内は竹中光春の娘婿ということで、この極秘任務を任せたそうだ。
「それを某が隠してしまったと」
次郎三郎がため息をついた。
「まさか偽物と見破られるとは思いませんで、実は偽物に入れ替えてからも何度か上様が練習でお使いになったのですが、気づいておられないようでしたので」
宇内ががっくりと肩を落とす。
「とはいえ、今度の有力大名を招いての茶会では本物に戻しておくつもりであった。茶器にお詳しい方々がお越しになるのでな」
光春はもうすべてが明るみになったことで、サバサバと語りだす。
「しかし、例の茶会も日が近づいている。そろそろ茶器も本物に変えておかなければなと思っておったのだ。いい機会だ、いまからすり替えにゆこうではないか」
あまりにあっけらかんとした光春の告白に、白沢以外の侍たちは口をあんぐりとさせているが、白沢は直ぐに同意した。
人外である白沢に迷うとか戸惑うとかという感覚はそもそもない。問題の解決に関して役に立たないからだ。
光春と白沢だけが何だか納得した感じで、話が進む。
「本物の茶壷は貴重品だけを格納する御物御道具蔵に置いてある。すぐに取りに行かせよう」
こうと決めるとさすが側用人行動が早い。すで部下に命じて偽名で預けていた、本物の茶壷を手元に持ってきた。
「では、御道具置所に参ろう」
五人は急いで御道具置所へと向かった。
しかしついたその先では最悪な出来事が起こっていた。
しびれを切らした綱吉が別の書院番を使って、茶壷を持ち出したというのだ。そして、本番の日まで稽古で使う為、専用の茶室に保管すると。
すでに偽物を何度か使っているので、おそらく当日までは気が付くことはないが当日は別である。
自慢げに茶壷をひからかした時にその茶会がどんな雰囲気になるのか、想像もしたくない忠助達である。
「どどどど、どうしよう!」
急に光春がパニックに陥る。さっきまでの余裕は何だったのか。
「茶室の茶壷を本物と取り換えるしかないでしょうねえ」
白沢の言葉に一同は騒然とする。
「しかし、あの茶室は上様が茶の湯の練習で使う所、昼間も小者がいるし、夜寝ているときくらいしか機会がござらん!」
側用人の竹中光春は顔が青くなっている。
そして全員の視線が白沢に集まる。
「わ、私?」
第五幕に続く




