第四十九話 名探偵白沢【第一幕】
今これを掲載している時点で五幕まで完成。果たしてあと一幕で終わるのか?
今のところ六部構成予定ですが、場合によっては七部になるかも。
登場人物が余計なことを言いだして、脱線しなければよいのですが……
今日は休診日。朝からひさしぶりに白沢は惰眠をむさぼることが出来た。というのも、一緒に住んでいるお舞が山に帰っているからだ。
帰っていると言っても江戸での女磨きの修業が終わって、帰ったわけではなく、父親である山の神に会うために一時的に帰っているので、明後日には戻ってくる予定である。
お舞はいつも朝が早く日の出とともに起きる。通常の診療日であればまだよいのだが、休診日でも容赦なく白沢を起こしに来るものだから、ゆっくり寝てもいられない。
そう言った意味で今日は白沢を起こす者もおらず、昼前まで眠りこけていた。
やっと起きた今も白沢は寝巻のまま縁側に座って、寝ぼけまなこでお茶をすすっている。
季節はもう冬に近づいているが、今日はポカポカして暖かい日であった。このまま縁側に居るとまた眠ってしまいそうな白沢であった。
人は基本的に起きている間には一時記憶的なところに情報を蓄えて、睡眠をとることで整理して記憶をしている。
白沢は万物の理を知る霊獣で、常に頭をよく使っているため、経験した出来事や新しい知識を眠りの中で、整理するのに時間がかかるので睡眠時間が長くなるのだ。(白沢は霊獣なの人ではないが、まあそういうことにしておこう)
ちなみにお酒を飲み過ぎて記憶が無くなることがあるが、お酒を飲んで意識を失うのは、医学的には睡眠ではなく気絶であるため、記憶が上手く脳に保存されないのではないかと思われる。
まあ、そんな酔っぱらった時の記憶なんて、むしろないほうが幸せかもしれない。
閑話休題、昼には珍しい人物が尋ねてきた。
診療所のとびらを開けたのは、やたら姿勢が良く、眉毛を見るとみるといかにも「曲がったことが嫌いです」と顔に書いてあるような、正義感がにじみ出る人物だった。
その人物の名前は大岡忠助。のちに大岡越前守と呼ばれ、江戸の町奉行として活躍した人物である。
「御免、白沢殿はおられるか?」
もう日も高いのに、さっきまで寝てましたという風体で出て行くのは流石に恥ずかしいので、白沢は急いで髪を整え、作務衣に着替えながら返事をした。
「しょ、少々お待ちください」
ようやく身なりが整い、入口の土間に出た白沢の前には、やはり背筋をぴんと伸ばした大岡忠助が立っていた。
「休みにすまぬな。これは手土産じゃ」
そう言って、忠助は包みを差し出した。中身は羊羹だそうだ。
羊羹、つまり漢字の意味でいうと羊の吸い物という意味だが、日本に仏教伝来の後、お坊さんの間で肉食が禁じられたので、代わりに小豆や砂糖を使って作ったものだそうだが、原形が全くなくなっているので名前についての違和感はバリバリである。
ともあれ、羊羹は砂糖をふんだんに使う為、非常に高価なもので有名な鈴木越後という羊羹に至っては一斤一両(今でいうとおよそ五万円ほど)とも言われている。
鈴木越後でないとしても羊羹が高価な和菓子であることには違いなく、それを町医者への手土産で持ってくるあたり、さすが有力旗本大岡家の当主である。
「ありがとうございます。今日はお舞は留守にしておりますが、これを見たらさぞ喜ぶでしょう。とりあえずお上がり下さいませ」
白沢はそう言って、忠助を座敷の間へと通した。
十畳の座敷に二人は向かい合って正座する。二人の間にはビワのお茶と、お土産に頂いた羊羹が置いてある。
「して、今回のご用向きは何でしょうか?」
白沢が先に口を開く。
忠助はお茶を一口、口の中を潤わせてから言葉を発した。
「実は江戸城内でとある茶器が紛失してな」
「紛失……ですか? 盗まれたとかではなく?」
「実のところ、それもまだわからん、確かなのはあるはずの場所にあるべきものがなかったという事なので、わしは一旦紛失と呼んでいる」
忠助の言いようはなぜか歯切れが悪い。
「話を詳しくお聞かせいただけますか?」
忠助はコホンと咳払いをして、話し始めた。
「今度、参勤交代で井戸に来ている有力な大名を招いての茶会があるのじゃが、その準備として必要な茶器を確認していた際、上様愛用の茶壷が無くなっていることに気付いたのじゃ」
「どこに保管されていたのですか?」
白沢の問いに忠助の眉がピクリと動く。
「江戸城内の御道具置所じゃ」
「御道具置所ですか? 普通名品ならば御物御道具蔵に保管していそうなものですが」
御道具置所とは日常的に使う生活調度品や、贈答品などを保管するスペースで、いわゆる名品と言われる茶器や花瓶などであれば、いわゆる宝物庫にあたる御物御道具蔵という所に保管するものなのだ。
「上様はこの茶器をたいそう気に入っておられてな。しょっちゅう持ち出して使いたいものだが、御物御道具蔵では手続きが面倒になる。そこで上様の一存で、御道具置所に置いているのじゃ。全く上様ときたら……」
忠助は眉間にしわを寄せる。
そんな忠助の目を白沢はじっと見る。普通町人が侍、しかもエリート旗本の目をじっと見るなど、普通は無礼なのでしないことだが、白沢は構わず忠助の目を見ながら話す。
「大岡様はこの件になにか含みがあるのですか?」
すると大岡は溜息をついた。
「やはり白沢殿には隠し事はできんか。実はこの茶器を確認したのは、わしと同じ書院番でな、最初に茶器の紛失に気が付いたということで、このままではこの者が疑われしまうやもしれんのじゃ。しかし断じて盗みを働くような男ではない」
「なるほど、大岡様としてはご同僚の疑いを晴らすためにも、紛失した茶器を見つけたいということなのですね?」
忠助は少し気恥しそうにうなずく。
「うむ、その通りじゃ」
「まあ、何はなくとも、現場を見てからの話ですね、早速行きますか」
そう言う訳で、二人は江戸城に向かうことになった。
第二幕に続く




