第四十八話 おばあさんと猫【さん】 ※この話の最終話
時は少しさかのぼる。
空き家の屋根裏からお玉が連れだされて、アジトに入っていく化け猫一行を茶太郎は追跡していた。
「やっと食いついたみたいだワン。白沢先生に報告しないと」
茶太郎は白沢から渡されていた鶏の模型にアジトの場所を伝えて、空に放つと模型の鳥は本物の鳥になり、白沢の診療所への飛んで行った。
お玉が化け猫であることを知っていた白沢はこれが単なる失踪ではなく、江猫組が絡んでいると推理していた。
お玉にはハナコが知恵の回る化け猫で直接見つけるのは難しいことだけを伝えていた。初めから江猫組のことを伝えると、その辺の猫をシバキあげて聞き出そうとしてしまう可能性があったからだ。
それとは別に、茶太郎はお玉が最終的に力ずくで解決しようとするのを防ぐため、白沢の指令でお玉をマークしていた。
茶太郎は頭はいいが普通の犬なので、妖気は発しないし、犬の匂いなどそこら中に充満しているので、お玉もつけられていることに気付いていなかった。
余談ではあるが、念のため白沢は毎朝茶太郎の体を洗っていた。
茶太郎にとって人に体を洗われるのは初めてだったが、すっかり癖になり、この後も度々診療所に体を洗ってもらいに来るようになったそうだ。
これが日本における犬シャンプーの起源になったとか、ならなかったとか。
そして、また話は江猫組のアジトに戻る。
「あの犬っころ、最初からウチの事をつけてたんか。じゃあ、次に来るのは……」
お玉が階段の方を見ると、白沢と麒麟がゆっくり上がって来た。
一階にも見張りの化け猫はいたが、二人のオーラに圧倒されてただ遠巻きに見ているのみだった。
「白沢先生……」
ハナコはあきらめたようにつぶやく。
「兄貴ひどいわ、知っとったんやろ?」
お玉が白沢と一緒に来た麒麟を睨む。
「堪忍な、前回の事もあるからって白沢からは口止めされとってな」
「そんなあ……」
お玉はがっくりと肩を落とす。猫の姿なので落とすほどの肩はないのだが、何となくそう見えた。
「まあまあ、すべて私の一存でやったことなので、麒麟を責めないでください。それにこれはお玉さんが必ずハナコさんに、たどり着いてくれると信じての事ですから」
「そやそや、見事な働きやったで」
「え、やっぱり?」
白沢と麒麟の言葉に、少し機嫌を直すお玉。
「さてと」
白沢はハナコの方を見る。
「話は聞かせてもらいました。まさかハナコさんが次期組合長だったとは」
ハナコはおばあさんに連れられて白沢に爪を切ってもらいに来ていた。
その際、おばあさんに聞こえない程度の声で雑談をする中で、裏長屋の様子などもハナコから聞いて、病人がいればすぐに駆け付けるようにしていた。
当然ハナコが江猫組の元幹部であったことも知っていたので江猫組の関与を疑っていたが、ようやく失踪の原因もここで解明することが出来た。
「さて、今後の事をお話しますか。要するに組合長の仕事が忙しくなって、夜に家に帰れなくなるから、いっそ姿を消してしまおうと思ってるわけだね?」
「ええ、その通りです。しばらく次の年長者に代理を頼もうと思ったんですが、しきたりは例外なしということで難しくて」
「年長者が組合長になることが絶対ということですね?」
「はい。その通りです」
「そやったら、話は早いな」
麒麟の言葉に白沢がうなずく。
「どういうことですか?」
ハナコが聞くと、白沢が言う。
「そこのお玉も江戸に住んでいるので、江猫組にはいる権利はありますよね?」
「ええ、もちろん」
「じゃ、お玉を組合長にすればいい」
「ええ?」
お玉も含めたその場の化け猫全員が声をあげる。
「何をふざけている、こいつの見た目ならどう見ても五、六十歳だろう」
江猫組の中では幹部にすらなれんぞ」
黒い化け猫が異議と唱えるが、白沢が続けて言う。
「このお玉は平安京の頃、ちょっとしたしくじりが原因で、本に封印されていた時期がありまして、その間歳を取ってないから見た目は若いですが、間違いなく実年齢は九百五十五歳です」
「き、九百??」
また化け猫たちがどよめく。
「信じがたいことですが、白沢先生が言うのであれば本当なのでしょう」
その場にいる猫達の視線がお玉に集まる。
さっきまでの敵意に満ちた視線ではなく、尊敬のまなざしに変わっていた。
それもそのはず、千歳近い化け猫など伝説でしか聞いたことがない。
ハナコと黒猫が揃ってお玉に小走りで駆け寄る。
「ということで、組合長。よろしくお願いします」
「お願いしますニャ」
「いやいや、ウチは江戸に来たばっかりやし、そもそもそんなガラやないし」
お玉は慌てて組合長への就任案を否定しようとする。
「しきたりは絶対。そうでしょ?」
白沢がハナコを見る。
「然り」
ハナコはわざとらしく、仰々しい低い声で返事する。
どうも、組合長というのは誰もがなりたがるような権力者ではなく、色々な雑用や面倒事を取り扱うちょっと出来ればやりたくない立場の様だ。現代で言うなら、マンションの管理組合の組合長のようなものなのかもしれない。
「昼間は普通に働いててええんやろ?」
「はいもちろん、主な仕事は夜ですから」
ハナコが答える。
「じゃあ、ええやん。麒麟堂で働きながらできるで」
麒麟の言葉にお玉がかぶりをふる。
「いやいや、兄貴、じゃあウチが寝る暇ないですやん」
「今でも営業中よう猫の姿になって寝とるやん」
「そ、それは……」
「ま、これも人助け、いや猫助けや。あんじょうやったり。考えてもみ、江戸中の猫の主やで!」
「主か……」
ちょっとうれしそうにお玉がつぶやくと、それを見逃がさず白沢がたたみかける。
「ま、そう言うことで、詳しい説明は幹部さん達から聞くとして、ハナコさんは今日の所は、おばあさんの所に帰りましょうか」
「はい!」
元気よく返事をするハナコとともに、おばあさんの家に向かうことにした。
「え? あ、ちょっと! 兄貴! 白沢先生! ちゃたろー!」
戸惑うお玉を残して、一行はアジトを後にする。
もちろんお玉はそのまま、黒猫たち幹部たちに捕まり、組合長の仕事について説明を受けることになった。
翌日の朝までみっちりと説明を受けたお玉は、翌日ずっと畳の上で寝込んでいたが、ボスと持ち上げられることについてはまんざらでもないようだ。
一方猫が帰って来たおばあさんはたいそう喜び、鍋いっぱいの芋の煮っころがしを白沢にくれたので、白沢とお舞はしばらくおかずには困らなかった。
そしてハナコはまた普通の猫のふりをしておばあさんと一緒に暮らしたとさ。
めでたしめでたし。
猫とおばあさんはこれにて完結 次回別のエピソードに続く




