第四十七話 おばあさんと猫【にの】
お玉は勿論のこと元々猫であるから、自分も猫の姿で猫がねぐらにしそうなところを探すことにした。
もちろん探しているハナコではない普通の猫にも遭遇するが、匂いで判別できるので、違う猫にはハナコについて話を聞く。
一方柴犬の茶太郎も基本的には同様であるが、江戸の町を北と南に分け、茶太郎には南、お玉には北側の捜索をするよう白沢は指示した。
お玉は早速江戸の町を探すが、ハナコはどちらかというと出不精であまり外に出る方ではなかったらしく、知り合いは見つからなかった。どの猫に聞いても「知らない」の一点張り。それはそれで少し不自然な感じもする。いくら、ほどんど家にいるからと言って、江戸中の猫が知らないなんてことはありうるだろうか?
お玉はいろんな場所で匂いも嗅いだが、白沢の言う通り相手は知恵が回るようで自分の痕跡を消しながら、追跡されないように移動しているようだ。
中々手ごわい。とお玉は感じ始めていた。
そうして二日ほど過ぎた頃、お玉はある空き家の屋根裏に忍び込んだ。
「それにしてもあの犬っころ、茶太郎とかゆうたか。全然有力な情報持ってこうへんな、これやから犬っころは……」
お玉と茶太郎は毎日夜になると、白沢と麒麟に進捗報告をしていた。
白沢先生によると何もないなら、何もないという報告も重要だとの事。
お茶とお茶菓子が出るから言っているようなもんやけど、白沢先生は色々細かいわ、真生みたいや。麒麟の兄貴みたいにおおざっぱな方が楽なんやけどなあ。
と思いながらお玉は屋根裏を調べていた。
すると突然お玉は、何処からか現れた数匹の猫に取り囲まれた。
いずれも化け猫である。
その中の一番大きな黒い化け猫がお玉にゆっくり近づいて来た。
「最近何か嗅ぎまわっているよそものはお前ニャ?」
「……それ(語尾でキャラ作るの)、流行ってんのか?」
思わず眉をひそめてお玉が答える。
「訳の分からないこと言うんじゃないニャ。何をこそこそかぎまわってるんだと聞いてるんニャー!」
別にこそこそはしてへんけどなと思いつつ、お玉は答えた。
「あ~、実はウチはは最近上方から江戸に来たんやけどな、この辺を仕切っとるボスにも挨拶せなあかんかと思て探してたんや」
「はん? 最近だって? お前麒麟堂にいる化け猫だろう? もう夏ぐらいには江戸に来てたはずニャ。江戸すべてを縄張りとする江猫組を嘗めるニャ!」
どうもこの黒い猫は、江戸の化け猫を含む猫たちを束ねている組織の有力者らしい。
そして、お玉が探しているハナコも化け猫であることは白沢から聞いていた。
「なんや、知ってるんやったら、はよう声掛けに来てくれたらよかったのに、江戸には仲間がおらんのかと思て、寂しかったんやで」
「ふん! 調子のいいことを。まあいい、ボスに会わせてやるからついてこいニャ。そこで洗いざらい吐いてもらうからニャ」
そうして、黒い猫は他の猫とともに白沢をアジトへと案内した。
案内されたところは江戸の東の外れにある西洋風の建物であった。
おそらくは江戸幕府が鎖国政策をする前に西洋人が住んでいたのだろう。
江戸幕府は千六百三十九年から鎖国令を出していたが、まったく外国と接点がなかったわけではなく、オランダや当時の中国や朝鮮などとは制限付きで貿易や外交を続けていた。
とはいえ江戸においては、すでにほとんどの外国人はいなくなっていたであろうとと想像される。
「ここだ。入れ」
お玉が案内されたのはその建物の二階の部屋であった。
「そこには一匹の猫が、西洋の椅子に座って貴族のように足を組んで座っていた。むろん猫の姿である」
「ボスの事をかぎまわっていた化け猫を連れて来ましたニャ」
「そのボスって言うのやめなさい。いかがわしい団体じゃないんだから」
そこに居た猫から漂ってきたのは覚えのある匂い。
目の前に座っている化け猫は探していた猫だった。
「アンタが裏長屋のおばあさんとこのハナコやな?」
「ええ、こんなに早く居場所が知れるなんてね。おばあさんが白沢様を頼るのはわかっていたけど、白沢様の力はわかってたつもりだから、妖気も匂いも残さないように気を付けていたのよ。でも、猫を探すのに猫を使うなんてさすが白沢様ね」
「なんで、おばあさんの家を出たんや?」
「まあ、本当は私の方がおばあさんなんだけどね。今年で百十歳になるわ。あのおばあさんは凍えそうな雪の日に神社の縁の下で丸くなってるところを拾ってくれてね。それから、布団な中で私を抱きかかえて温めてくれた。それから十年くらいたつかしら、本当に楽しかった」
しみじみと語ったハナコはそれから、窓の外を見ながら言った。
「この組織……正しくは【江戸猫生活協同組合】、略して【江猫組】はね……」
「えらい、略し方やな」
「まあ、それは昔からの決まりだから。とにかくこの江猫組の組合長は代々一番の年長者がやるのがしきたりでね。先日組合長が百四十歳で亡くなって、その次が私だったんだよ」
そもそもこの江猫組は何をしているのかというと、縄張りである江戸の町の巡回や、野良猫に食べ物を猫に配ったり、野犬から守ったりといういわば普通の猫も含めた、互助会的なものらしい。
江戸中の猫と化け猫のほとんどが組合員だが、結果的には力のある化け猫が幹部となって運営している。
普通の猫たちは残飯をあさったり、ネズミなどを捕まえて食料とするが、中には満足に動けない猫達もいる。
化け猫たちは人の姿でも行動できるので、昼間働くことで組合の資金を稼ぎ、食料などを調達してこの建物に保管しているのだ。
年長である化け猫のハナコもこの組合の幹部であったが、おばあさんに飼われて以降はあまり活動には参加していなかった。それほどおばあさんとの生活を大事にしていたのだ。
組合長もハナコがしばらく組合の活動を離れることは了承していたが、自分が死んだあとのことは頼まれていた。
おばあさんもかなり高齢なので、天に召されるまではそばに居て、その後復帰すればいいと思っていたが、それよりも先に組合長が点に召されてしまったがために、急遽家を出なければならなくなったのだ。
「猫は夜行性だからね。組合長としての仕事。つまり、縄張りの巡回とか、街に住む猫たちの相談事を聞いたりして、忙しいのよ。でもおばあさんは夜一緒に寝てあげないと寂しがるし……、それならいっそ私は死んだと伝えてもらった方がいいのかもね」
「そういう訳にはいかんなあ。ウチは仕事が出来る所を麒麟の兄貴に認めてもらわなあかんのや、とにかく一度家に連れて帰るで」
「この若造が、調子に乗るなよ。貴様の言うことなどボスが聞くか!」
先ほどの黒い化け猫が凄んで仲間とともにお玉を囲む。
「ちょっと、乱暴はよしなよ」
ハナコが黒猫をたしなめる。
「遠慮すんな! こっちもごちゃごちゃ言う様やったら、乱暴するつもりやったから問題ないでえ!」
ハナコと黒猫たちが一触即発になったその時。
「ワオ——ン‼」
外から犬の遠吠えが聞こえた。
場は騒然とする。
「野犬共の襲来か?」
「すぐに守りを固めろ、ボスを守るぞ!」
浮足立つ黒い化け猫たちとは裏腹にお玉はしらけた顔をしていた。
さん に続く




