第四十六話 おばあさんと猫【いち】
今回はお玉が主役のお話です。
猫探しを引き受けたお玉にはそんな運命が待ち受けているのでしょうか。
三部作お楽しみください。
今日は裏長屋を巡回診療する日であった。
白沢は月に一度長屋を訪れて、住人たちの健康状態を確認をしている。
特にこの裏長屋は年寄りが多く、体調を崩しやすい人が多いため、お腹の薬や体を温める漢方薬をたくさん持って巡回する。
表長屋と違い、裏長屋の住人は貧しい人が多いため、薬代など払える者たちではないが、白沢はツケ払い、あるいは野菜などと交換という事にして薬を渡している。無料にすると通常の診療に来る者たちも「タダにしろ」と言ってくる可能性があるので、あくまでも対価はもらうといういう体にしている。
また、たまに診療所にこの裏長屋の住人が来ることもある。
猫を飼っているおばあさんだ。
白沢の元には定期的に猫の爪切りを頼みに来て、礼としてわらじや芋の煮っころがしを置いて言ってくれる。白沢はこのおばあさんの芋の煮っころがしが大好きだ。
ねっとりとした歯触りの里いもに甘辛い味がしみ込んで、飯のおかずにも酒のつまみにも最高である。
お舞もこのおばあさんが猫を連れてやってくると、芋の煮っころがしが食えると思い、上機嫌で出迎える。
白沢は井戸の横に適当な高さの椅子になるものを置き、裏長屋の住人たちを集めて体調を確認していった。咳やくしゃみ、お腹を壊しやすいなどの者がいたが、総じて軽症の者ばかりであったので、白沢はすこしほっとしていたが、あの猫を飼っているおばあさんがいないことに気が付いた。
「猫を飼っているあのおばあさんは? 今日はいないの?」
白沢が聞くと、診察を終えた魚売りの男が答える。
「ああ、猫ばあのこと? なんでも最近猫がいなくなったって騒いでたな。その辺を探し回ってたけど、今は疲れて部屋にいるんじゃないか?」
そう言って、男は長屋の一番西側の部屋を指さした。
本当の名前はお里さんと言うそうだが、長屋のみんなは猫ばあ、と呼んでおり、本人もまんざらでもなさそうで、今では自分でも「猫ばあです」と名乗っているらしい。
まあ、「猫ババア」とかよりはましな気がするからまあいいか。
白沢はおばあさんの住む部屋の扉を開ける。
「おばあさん、白沢です。入るよ」
扉の向こうには布団をかぶって寝ているおばあさんがいる。
白沢は直ぐにおばあさんに駆け寄った。
「おばあさん、どうした? 具合が悪いのかい?」
布団越しにおばあさんの体をさする白沢に、おばあさんが上半身を起こし、泣きついた。
「せんせえええ……ウチの猫が、ハナコがいなくなっちまったんだよう」
猫ばあは白沢にしがみついて、おいおいと泣く。
「さっき、外で聞いたよ。でも猫だからこれまでも少し留守にすることは、あったんじゃないかい?」
「昼間は出ることがあるけど、夜には必ず帰って来て一緒の布団で寝るんだよ。それが参日前の朝出たっきり、戻って来ない。こんなの初めてだよ」
おばあさんは涙で顔がくしゃくしゃだ。
「猫って死に顔を見せないために死ぬ前にどっかに行くって言うだろう? わたしゃ心配で心配で、歩ける範囲は探し回ったけど、もう体も限界でさ」
白沢はうなだれるおばあさんの背中を撫でる。
「あの猫はこないだ爪を切った時も元気だったし、大丈夫だと思うよ」
「ああ、そうであればいいのだけど……。白沢先生、世話になりっぱなしなのに悪いけどどうかウチの猫を探してくれないかい?」
「わかったよ。おばあさんが元気じゃないと、美味しい芋の煮っころがしが食べられないからね」
「ありがとう、先生、ありがとう」
おばあさんは白沢の手を握り締め何度もお礼を言った。
白沢は診療所に帰りながら考える。あの猫のことは定期的に爪を切ってるから良く知ってはいるけど、あの猫が自分の意志でどこかに隠れてるとしたら、ちょっと厄介だな。
類は友を呼ぶって言うから、試してみるか。
——その夜、白沢は診療所に麒麟とお玉を呼び出した。
「という訳でね。そのおばあさんの猫の捜索をお玉さんに頼めないかと思ってね」
「なんや、知っている猫の捜索くらいお主が匂いを辿ればすぐにわかるんやないか?」
「それがちょっと訳ありの猫でね。お玉さんが適任だと思うんだよ、それでしばらくお玉さんを貸してくれないかと」
「訳あり?」
「白沢の言葉に麒麟は首をかしげるが、白沢の事だから何か考えがあるのだろう、とそれ以上は聞かなかった」
「ウチは構へんけど、ゆうても江戸は広いし一人やとさすがに骨が折れるわ」
「お、じゃあわらわの出番か?」
話を聞いていたお舞が腕をぶんぶん回す。
「いやもうあなたたち二人に任せるのはこりごりです」
白沢の言葉に、お舞は口をとがらせて抗議する。
「相棒はもう呼んでありますよ」
ちょうどその時、入口をトントンとたたく音がする。
扉を開けるとそこに居たのは三津屋というちりめん問屋で飼われている柴犬の茶太郎だ。尻尾でノックしていたらしい。
「この茶太郎を使ってくれ」
お座りした茶太郎が「わん」と鳴く。
「犬やと? ウチは犬っころは嫌いなんや。大体こいつ普通の犬やないのか?」
思いっきり不満そうな態度を隠さないお玉。
「いかにもこの犬は妖ではない普通の犬だけど、九尾の狐の霊力が乗り移っていて人や大体の動物の言葉を理解する、かしこい犬でね」
茶太郎はかつて一時的に九尾の狐の尻尾を体につけていた影響で、霊力が宿り人間並みの知能を持っている。
その後も九尾の狐の元に通い、いわば弟子のように修行しているうちに当初は喋れなかった人の言葉も話せるようになっていた。
「白沢先生には以前お世話になりましたから、お役に立たせてくださいワン」
「なんや、そのあざとい喋り方、語尾に『ワン』とか付けんでも喋れるやろ?」
「そうなんですけど、師匠……あ、九尾の狐様ですけど、その方が愛嬌があるからって教えられました」
なぜか九尾の狐は、語尾を使ってキャラ立ちさせたいらしい。作者的には助かる。
「なんや愛嬌って? うーんまあ、白沢先生の紹介やったらしょうがないけど、足引っ張ったらクビにするからな」
「わかりましたワン」
では、と白沢はいなくなった猫についての詳細を説明した。
「そういう事かいな」
麒麟もあえてお玉に猫探しを依頼した訳が腑に落ちた。
その後、おばあさん頼まれて爪を切った時、体の下に敷いていた綿の布を出して、お玉と茶太郎に匂いをかがせる。
「最終的にこの匂いでその猫かどうかを確認して欲しいんだけど、たぶんそこらへんには匂いは残してないから、猫が居そうな狭いところを中心に探して欲しい」
そうして翌日から、わんにゃんコンビによる猫の捜索が始まった。
にの に続く




