第四十四話 狐の嫁入り【参】
まもなく荒れ寺にたどり着く真生だがどうも様子がおかしい、どんな妖でもここまで近づけば多少の妖気を感じるはずだが、なにもその気配を感じない。
首をかしげながらも慎重に荒れ寺の裏に回る。
人の気配は確かにする。
さらわれたと思われる若い娘が四人、いや五人か? それともう一人は男、これも人か?
いきなり飛び込んで身柄を押さえるか、いや寺の間取りもわからないまま飛び込んでは娘たちに危害が及ぶかもしれない。
犬の妖とはいえ、半分人間のような姿をしているらしいし話が通じないとも限らない、実力差を理解しておとなしくお縄につくならそれに越したことはないと考えた真生は、荒れ寺の正面から堂々と声をかけた。
もちろん相手が逆上しても、寺の外におびき出せば娘たちから危険を遠ざけることが出来ると考えたからだ。
「妖殿に申し上げる。私は弘法大師のお札より生まれし犬神の真生と申す。無駄な殺生は好まぬゆえ、おとなしくお縄についてくれまいか?」
なかなか馬鹿正直な申し出であった。
相手がそこそこの妖であれば、逆にこの言葉を聞いておとなしく投降してくるかもしれないが、チンピラだった場合激怒していきなり飛びかかってくる可能性があった。そして、この荒れ寺の主は後者だった。
「貴様何者だ! この俺にお縄につけやと? この牙で八つ裂きにされたいか⁈」
そういって荒れ寺の庭に飛び出してきた者を見て、真生は目を疑った。
それは、狼の毛皮を頭からかぶったただの人間であった。確かに手足もなにやら獣の手のようなものを付けてはいるが、見掛け倒しでとても闘いに使えるとは思えない。
妖気を感じなかった事も、座敷犬に逃げだしたことも、これで合点がいった。
この男はおそらく畑の作物を盗むために狼の皮をかぶって、狼のふりをして盗みに入っていたのだ。もちろん、近くで見ればバレバレな訳であるが、夜暗いところでこれを見た人は、狼男というか犬男のような妖だと勘違いしたのであろう。
その結果、自分に手を出してこないのをいいことに、行動はどんどんエスカレートし、娘をさらうという行為にまで手を染めたのだろう。
生類憐みの令のことまで計算していたかどうかは怪しいが、いずれにせよただの人間が泥棒と人さらいをしていたという話だ。
「はあ……」
真生は大きくため息をつく。
お札を取りに行くついでがあったとはいえ、師匠直々の以来に張り切って京まで来たのがばかばかしくなっていた。
「ハズレや……」
「は?」
真生の口から思わず漏れ出た言葉に、狼男、いや狼の毛皮をかぶった男が聞き返す。
「他の弟子たちはもっとやりがいのある指令をこなしているかもしれんのに、私はとんだハズレくじを……」
下を向いてぶつぶついう真生に偽狼男は戸惑っていたが、やがて腰につけた小刀のような得物を振り上げて真生に向かってきた。
「野郎! 何をグダグダゆうとるんじゃ! くらえ!」
真生は軽く身をかわし、偽狼男の首の後ろを軽くたたくと、偽狼男はその場にぺたりと倒れこんで気を失った。
「さて、あとは娘たちを保護して……いや、一応その前にこいつを縛りあげとくか、とりあえずこの邪魔な毛皮をぬがしてと」
真生が毛皮を引っ張って脱がそうとするが、なかなか脱げない。
「なんやこの毛皮、張り付いてはがれ……」
その瞬間、刀のようにとがった妖気が真生の全身を駆け抜けた。
同時に本堂の方から女の声がする。
「逃げて!」
とっさにその場を飛びのくが、頬にするどい刃物で切られたような傷を受け、血がたらりと流れた。
改めて偽狼男の方を見ると、雰囲気が変わっていた。
妖気を帯びたその体には確かにするどい牙や爪が備わっていた。
「憑かれたか……」
この偽狼男、この狼の命を奪った張本人なのであろう、狼はよほどの恨みを持って死んでいったと思われた。
狼に憑かれた偽狼男の動きは常軌を逸していた。おそらく、体の限界を超えて狼の怨念がこの男の体を動かしているのだろう。
このままだと、偽狼男の心臓が動きについていかず、絶命するだろう。
真生は偽狼男の攻撃を男の周囲を回りながら、ギリギリでよけているが、だんだん早くなっていく攻撃に少し押され気味になってきた、そして今度は首元に爪がかすって血がにじむ。
しかしそこで真生はふと立ち止まった。
既に正気を失っている偽狼男は、躊躇せず真生の首元にかみつこうと飛びついて来た。
「危ない!」
また女の声がする。
しかし、真生が懐から出した札を足元に置いた瞬間、偽狼男の周囲は蜘蛛の巣のような糸に包まれ、一瞬で動きが封じられた。
真生は逃げながら足元に蜘蛛の糸の模様を地面に書いていた。
そして、偽狼男がその中心に行くように誘導し、最後に捕縛のお札を使って蜘蛛の糸を実体化し、偽狼男を捕らえたのだ。
ちなみにこのお札は、和尚から借りてきたものだ。
借りてきたというのは、使わなければそのまま返し、使ったらその分の対価を金か酒で支払いという物であり、昔の置き薬のようなものである。(昭和生まれしかわからないかも)
そして真生はゆっくりと身動きのできなくなった偽狼男に近づいてポツリと漏らした。
「悪いな」
真生が印を結んで偽狼男に触れると、男の体から狼の祟りが離れ、天へと成仏していった。それを見上げながら真生がつぶやく。
「お前の苦しみも含めて、この男に罪を償わせるから、堪忍やで」
そして、先ほどから女の声がした本堂の方を見ると、そこには二十代前半とみられる綺麗な女性が立っていた。
「お兄さん、めちゃめちゃかっこええやないの。惚れてまいそう」
肆に続く




