第四十一話 宴(うたげ)
今回は登場人物が増えてきたので、整理する意味も兼ねて、主要キャラを集合させました。
こうしてみると、ちょっと華というか色気が足りないなあと思ったりしますね。
でも意外と性別が女性の妖って少ないような気がします。水木しげる先生が「ゲゲゲの鬼太郎」で猫娘なんていう妖怪を創作したのも、そんな事情があったのかもしれませんね。
秋の味覚を満喫した、白沢達一行は三日ぶりに江戸に戻ってきて、また忙しい日々に身を投じていた。
もちろん山からは、なめこ以外にもたくさんのきのこを持って帰ってきており、連日白沢家ではきのこ祭りが開催されている。
そして今日は珍しく九尾の狐と麒麟が揃って白沢の家に来ていた。九尾の狐は度々酒を持って、白沢の家に来るが、麒麟は酒が飲めないから夜に白沢の家に来ることは珍しい。
麒麟だけではなく、麒麟堂のお玉と真生も来ており、皆できのこ鍋を囲んでいた。
「これだけの人数がうちに集まるのは江戸に暮らしてから初めてかもしれないね」
白沢が周りを眺めて言った。
「これだけいて、人間がいないというのが、なお珍しいのう」
「確かにね、まあ、こんな集まりに日本橋の親分が来られても困るけど」
「しかし、江戸にはもっと妖が住んでおるかと思とったけど、意外と会わんもんやな」
化け猫のお玉が残念そうに言うと麒麟が答える。
「江戸の妖は人の生活に馴染んでしもうとるのが多いからな、見た目ではほとんどわからん。町はずれのお寺の和尚をやっとる獏も、すっかり人間臭くなっとったしな」
町はずれの寺とは以前、川越屋という呉服屋で起きた事件に絡んで、夢と記憶を食べていた獏が住職を務めている寺だ。
「そうだね、獏も隠してるのは鼻くらいで、他は殆ど獏の姿のままなんだけどね。江戸の人たちは地方からいろんな人が来るのに慣れているからちょっと変わった風体していても受け入れてしまう所があるね」
「ほな、ウチが気がついてないだけで、江戸にも沢山妖がおるっちゅうことやな。また会うのが楽しみや」
白沢の言葉にお玉が楽しそうに笑う。
「しかしまあ、妖の事は別としても江戸はいろんな生き物のごった煮のような場所じゃ、最近はちと人が増えすぎてかなわん」
九尾の狐が盃の酒を飲み干して、不満そうに言う。
「九尾殿は草分神社に住んどるんやったな」
麒麟が空になった盃に酒を注ぐ。
九尾の狐が居候している神田の草分神社は、江戸時代には神武家屋敷の敷地内にあった。九尾の狐はその神社に居候をしている。
「うむ、時折今のように人間に化けて、江戸の町に出るが、人は多いし、大八車(リヤカーのような物、荷物運びに使う)も慌ただしく通るわで、歩きにくくてかなわん。この診療所の近辺はまだましじゃがの」
「まあ、賑わってること自体はええことや、人がおらんと商売にならんしな」
麒麟の言葉にこれまで静かにきのこ鍋を食べていた真生が反応する。
「その割には、最近ウチのお客さんが減ってるんやないですか?」
「ん、そう?」
麒麟はしらばっくれているが確かに少し客足は遠のいていた。
「理由は明確で、お玉がお客と喧嘩するからですよ。麟太郎さんが甘やかすから、全然態度も改めないし」
真生が「ふう」とため息をつく。
「なんや、客が減ったのはウチのせいやゆうんか? ゆうとくけど怒るのは、ウチが女やからって、嘗めた口きいて来た客にだけや。若い女やからって横柄になるような客は兄貴の店にはふさわしくないから追い返しただけや」
「そうじゃ、そんな客は追い返すがよいわ」
先日の舞玉事件以来なぜかお舞とお玉は仲が良くなり、今日もお玉の自分勝手な意見に賛成している。
「ちょっと麟太郎さん。何とかゆうてくださいよ」
真生は頭を抱えて麒麟に話を振るが、麒麟は黙々ときのこ鍋を食べている。
「まあまあ、うまいもの食べながら喧嘩なんかしたらアカン。真生ももっと食べや」
「ま、そういうことだね。面倒くさい話は後にしましょう」
不満そうな真生に白沢がきのこ鍋のお代わりを入れる。
「まったく、お二人にはかないませんな。まるでわが師と会話しておるみたいです。空海様も私が何か不満を言うと、いつも何となく煙に巻かれて、うやむやになってしまいます」
「煙に巻かれるような話は真理とは程遠いちゅうこっちゃ」
下戸の麒麟が白沢が持って帰って来たビワ茶を飲みながら言った。
そう言っていると、裏庭にふわっと一人の男が下りてきた。
地獄の閻魔大王の補佐官を務める小野篁である。
地獄から来たがはずであるが、まるで天から舞い降りるように登場する。
「白沢殿、遅くなってすまんの、折角のお誘いじゃというのに、最後の裁判が長引いてしもうてな」
「お勤めご苦労様です。厄介な裁判だったんですか?」
「厄介なのは罪人でな。女をだまして金をむしり取っていた男なのじゃが、殺してもいないのに地獄行は横暴だと抜かしおって、さんざん駄々をこねていたのだ」
「それは、ひどい男ですね」
「その通りじゃ白沢殿、人の心に付け込んで騙すのは心を殺したも同然じゃ。そのことをわからせるために、いかに己が地獄行に相応しいか、言い聞かせておったらすっかり日が暮れてしまってな。申し訳ない」
「言い聞かせねえ……、小野殿の事ですから、その罪人が泣いて謝っても許さなかったんでしょうね」
「あたりまえじゃ、謝罪したり反省したりするのは当然であって、それで罪が消えるわけではないからの。きっちり衆合地獄に送ってやったわい」
衆合地獄とは人を騙した罪人が行く地獄であり、罪人が押しつぶされたり他の人間から襲われたりする厳しい地獄である。まあ厳しくない地獄などないのだが。
「ま、なんにせよ、ご苦労様でしたな、まずは一献」
麒麟が隣に座った小野篁に盃を渡して、杯を満たす。
小野篁はそれを一息に飲んだ。
「ふ~、いやいや労働の後の酒は最高じゃな。はっはっは」
小野篁の笑顔に周囲も笑う。
そんな中、お玉だけは盗みを働いていたことが閻魔にばれていないか気になって、思わず麒麟の陰に隠れる。
「おやおや、そこの化け猫のお玉とやら、わしから隠れておるのか? お主のしてきた罪の事はもちろん知っておるぞ」
お玉はびくっ、と体を震わせ、思わず耳と尻尾が出ていた。
「しかしの、そなたはすでに弘法大師が罰を与えているからの、今後真面目に生きていくのであれば、地獄に行く事はないぞ」
それを聞いたお玉は安心したのか、耳がぺたんとなって尻尾を振る。
「もちろんや、ウチは麒麟の兄貴のおかげで今は真面目に生きとるさかいな」
お玉は得意げに、小野篁に言い放つ。
「じゃあ、もうお客と喧嘩せんといてや」
麒麟が絶妙なタイミングで言った。
「せえへん、せえへん、したこともあらへん!」
お玉は大きくかぶりを振りながら言った。
「よかった。これで麒麟堂の課題も解決や、なあ真生」
「ほんま、かないませんわ」
はにかむ真生にまた一同が笑う。今度はお玉も笑っている。
そうして満月の夜、人外達による宴は夜遅くまで続いたということだ。
続く




