第四十話 山の神の失せもの【五の巻】(山の神編の最終話)
白沢達は再度撒き餌を作り、釣竿にももう一度餌を付けてまたさきほどと同じく、五メートルほどの間隔をあけて糸を垂らした。
撒き餌は先ほどの倍ほども作って撒いた。
先ほど同様最初は小さな魚や亀などの生き物が寄って来て、撒き餌をつつく。
そしてしばらくした後、先ほど同様湖の底から主が悠然と水面に上がって来た。
例のごとく撒き餌に群がっていた魚や亀たちは、一斉に逃げていく。逃げ遅れると撒き餌ごと主に食われると思っているのだろう。
するとまた主は釣竿の餌には見向きもせず、撒き餌を飲み込みだした。そしてすべて平らげると、また前回同様白沢達をからかう様に、白沢と九尾の狐の釣り竿の間を通り抜けようとしたとき、白沢が叫ぶ。
「今だ九尾! 竿をあげろ!」
「心得た!」
二人が同時に竿をあげると、釣竿の間に張られた網が姿を露わして、主を絡めとる。
網も白沢の髪の毛を使って網の為、ちょっとやそっとでは破れない。
主は必死で暴れて、岸に背を向けて逃げようとする。その時。
「お舞さん、出番ですよ!」
「待ちくたびれたぞ!」
お舞が岸から跳んで主の背中に網の上からとりつく。
体を固定されて動けなくなった主の頭にお舞が麻酔針を打つと、主は気を失い力なく岸の上に引き上げられた。
「おお、こうしてみるとさらに大きく見えるな」
九尾の狐が感心したように主の体をしげしげと見る。
「それにしても白沢よ、さっきこの湖の主は殺さんと言っていたが、腹の中の木箱を取り出すには結局殺さねばならんのではないか?」
白沢はふふん、と鼻で笑う。
「私は医者ですよ。患者の腹を開けるたびに死なせていたら医者は廃業だよ」
白沢は背中の荷物入れから、メスと取り出す。
「驚いた、おぬしそんな用意までしてきていたのか?」
「旅に出る時は何があるかわからないから、いつも最低限の用意は携帯しているんだ」
そう言って主の腹に手を当てる。白沢の手はレントゲンのように体内を見ることが出来る。
「やはり、木箱は胃の中にあるな。もう麻酔針で眠っているから、さっさと終わらせてしまおう」
そう言うと白沢は迷いなくメスで腹の一部を裂き、的確に胃袋の位置を探り当て胃袋を開ける。すると、中から山の神が言っていた、小さな木箱が出てきた。間違いなく紋章も入っている。
封印が効いているのか表面もほとんど汚れていなかった。
白沢は木箱の状態を確認すると、すぐに針と糸を取り出し、胃袋と腹をすごいスピードで縫い始めた。この糸は抜糸の手間を省くためにたんぱく質で作られており、数か月で溶けて一体化するようになっている。
そうして元通りの状態になった主は、麻酔針を抜くとすぐに息を吹き返し、湖の底へと去って行った。
「ふう、何とか明るいうちに片が付きましたね」
「わらわの活躍のおかげじゃな」
お舞は鼻高々だが、河童のように全身ずぶぬれであった。
「ほんと、泳ぎが達者なお舞さんがいてよかったですよ。河太郎に頼むわけにはいかなかったですからね。さ、一旦小次郎さんの所で着替えてから、山の神に木箱を届けに行きましょう」
そう言って、一行は小次郎の家に行き、お舞の着替えを済ました後、また山の神に会いに行った。
「おお、こんなに早く見つけて下さるとはさすが白沢様じゃ!」
山の神は大層喜んで大事そうに木箱を撫でまわした。
「親父殿、結局宝とは何だったのじゃ」
お舞が尋ねると山の神は恥ずかしそうに、木箱の封印を解いてふたを開ける。
いやあ、先に言うとお舞が恥ずかしがるかと思ってな。
蓋の中には小さなひも状のものがあった。
「これはへその緒ですね」
白沢が言う。
「へその緒? 誰のじゃ? まさか……」
「はは、まあそういうことじゃ」
山の神は人々の山岳信仰から生まれ、それから千年以上経っているが、初めてできた娘がお舞であった。山の神はあまりの嬉しさにそのへその緒を木箱に入れて大事に取っていたのだ。
「ぎゃー! 皆わらわのへその緒など見るでない! 親父殿! そんなもの早く捨てい!」
お舞は顔を真っ赤にして顔を覆う。
「言うただろ? これはわしの宝物じゃ」
山の神はニヤニヤしながら、木箱を懐に入れる。
そして、三人に向かって大きく頭を下げる
「白沢殿、九尾殿、そしてわが娘よ! よくぞ我が宝を取り戻してくださった。心から礼を言わせてくだされ」
微笑む白沢と九尾の狐、お舞だけが眉間にしわを寄せている。
「さて、謝礼はすでに用意しておるぞ、今の時期一番うまい、なめこですじゃ」
山の神が差し出したかごには、長さ十センチはあろうかという大きななめこが山盛りになっていた。白沢もこれほど立派ななめこは見たことがない。
現代ではつぼみの状態の小さな養殖なめこがスーパーに並ぶが、本来天然のなめこはそれよりもはるかに大きく、食べ応えがあるのはもちろん、旨味も強い。
白沢はほくほく顔でなめこの入ったかごを抱えて、山を下りて行く。
「さあ、もう日も暮れる。小次郎には他の茸や食材の調達も頼んでいるから、今日は大宴会だ」
「やっとであるか。ここまで長い道のりであったな。わしはきのこを食べに来ただけだったのに……」
九尾の狐は疲れ切った表情で言う。
「労働の後の食事が一番うまいぞ、お主も何か仕事をした方がいい」
「わしは神の横に控えるのが仕事じゃ」
お舞は相変わらず、しかめっ面で九尾の狐の後ろを歩いていたが、時折、山の方を振り返っていた。
山の神編終わり 次回エピソードへ続く




