第三十九話 山の神の失せもの【四の巻】
話を聞いた河太郎はさっきまでの愛嬌のある笑顔とは真逆の苦々しい顔になった。
「この川に流れてきた小さな木箱ですか……」
河童は頭の皿を撫でながら、しばし沈黙したが白沢の方を向いて話し始めた。
「確かに数日前に小さな木箱が流れているのを見ましたが、どうもなにか封印のようなものが施されていて、迂闊に拾うのは危険かと思い、遠巻きに見ておりましたが、長く見過ぎてその木箱は湖に流れ込んでしまいました」
「もしかしてその湖というのは……」
「そうです、私が以前立ち入って魚を採ったことで湖の主の怒りを買って、この頭の皿を傷つけられた、例の湖です」
白沢は大きなため息をついた。
「そんな気がしてましたが、やっぱりそうでしたか」
「そのあと私がみたのはその木箱を飲み込む主の姿でした。封印がありましたから消化されているということはないと思いますが、主の腹からそれを取り出すのは至難の業かと」
「もう、ウ○チとして出ておるのではないか?」
お舞の言葉に白沢は首を振る。
「河太郎の話では主の大きさは7尺弱(約二メートル)の魚ですからね。そっちから出てくる可能性はないでしょう。まだ胃の中だと思います」
「その程度の大きさであれば、投網でも捕まえられるのではないか?」
九尾の狐は素朴な疑問を聞いてみたが、また白沢は首を振る。
「そもそも河太郎の皿はなぜ割れたんだと思います? この湖の主はいつからこの湖に住んでいるのか知らないが、相当な月日を経て頭を硬化させたようで、岩のように固いこぶがあるらしいいんだ」
「そう。私の頭の皿は直ぐ割れそうに見えますけど、水を含んだ状態であればその辺の岩ぐらい砕くことが出来ます。それを主は正面から跳ね返して来たんです。しかもその頭はごつごつと尖っていて、その鋭利な頭がこの皿を傷つけたんです。とっさに身をひるがえしたから割れずに済んだものの、危うく命を落とすところでした」
河太郎はその時の事を思い出して身震いする。
「普通の投網など鋭利な頭で切られて、逃げられてしまうという訳か。ではどうするのだ?」
「どうしたもんなかあ」
白沢はしばし考え込む。
そこへ、お舞が言った。
「所詮魚じゃろう? 釣竿で釣ればよかろう」
「おいおい、七尺の魚を釣り上げる道具なんてもっとらんぞ」
九尾の狐が言うが白沢は、
「案外いいかもしれませんね。村の裏側に竹林があるので、釣竿を作りますか」
そう言って、一旦村に帰ることを提案した。
九尾の狐は半信半疑ながらも、他に手立てはなさそうなので、提案に乗ることにした。
村に帰った白沢は小次郎に頼み、比較的若い竹を二本調達、長さにして約三メートルの太い釣り竿を作ることが出来た。
「なぜ二本なんじゃ? 三人で三本いるのではないか?」
「お舞さんには最後の仕上げをしてもらわなければならないので、釣りは私と九尾でやります」
「なんじゃつまらんのお。わらわのする最後の仕上げとはなんじゃ?」
お舞が口をとがらせる。
「まあまあ、お舞さんの仕事が一番の見せ場ですから」
「それならば、まあ良いが」
そして一行はまた川を下り、河太郎の案内で湖に到着する。
湖としては大きさはさほどではないが、透明度が高く、深さもありそうだ。
「では、私はこの辺で。主の姿を見ると皿が痛み出しますので」
「ここまでで十分だよ。案内ありがとう」
白沢が礼を言うと、河童は土産のきゅうりを手に、元の川へと戻って行った。
主がどんな魚かは見たことがないのでわからないが、とりあえず虫などを捕まえて餌にすることにした。
糸はちょっとやそっとでは切れないよう、白沢の髪の毛をつないで作った。細くて見えにくいが、白沢の体の一部である髪の毛は数トンの重みにも耐えることが出来る。
針は大きめに作っており、主以外の魚が口に入れることはないだろう。
「さて、もう日も高くなっている、さっそく始めよう」
白沢と麒麟は五メートルほど離れて糸を垂らす。そしてその付近にはあらかじめ川でとっておいた川エビなどを撒き餌として散らす。
すると間もなく小さな魚や亀がやってきて撒き餌に集まりだした。釣竿についた餌は大きすぎるのでそっちには食いつかない。
肝心の湖の主だが、主というくらいだからそう簡単には出てこないと思われたその時、湖の底からゆっくりと大きな影が水面に近づいて来た。
すると、撒き餌に群がっていた魚や亀たちは、蜘蛛の子と散らすようにいなくなってしまった。
水面に近づいて来た主は河太郎の言った通り、頭の部分は岩のようになっており、尖ったところがある。後から貝殻などが付着したものではかく、骨が変形して突き出ているようだ。
「道理で硬いはずだね」
見た目はなにか海の魚の様でもあり口には尖った歯も生えていた。その辺の魚くらいは丸かじりできそうな口の大きさであった。
主は撒き餌をがぶがぶと丸のみにしたあと、白沢と九尾が垂らしている釣竿の間をからかうように通って、泳いでいる。釣竿についた餌には見向きもしないでしばらく泳いだ後またゆっくりと湖の底に戻って行った。
「完全にあの魚に馬鹿にされておるではないか!」
お舞が忌々しげに叫ぶ。
「今度姿を現した時に我が爪で引き裂いた方が早いのではないか?」
九尾の狐も腹立だしげにいうが、白沢が制止する。
「だめですよ、生け捕りにして本当に胃の中に木箱があるか確認しないと、それに湖の主も殺されるほど悪いことはしていませんよ」
「では、どうするのじゃ?」
「まあ、ここまではある程度想定内です。思った通りかなり知能も高いようですので、次の作戦に行きましょうか」
白沢はそう言ってまた淡々と準備を始めた。
五の巻に続く




