第三十八話 山の神の失せもの【三の巻】
一行は一旦きのこ狩りを中断して、山を下りることとなった。
山というのは登るのが大変なことは勿論だが、下りにも注意が必要だ。
自分の体重が片足に勢いよくかかると膝を痛めやすくなるので、膝のクッションを使いながらそっと下りて行くのがコツだ。
また、自分の足の着地点をよく見て、木の根っこや尖った石がないところを選んで足を下ろす。
特に秋などは枯れ葉が多いため、枯れ葉が積もっている所を避ける必要がある。枯れ葉で滑って足を取られることもあるし、実は枯れ枝の上に枯れ葉が積もっているだけで、そこから足を滑らせて滑落する危険性もあるからだ。
まあ、この三人は谷底まで落ちても死ぬような者たちではないが、普通の人はくれぐれも気をつけましょう。
「しかし白沢よ、川というものはいずれは海に繋がっているもの。もしそこまで行っていたら、さすがに見つけるのは難しいのではないか?」
九尾の狐がやる気なさそうに白沢に言う。
「それも考えたが、さすがにあの場でそれを言う訳にもあるまい。まあその時はその時考えよう」
「わらわも手伝うとはゆうたが、今回はほぼ手掛かりなしじゃ。どうやって探すのじゃ?」
「山の事は山の神に聞くのが一番であれば、川の事はやっぱり川の主に聞くのが良いでしょうね」
「川の主じゃと?」
「ま、一旦は小次郎さんお家に行って、ここに流れる川の先がどうなっているのか確認しましょう」
白沢はそう言って、三人は山を下りてゆく。
小次郎の家は山師であることから山の登り口から近いところにあった。
小次郎は三人を歓迎し、庭に生えているびわの葉を乾燥したお茶を振る舞った。
琵琶の葉のお茶は血液の浄化や骨を丈夫にするなどの効果があり、小次郎を始め山師たちも好んで飲んでいる。
「……という訳でな。川の中から小さな木箱を探すことになったんだよ」
「いやあ、さすがに白沢先生と言えど、無理のある話のように思いますが」
小次郎は頭を掻く。
「ま、無理かどうかもまずは状況を把握しないとね。あの川は海まで続いているんだよね? 途中はどうなってるの?」
「海に行く前に途中分かれていますが、分かれる前に一度湖に流れ込みますね。そこからまた川に出て、いくつかの支流に分かれてます」
「ふうむ、そうすると、その湖に沈んでくれてたら可能性はあるかもね」
「とはいえ広い湖ですから、どうやって探したものかわかりませんが」
二人の話にお舞が割って入る。
「さっき白沢殿は『川の主に聞くのが一番じゃ」とか言っていたが、川の主って誰じゃ? この川にも神がいるのか?」
「神とは人々の信仰によって生まれますからね、もしかしたらいるかもしれませんが、私はそれを知らないので別の専門家に聞こうかと」
「別の専門家?」
九尾の狐がいぶかしげな顔をする。
「ま、それはともかく昼も食べずにもう日もだいぶ傾いている。本当は小次郎さんに採れたての茸を調理してもらうつもりだったけど、お預けになったし」
白沢は無念そうに言った後、小次郎ににこやかな顔を向けた。
「という訳で小次郎さん、なにか食べさせてもらうことはできますか?」
「もちろん、色々ありますが、きのこはまた山の神様が言う『一番美味しいきのこ』を楽しみにするとして、今日は川で獲れたヤマメと今が旬の里いもの煮っころがしを味わっていただきましょうか。よかったら自然薯もありますよ」
「自然薯はわしの好物じゃ、うちの山の自然薯は精がつくぞ。明日のために皆で精をつけようではないか」
お舞がこれ以上元気になるのも考え物だが、明日も早くから動かないといけない。美味しいものをたくさん食べて早く寝よう。と白沢は思った。
——そして次の日
日の出とともに小次郎の家を出た一行は川のほとりを歩いていた。
川の幅は広く、流れはそれほど急ではないが、障害物はあまりなく水の量も豊かなようだ。
白沢は何やら川の中を見渡しながら歩いている。何を探しているのかは言わなかったが、おそらく昨日言っていた「川の主」というのを探しているのだろうと、九尾の狐とお舞は思いながら、白沢の後を歩いていた。
少し川の中に大きな岩があるところについたところで、白沢が懐から何かを出す。懐から出したのはきゅうりであった。
基本的にきゅうりは夏の野菜だが、時期を調整すれば秋にも収穫はできる。今日の朝餉にもきゅうりの糠漬けがついており、そのきゅうりを作っている小次郎の知り合いに生のきゅうりを譲り受けたようだ。
白沢は川の中ほどにある石の方に向かって、大きな声で叫んだ。
「おーい! 河太郎! いるかい? きゅうり持ってきたよ~!」
お舞と九尾の九尾の狐が叫んでいる白沢を茫然と見ていると、川の中の大きな岩の陰から、緑色の生き物が現れた。
皮膚の色は緑色。
背中には甲羅がついている。
遠目ではっきりとは見えないが、背には水かきがついているように見える。
そしてなにより、頭にはお皿がついていた。
いわゆる河童である。
「白沢先生じゃないですか! お久しぶりです」
河童の河太郎はすいすいと川の中央部から白沢達のいる岸まで泳いで近づいて来て満面の笑みで白沢に挨拶した。。
「元気そうだね、河太郎。五年ぶりくらいかな?」
「ええ、その節は大変お世話になりました」
河太郎は深々と頭を下げる。
お舞は丸見えになった河童の皿をしげしげと見ている。
「白沢よ、この方は?」
九尾の狐も皿をしげしげと見ながら、白沢に尋ねる。
「見てのとおり河童だ。河童の河太郎。以前この近くの湖で泳いでいる所を、湖の主に襲われて皿に傷が入ってしまってね。夜中に河童が尋ねてきたからびっくりしたけどね、その治療をして以来の再会というわけだ。」
「わしも長いこと生きているが、河童を見たのは初めてだ」
九尾の狐が感心したように言った。
「河童というのは用心深いからね、おいそれとは見かけないさ」
「わらわも初めてじゃ~、本当に頭に皿がのっておるのじゃの」
「で全くの偶然だけど、この川の大きな岩のあたりに住んでいると、聞いていたのでね、だから何とかなるかなと思って、こ親父殿の話を引き受けたんだ」
「それほど、この河童殿が頼りになるという訳か」
九尾の狐が得心したように言う。
「河太郎はこの川に住む河童達の主だからね、この川の事でわからないことはないと思うよ」
「もちろんですとも、この河太郎がなんでも教えて差し上げます」
「実はね……」
白沢は河童に事の次第を説明した。
四の巻に続く




