第三十七話 山の神の失せもの【二の巻】
「なあ、別に徒歩で行かなくてもいいのではないか?」
九尾の狐がぶーたれている。
本来の姿に戻って駆ければすぐにつくのに、人の姿で歩いて向かっていることに文句を言っているのだ。
人の姿とは言え、三人と人外であり普通の人にくらべれば進むのも随分早いはずである。むしろ白沢は人間になりきっている分、他の二人よりも体力がないはずでなのだが、きのこ狩りという目的のため、張り切って歩いていた。
「こういった旅の苦労も味わうことで、現地でのきのこの味も変わってくるんだよ。文句言わずさっさと歩きなさい」
白沢の言葉に九尾の狐は溜息をつく。
「そうじゃそうじゃ、先日はあれほどかっこよくわらわを乗せて飛ぶように駆けておったのに、人の姿に化けたとたんこれじゃ。だらしがないのう」
「でも、先日のわしの活躍をねぎらうからと言われてついてきたのに、これじゃ逆に股また疲れてしまうわ」
「だからこそ、ご褒美が楽しみなんですよ。まあ、その前に山道も登らないといけませんが」
「ああ、きのこ一つ食べるのも大変じゃ」
再び九尾の狐がため息を漏らす。
そうやって一行はやがて多摩川を渡り、お舞の家でもある山に辿りついた。
入り口の祠で、お参りをしてから入山する。
お舞にとっては家同然ではあるが、そうはいっても山の神が管理する山であるから作法を守って入山する。
祠にお参りすると、祠のそばから一匹の小さな鳥が山の中へと飛び立っていった。
この鳥によって、山の神にも通知が行くようになっているのだ。
こういった山に挨拶せずに入山したり、別の所から無理やり入山しようとすると、警戒網が敷かれて山の動物達や、妖達に惑わされることもある。
山を登る際には十分山を敬うことが大事である。
山の中は新鮮な空気に満ちており、歩くだけでも体を清めているような気になる。田舎育ちの作者には子供の頃わざわざ田舎に旅行に行く意味が分からなかったが、歳と取り、街に住むようになるとその意味がよく分かる。
たしかに山の空気は美味しい。
さて、三人はお舞の案内の元まずは山の神であるお舞の父親に会いに行く事にした。優先順位が高いというよりは、きのこを集めた後に挨拶が長引いたら鮮度が下りてしまうので、儀礼的なイベントは早めに済ましてしまおうというわけだ。
半年前にお舞が来たときは、頂上付近の岩場にいたが、秋の季節は中腹にある滝の前の岩場に居ることが多い、そこは紅葉が一望出来て山の神のお気に入りの場所なのだ。
滝はさほど大きくはないが、細長く美しい線を描くように涼やかに落ちていく。さながら白糸が流れるがごとくである。
その近くにいるだけでマイナスイオンに包まれて、リラックス効果も期待できるスポットだ。
山には行って半時ほど、予定よりも早くその岩場についた。それというのも山には行ってから急にお舞が生き生きと動き出し、白沢と麒麟を置いていかんがばかりに道を急いだからだ。
後の二人は息も絶え絶えでやっとのことでこの場所にたどり着いた。
如何に人知を超えた霊獣でも、人間の姿の時は乳酸が溜まるようだ。
予想通り、山の神は子の岩場に居た。
滝の方を向いて座禅を組んでいる。
「親父殿!」
お舞が駆け寄って声をかける。
「おう、わが娘よ来たか。半年ぶりかの? お連れさんもご苦労さんでしたな」
山の神は体長三メートル以上、肌は浅黒く筋肉隆々、黒くて長いあごひげと長い髪、体には木の皮を薄くなめして作った服を着ている。
滝の周りには見事な紅葉が広がっており、滝からのマイナスイオンも相まって残暑厳しい中でも涼やかに過ごせる場所の様だ。
「お初にお目にかかります。白沢です」
「わしは二度目かな、お久し振りでございますな」
二人は揃って頭を下げる。
九尾の狐はこのある事件をきっかけに山に何度か来ており、山の神にも一度会っている。
「おお、そなたが白沢殿か直接会うのは初めてでございますな。不詳の娘がお世話になっておりまする。九尾殿は今日は人間の姿で来なさったか、壮健そうでなにより」
「親父殿腰の具合はどうじゃ?」
「おお、そっちはもうすっかり大丈夫じゃ、ほれ、この通り」
山の神はその場で両足を使ってジャンプして見せる。数メートルは飛んだかと思うと、着地とともに轟音が響き、軽い地震が起きたようだ。
三人は揺れた地面に肝を冷やした。
「ちょっと親父殿、ほどほどにしとかんと、また土砂崩れが起きるぞ」
お舞が注意する。
「おお、わしが元気なせいで山が崩れてしまっては本末転倒じゃのう。わっはっは!」
豪快に笑い飛ばした、山の神だが、急に真面目な表情になった。
「実はな、急なことで申し訳ないが白沢殿に頼みたいことがあるのじゃ。ま座って下され」
山の神はその場にドスンと座り、胡坐をかいた。
三人も山の神にうながされその場に座る。
「私にできることであれば何なりと」
「それはありがたい。白沢殿は失せものを探すのが得意と聞いております」
「ええ、まあよく頼まれますね」
「実は探して欲しいものがありますのじゃ」
「というと?」
「二寸(六センチくらい)ほどの小さな木箱でな、わしの大事な宝物が入っております」
「それはなんですか?」
白沢が聞くと、山の神はちょっと恥ずかしそうな顔をした。
「まあ、それは見つかった時に話すとして、その箱にはこの山の祠にも書いてある紋章が刻まれておりますので、それが目印になります」
白沢は山に入る前に観た祠の紋章を思い出す。
「ちなみにどこで失くされたのですか?」
「それがこの滝なのじゃ」
「え? この滝ですか?」
白沢は目の前の滝を見上げる。
「そう、この滝はわしの憩いの場でな、先日、その宝物をここで眺めているときに不意に突風が吹いて、その木箱をこの滝に落としてしまった。すぐに探したか、滝つぼの中には見つからず、おそらく、この滝からつながる川に流れ出てこの山から出てしまったと思われるのじゃ」
「本当にこの山から流れ出てしまったのですか?」
「わしはこの山の神ですから、山の中の事であればなんでもわかりますが、この山の中にわしの宝物の気配はない」
「しかしふもとまで流れ出てしまったとなると、厄介ですな。その木箱が壊れてしまうということはないのですか?」
「あれには封印が施していますのじゃ。わし以外にはふたを開けることも傷つけることもできないから、木箱が壊れたということは考えられないというわけです」
「それにしても、ちと難儀ですね」
「白沢殿、物に執着のない親父殿がここまで頼んでおるのじゃ。わしらも手伝うから何とか探してみてくれんかの?」
(もしかして「わしら」って中にわしも入ってるのか?)他人事のように話を聞いていた九尾の狐はちょっと焦っている。
「ま、やるだけやってみますか」
「おお、白沢殿ありがたい。見つけていただいた暁には、この山で一番うまいきのこを差し上げますぞ」
「それは楽しみだ」
「ではお前も頼んだぞ、九尾殿もよろしくお願い申す」
(やっぱりわしも入ってた~!)九尾の狐は心の中で悲鳴を上げた。
三の巻に続く




