第三十六話 山の神の失せもの【一の巻】
今回はまだ何話で終わるか未定です。
たぶん4話か5話かと思います。
今回の話では白沢の医者としての腕前も発揮されるとかされないとか。
決して医療ものではないので期待しすぎずにお読みください。
【舞玉事件】の翌日の夜のこと。
お舞とお玉はは白沢の家の畳の間に正座していた。
「まったく、そうでなくとも、あなたたちはこの辺では新参者で目立つんですから、よく考えてくださいよ。下手したら江戸に居られなくなるかもしれないんですよ」
二人は白沢に怒られてしょんぼりしている。
「まあまあ、二人とも反省しとるからその辺でゆるしたってや」
「なにを他人事みたいに言ってる? そもそもがお主の監督不行き届きだぞ。言っとくけどお主の責任が一番大きいからな」
白沢がのんきに胡坐をかいて座っている麒麟の睨む。
「ええ、わしかいな? わしはただお玉とお舞ちゃんが一緒のお使いに行って仲ようなってくれたらええなと思って……」
付き添いのつもりで白沢の家に来ていた麒麟はあわてて言い訳する。
「どうせ面白がって、二人で行かせたんだろう?」
「いやまあ、二人に任せたらどうなるかなと、ちょっとは面白そうやと思てたけど、いくら何でも強盗に出くわすなんて思わへんやん、堪忍してえな」
「もちろん強盗の事はたまたまだし、よもぎ堂さんを助けたこと自体は褒めてもいいことだけど、もう少し考えて行動できるようになるまで、我々がちゃんと見ておかないと」
「面目ない」
「ほんまに申し訳ない」
怒られている麒麟を見ていたたまれなくなったのか、お舞とお玉がまた謝る。
白沢は大きく息をついた。
「ということで、よもぎ堂の方が落ち着いたら、薬草の本は真生君にでも取りに行かせてくれ」
「わかったわかった」
麒麟はそう言って、お舞を麒麟堂に連れて帰った。
その後、白沢とお舞は夕餉の準備を始める。
「今日は小次郎がたくさんのきのこを持ってきてくれたから、早速きのこ鍋にでもしますか?」
白沢は叱るときは叱るが、後には全く尾を引かない。怒っているわけではないからすぐに切り替えられるのだ。
お舞もそのことを知っているからまたいつもの調子に戻る。
「よし、わらわの得意料理じゃ。心配させた詫びに、激うまのきのこ鍋を食べさせてしんぜようぞ」
尚、小次郎とはお舞の故郷の山の管理を幕府から任されている山師である。
元はと言えばこの小次郎ときのこ狩りに行ったことで、お舞を江戸で預かることになったのだ。
今日も旬のきのこを沢山届けてくれたので、隣の麒麟にもおすそわけをしている。
ウチと同様きのこ料理に舌鼓を打つだろう。
「今年もまた、あの山にきのこ狩りに行きたいですね。三日ほど休みがとれればいいんですが」
「おお、小次郎もまた案内すると言っておったしな。まあ、わらわにとっては家じゃから案内などは不要じゃが」
お舞が江戸に来て一年、歳も十五歳になっていた。最初に出会った頃は普通に見れば七、八歳。どう頑張っても十歳くらいがいいところだったが、今は頑張らなくても十歳くらいに見えると言ったところである。
見た目的には一年で二、三歳年を取ったように見えるのだからまあ、多少なりとも修行の成果は出ていると考えられる。
しかし、当初は一年くらいで女磨きの修業を終えて山に帰すつもりだったが、まだもう少し時間がかかりそうだ。
さて今宵の鍋はきのこ鍋である。
入れるきのこはしめじに舞茸、そしてひらたけである。
合わせるのは白ネギとかしわ(鶏肉)だ。
きのこから濃厚な出汁が出るので、肉はたんぱくな鶏肉を使う。
きのこからはうまみ成分であるグアニル酸、カツオ節と鶏肉からはイノシン酸、それに昆布からグルタミン酸をたっぷり溶けこませて極上の出汁となる。旨味の掛け算という奴である。
旨味が濃い場合は塩は控えめにするのがいいだろう、一口飲んだ時にはちょっと薄いかなというくらいが良い。鍋なので煮ている間にまた旨味が汁に溶け出して味が濃くなるからだ。
ネギは軽く周りをあぶってから入れ、お出汁をたっぷり吸わせてやる。
あまり多くの野菜を入れると水っぽくなるので、野菜はネギだけ。
他に入れるとしたら、人参や大根など旨味を吸う根菜が良いだろう。
などと魯山人気取りでうんちくをのたまっている内に、きのこ鍋が出来たようです。
今スーパーで売っているしめじは養殖のブナシメジと呼ばれるもの。もちろんこれはこれで美味しいですが、いわゆる本シメジは味の濃さが違います。
「香り松茸、味しめじ」と昔から言われるのは伊達ではないということです。
白沢はまずは汁をずずっとひとすすり。
「うーん、うまい」
「そうじゃろう、そうじゃろう。材料も良いがわしが手を掛ければうまさ倍増じゃ」
お舞もずずっと汁をすすり、恍惚の表情を浮かべる。
「こんなにうまいきのこ鍋を食べると、ますますきのこ狩りに行きたくなりますね」
「うむ、ぜひ行こうではないか。先日の歌舞伎騒ぎの時の礼に九尾殿も連れて行ってやろう」
「そうですね。あの時はこき使いましたから、ご褒美も必要ですね」
「そういえば私はお舞さんの父上にも会ったことがなかったですね。ちょうど一年経ったし一度ご挨拶させていただきましょう」
「かまわんぞ、親父殿はいつでもあの山のおるからの」
そんな話をしながら美味しい夕餉を囲む夜であった。
この世に美味しいご飯を食べて、柔らかい布団で寝ること以上の幸せがこの世にあろうか? と白沢は思う。
さて、そのように決まったのでお舞は親父殿つまり山の神に文を送り、十日後に山に行く事となった。
文と言っても直接山の神に届くわけではない、山の管理をしている小次郎に送って、山の入り口の祠に供えてもらうのだ。
白沢や九尾の狐がいきなり山に入ると、山の中がざわつくのでそれも先に伝えておく。おそらくその日は動物達や山の妖怪たちもねぐらに引きこもっているであろう。
そして山の神に会いに行くと小次郎に伝えたら、案の定小次郎は恐れ多いと同行を辞退した。よって、白沢、麒麟、お舞の三人で山に入ることとなった。
十日後、また早起きして診療所に来ていた九尾の狐とともに、早朝出立する。今回は人として普通に移動するため半日近くかかる旅路となる。
二の巻に続く




