第三十五話 お舞とお玉【後編】
「なあ、お舞とやら、お前はそもそもなんで江戸にいるんや?」
沈黙とチラチラ見られることに耐えかねたお玉が尋ねる。
「ふふん、聞いて驚け。わらわはな、将来絶世の美女になって、許しもなく山の中に侵入してきた男どもを片っ端から誘惑して遭難させることを生業とするのじゃ、今は江戸で女をあげるための修行中じゃ」
「なんやねんその人魚の山版みたいな仕事。てゆうか仕事って言うんかそれ?」
「親父殿のやっている山の管理を手伝うのじゃから、立派な仕事ではないか。いわば警備担当じゃ」
「そうかあ? そんなまどろっこしいことせんでも片っ端からしばいた方が早いと思うけどな」
「いちいちとらえて縄で縛る方が大変じゃろうが」
「『しばる』やのうて『しばく』や、これやから関東の田舎もんは……」
「お玉の喋り方の方が変じゃ。麒麟殿も上方言葉じゃがもう少し上品じゃぞ」
麒麟の名前を出されると、お玉も弱い。「ふん」とは鼻を鳴らしてそれきり黙ってしまった。
「おぬしこそ、なんで盗みなんぞを繰り返していたんじゃ?」
こんどはお舞がお玉に聞く。
「そんなん生きていくために決まってるやん。ウチは猫の時は黒猫でな。なんやわからんけど不吉な猫やゆうて生まれた時から村中の人間に嫌われとった。そんなとき家に招き入れて育ててくれたんが、その時の飼い主の夫婦や」
お玉は少し上を向いて懐かしそうに話す。その夫婦の顔を思い浮かべているのであろう。
「でもお玉は途中で化け猫になったのであろう、その時飼い主はどうしておったのじゃ?」
「ウチが化け猫になったのは飼い主の夫婦が亡くなった後や。その夫婦に子供はおらんかったし、その後は食うや食わず。でも、小さい時から人間の食べ物に慣れとったからな、生きたネズミやら蛇やらは食えんから、盗みに入ったまでのこと。村の奴らにはさんざん石とか投げられとったんやから、飯くらい盗んでもええやろ」
そこでお玉は一旦息をふーっと吐き言った。
「生き方を選べへんやつもいるっちゅうことや」
「お玉も苦労しとるんじゃな」
お舞は腕組みをしてうなずいている。
「ほんまの苦労はその後じゃ。あの犬っころに不意打ちをくろうて、本の中に九百年や。腹は減らんが、もう暇で暇で。どうやって犬っころに仕返しするかだけを考えて生きとったわ」
「それが真生か、あやつは弘法大師様が生み出した犬神じゃろう? どうせ返り討ちにあうだけじゃろ」
「ふん今度はそうはいかんわ。今は兄貴の顔を立てて我慢しとるけど、いつかあの犬っころ泣かしたるからな」
そんな話をしているうちに、ふいにお玉は立ち止まる。
「ここじゃ」
立ち止まった場所に装丁を依頼したよもぎ堂は確かにあったが、なぜか木戸が閉まっている。
「おい、休みではないか?」
「ここはよほどのことがない限り、休まない店なんや、せやから急ぎでここに頼んだし、五日以降やったらいつでも取りに来てもええって、言われてたんや」
「でも、実際に戸締りしてあるぞ」
お舞は木戸をガタガタ揺らしながら開けようとするが、きっちり中から閉められているようだ。
お玉はどんどんと木戸を叩く。
「おい、麒麟堂の使いのもんじゃ、頼んでおいた本を取りに来たぞ!」
しかし返事はない。
「しかたない、出直すか」
お舞はそう言ったが、お玉は承知しなかった。
「いや、おる」
お玉は鼻を鳴らす。
「主人とその家族三人、使用人が二人、そのほかに知らん人間が六人おるな」
「そんなことわかるのか?」
お舞もにおいをかいでみたが、当然何もわからない。
猫の嗅覚は人間の数十万枚とも言われている。それが化け猫になってさらにパワーアップされているので、お玉の嗅覚は白沢以上である。
「仲良く鍋を囲んでいるという訳では無さそうやな。ウチも盗みをやってたから、そう言う人間の匂いっちゅうのには敏感なんや。しかも鉄の匂いもする。得物を持った奴らがおるみたいやな」
「こんな日の高いうちから盗みに入る奴がおるんか?」
「さあな、案外夜中に入ったけど、お宝を探すのに時間がかかって朝になって出るに出られんようになったんかもな」
「あほな盗人もおるもんじゃの」
「盗人にしては大人数過ぎる。押し込み強盗という所やろな」
「お舞、あんたはここで待っとけ、ウチが片付けてくるさかい。人間は嫌いではないが強盗共は人でなしじゃから気を使う必要はない」
お舞は「ふふん」と鼻で笑った。
「山の神の一族を軽く見るな。体は小さくても人ごときに遅れはとらんぞ、街中では暴れる機会がなかったからたまには、体を動かさんとの」
実際お舞の身体能力は人のそれではない。山の中よりは落ちるが、大人数人くらいは物の数ではないだろう。
「そうなん? ま、なんかあってもうちは責任持たんから、勝手にせえ」
そういって、お玉は店の裏手に回る。
「裏手も戸締りしているようじゃの。どうやって入る?」
「今日は盗みやないからな、力ずくでええやろ」
「珍しく意見があったの、せーので行くか?」
「いや、いっせーのーでや」
「それが、上方流か、よかろう」
「「いっせーのーで!」」
——さて、少し時間が戻り、よもぎ堂の中では。
「おい、なんだ、表の木戸をどんどん叩いている奴は? 麒麟堂が何とか言ってたぞ」
「……」
「黙ってないでなんとか言え!」
「いや、お頭が店の者全員にさるぐつわしろって言ったから、誰もしゃべれませんよ」
「わ、わかってるわい。早くそのじじいのさるぐつわを解いてやれ、絶対に大きな声を出すなよ」
部下の一人が一番年長でこの店の主人である藤兵衛のさるぐつわを解く。
「いいな、大きな声を出したら家族の命はないからな」
藤兵衛は小さくうなずいて、先ほどのお頭と呼ばれた男の問いに小さな声で答える。
「麒麟堂さんから預かった本を取りに来たんだと思います」
「そうか、まあガキの声だったし、ほっておけば帰るだろう。しかし暗くなるまでまだずいぶん時間があるな。おい、酒を持ってこい」
「ちょっとお頭、そもそも今俺達が外に出れないのは、お頭が俺たちがお宝を探している最中に、台所の酒を見つけて酔っぱらって寝てしまったからなんですぜ」
さっきとはまた違う部下が言う。
「お前達だって一緒になって飲んでただろうが」
お頭と呼ばれた男は、部下を指さして怒る。
「そりゃそうですが、お頭いくら起こしても起きないもんですから」
「ああ、うるさい。とにかく夜までやることがないんだから、酒でも飲むしかないだろうが!」
「ちょっとお頭声が大きい……」
——その瞬間
「「いっせーのーで!」」
どかーん!
店の裏手の勝手口から大砲のような音がした。
強盗達が慌てて台所に行ってみると、粉々になった木戸とそこには二人の少女が……いることも認識できないまま、強盗達は蹂躙されてた。
まず、お玉が飛び上がり、天井を使った三角飛びで一番強そうなお頭の背後にまわり、首をひねって失神させた。
あわてて逃げ出そうとする盗賊の部下たちをお舞が次々と蹴り飛ばし、部屋の隅に押し込む。
ここまで、約十秒。
強盗達は誰にやられたかもわからぬまま、全員KOされていた。
しかし大変だったのはここからだった。
木戸を蹴破った音が余りに大きく、店の外に人が集まってきたことで、派手にやりすぎたことに気が付いた二人は、奥の部屋の藤兵衛達に顔を見られないよう、急いで裏から逃げて麒麟堂まで走って帰った。
麒麟と白沢には「本屋が臨時休業で閉まっていた」としらばっくれたが、翌日の瓦版にはこう書いてあった。
——昨日未明、よもぎ堂に押し込み強盗が入ったが、謎の人物が木戸をぶち破って助けに入り、一瞬で強盗達を叩き伏せた。
その正体は誰も見ていないが、やられた強盗達が言うには、はっきり覚えていないが、小さな子供の様でもあり、猫のようでもあったと奉行所で喋っており、夢でも見たんだろうと笑われている。
さて謎の正義の味方の正体は? 一部では石川五右衛門の再来か? と噂されているが、真実はいかに? ――
もちろん、これは白沢の知るところとなり、お舞とお玉に加え、二人だけでお使いに行かせた麒麟も含め、こっぴどく怒られたということだ。
これが後々まで語り継がれる、【舞玉事件】である。
続く




