第三十四話 お舞とお玉【前編】
ちょっと短めの番外編、前後編です。今回は白沢先生はなにも探しません。
今日も白沢の診療所の隣りにある貸本屋の麒麟堂から騒がしい声が聞こえる。
「せやから、ウチの方が年上なんやから、お前が敬語使わんかい!」
「ふん、わらわは山の神の一族なるぞ。化け猫風情を敬う道理はないわ!」
「どこが神の一族や、ただのおぼっこいガキやないか!」
「ふん、お前こそ元はただの猫ではないか!」
また、お舞とお玉が言い争いをしているようだ。
麒麟がお玉と真生を連れて江戸に帰って来てからというもの、顔を合わせれば言い争う二人である。
見た目、十歳ほどのお舞と十五歳ほどのお玉の喧嘩はさながら姉妹喧嘩のようでもあった。どこかしら似ている所もあるのかもしれない。
そこに、麒麟の指示で店番をしている真生が割って入る。
「ちょっと二人とも、営業中なんやから、喧嘩するんやったら、よそでやってください」
「うっさいわ、犬っころ! そもそもウチはまだお前の事許した訳ちゃうからな! 麟太郎の兄貴が喧嘩するなってゆうから我慢しとるだけや」
今度は真生にかみつくお玉。
「はいはい、それはそれでええから、一旦喧嘩はやめなさい。そもそも、お舞さんは何か用事があって来たんじゃないですか?」
「え? あ、そうそう。わらわは白沢先生の使いできたのじゃ。以前麒麟殿に頼んでいた薬草の本を受け取りに来たのに、この化け猫が偉そうな口を利くから話が進まんのじゃ」
「お前が先に偉そうに言ってくるからやろ!」
「大体、おぬしは接客というものがわかって……」
言い合いを再開する二人を尻目に、真生は店の奥の書庫に白沢が注文した本を取りに行った。
「しかし、麟太郎さんにも困ったもんやな。もう少しお玉に厳しく接客を教えんと、店がつぶれてしまうわ」
一応二人には麒麟本人から自分は麒麟という大陸から来た霊獣であることを伝えているが、麒麟の希望もあり、二人は麒麟の事を麟太郎と呼んでいる。
その麟太郎であるがお店を真生に任せて、蕎麦を食いに来ていた。
店番を頼めるものが来たものだから、暇を見ては抜け出してそばを食べている。
正直、夏のこの時期、気温のこともあって蕎麦の状態はあまり良いものではないが、行きつけの蕎麦屋では、涼しい地下の蔵に蕎麦の実を保存しており、なるべく味を落とさないようにしている。
とはいえ、やはり新蕎麦には敵わないので、早く寒くならんかなと思いながらも、麒麟は盛りそば三枚をペロリと平らげた。
「おやっさん、ご馳走様。代は席に置いとくからな」
「へい! 毎度ありがとうございます」
麒麟はゆっくりと暖簾をくぐって外にでる。
ここから、麒麟堂まではいつもの帰り道だ。皆暑そうに扇子などをパタパタとあおぎながら歩いている。
そういえば、白沢の友人の九尾の狐殿は霊力で水を凍らせることが出来ると白沢が言っていた。
九尾の狐殿は白沢の家によく酒を飲みに行っているそうだから、今度氷と作ってくれるよう頼んでみるかな。鉢に入れて部屋に置いておけば、少し涼しくなるやもしれん。
そう思いながら麒麟堂に帰ってくると、またお玉とお舞が口喧嘩をしていた。
はあ、またかいな。麒麟はしょうがないなあと思いつつ、店に入る。
「今帰ったで」
「あ、麟太郎の兄貴! お帰りなさい!」
さっきまで口汚く、お舞をののしっていたお玉の態度がころりと変わる。
再び本の中に封印されるところを助けてもらった恩もあるが、自分を簡単に制した強さにも尊敬の意を持っているようだった。
その九百年前には犬神である真生に取り押さえられたが、あの時は村びとの家に忍び込んだところを、後ろから不意打ちされて捕まった。お玉は尋常な勝負であれば真生には負けていないと今でも思っている。
まあ、実際は犬神の方が明らかに強いのだが。
すると店の奥から、店番を任せていた真生が出てきた。
「麟太郎さん、おかえりなさいませ」
「留守番ご苦労やったな、なんか変わったことはなかったか?」
「それが、今お舞さんが白沢先生のお使いで来てはるんですが、ご注文の薬草の本が、書庫の中に見当たらなくて困ってたんです」
「あ、アレか! なんとか手に入れた本なんやけど装丁の劣化がひどくてな、直しに出してたんやが、まだとってきてないねん。真生、悪いけど、今から取りに行ってくれるか?」
「兄貴、ウチがとってくるで」
真生が返事する前に、お玉が手をあげてお使いに立候補する。
麒麟に気に入られたいのと、真生へのライバル心がお玉のやる気に火をつける。
「おっ、やる気あるねえ、結構結構。一緒に本を預けに行った家やから道は覚えとるよな?」
「まかせとき、兄貴」
胸を張るお玉に、お舞が絡んでくる。
「え~、お玉だけでは不安じゃのう。わらわも一緒に行くぞ。ちゃんと注文通りの本かどうかも確かめんといかんしな」
「なにゆうてんねん、お前なんか足手まといやから、こんでええ」
また言い争いが始まる。
「まあまあ、ゆうても発注主なんやからお舞ちゃんにも確認する権利はあるやろ。問題なければそのままお舞ちゃんに渡せばええしな。二人で仲よう行ってきや」
「え~~~~!」
お玉はすこぶる不満そうであったが麒麟の命令では致し方ない、しぶしぶ二人は一緒に本を取りに行く事になった。
「ちょっと麟太郎さんいいんですか? あの二人に行かせて」
真生が二人が出て行ったあと、不安そうに麒麟に聞く。
「共同作業は、距離を縮めるのにええらしいで。まあ、物は試しや」
麒麟は少しいたずらっ子のような顔をして言う。
「まったく無責任なんやから、何かあっても知りませんよ」
真生は溜息をつきながら、書庫を片付けに奥に戻っていった。
二人は少し距離を取りながら、横並びで歩いている。
二人の間の距離は五尺(約百五十センチ)程か、
身長はお玉の方がやや高い。
お互い前に出るでもなく、後ろに付くわけでもなく、目を合わすことなくずっと並行に歩いている。
ただ、お玉は行先を知っているのでサクサク歩いているが、お舞は目的地を知らないので、たまにチラチラお玉の方を横目で見ながら歩いていた。
行先は本を印刷する版元のよもぎ堂であり、印刷だけでなく美しい装丁を作ることでも有名であった。
後篇に続く




