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第三十話 座敷童【急】(座敷童編最終話)

挿絵(By みてみん)


 花梨堂は座敷童のもたらした力などではなく、父親の勘兵衛とその妻おつねの努力のたまものであった。

 先代の時から味には定評があったが、比較的地味だった店を名店にしたのは現代で言うマーケティングである。どういった年代のどのような性別になにが刺さるか情報を集め、都度販売層を狙い撃ちした商品を出していた。

 やがて店は江戸屈指の名店になった。


「ここが花梨堂か? もう店は閉まっておるのに甘くていい香りがするの」

 お舞は鼻をヒクヒクさせて言う。

「明日の仕込みのあんこの匂いでしょう。ていうかお舞さんは別に来なくてよかったんですよ」

「良いではないか、一度鬼というものを見てみたかったのじゃ」

 白沢とお舞はおりんを保護した翌日の夜遅く、花梨堂のそばに来ていた。隣に住んでいる麒麟に診療所に来てもらい、おりんと一緒に居てもらっている。おりんを狙ってくる鬼を待ち伏せするためだ。


 しばらく待っていると案の定、怪しい妖気が近づいてきた。

 多少は変装をしているようだが、平安時代には数々の鬼に遭遇していた白沢にはまるわかりだ。

「あれが鬼か、もっと大きいかと思って期待しておったが、家の親父殿に比べれば小粒じゃの」

 お舞は拍子抜けしたように言う。

「山の神様と比べちゃ鬼もかわいそうですよ」

 鬼は花梨堂の周りをうろうろし、何とか中を覗こうとしている。

 そしてついに、鬼が塀を乗り越えようとしたその時、白沢が後ろから声をかける。

「そこにおりんちゃんはいませんよ」

 鬼は一瞬たじろいだが、振り返って白沢を睨む。


「お前は人ではないな? どこのどいつだか知らんが俺は閻魔様の命令で賽の河原を脱走した餓鬼を連れ戻しに来ている。邪魔立てすると閻魔様を敵に回すことになるぞ」

「それは流石に困りますね。どうです? お互いが納得できる様、家で話し合いをしませんか? おりんちゃんも私が保護していますから」

「そこにあの餓鬼もいるのだな?わかったゆこう」

 そうして鬼を含めた三人はおりんがいる白沢の診療所への向かった。


 ——診療所にて

「おお、白沢戻って来たか」

 麒麟は縁側のある奥の座敷でおりんとあやとりをしながら待っていたようだ。

 おりんは白沢が連れてきた鬼を見て、麒麟の後ろに隠れる。

「確かにこの餓鬼だ、おとなしく引き渡せば乱暴な真似はせん」

「乱暴な真似なんてできますかねえ?」

 麒麟と白沢が強いオーラを放ち、鬼を威嚇する。

 神獣二人に威嚇されては鬼など物の数ではない。

「き、貴様ら地獄の閻魔様に逆らう気か?」


 白沢はにっこりと笑い、

「とんでもない、お互い納得いく話し合いをと言ったじゃないですか、ま、一旦座りましょう」

 と言った。そして白沢達と鬼は座敷で向かい合わせに座る。

「納得も何もその餓鬼は賽の河原に居るべき餓鬼だ。しかるべき場所に戻ることになんの文句があるのだ?」

「それが状況が少し変わりまして」

「なに?」

「このおりんちゃんは、幼くして亡くなってしまった。追わば親孝行をしないまま死んでしまったために、賽の河原に行ったわけです」

 それを聞いた鬼は、ふんと鼻を鳴らした。


「釈迦に説法、いや鬼に説法かそんなこと常識ではないか」

「しかしですね、このおりんちゃんはすでに親孝行を済ませました」

「なにをたわけたことを!」

 鬼が激高して立ち上がる。

 その時、裏庭から人、いや正確には人ではないのだが有る人物が入ってきた。

「たわけは貴様だ!」

 その人物をみた鬼は狼狽して叫んだ。

「ほ、ほ、ほ、補佐官様!」

「小野殿、お忙しい中、現世まで来て下さりありがとうございます」


 家の裏庭から入ってきた人物は小野篁おののたかむらという。

 平安時代初期の公卿であり、文人・政治家としても有名であったが、中でも異彩を放つのが、「昼は朝廷で働き、夜は冥界で閻魔大王の裁判を補佐した」という伝説である。

 実際、小野篁は悪事を働く亡者にはとんでもない毒舌で非難したあと、厳正な刑に処す一方、常に物事を正しく判断し、公正な裁きを行ったとされている。

「おお、白沢よ久しいの、急いでおったので庭から失礼したぞ」

「あいかわらず、せっかちですね」

「ま、挨拶はあとじゃ」

 と小野篁は鬼の方を向いた。


「赤鬼の鬼助よ、貴様その子供がいなくなった時、うたたねしておったそうだな」

「だ、誰がそんなでたらめを、この餓鬼は私が巡回で他の餓鬼の折檻をしている隙に、逃げ出して……」

「たわけ! 三途の川の下流はほとんどの場合無間地獄に繋がっていて、二度と生まれ変われないようになってしまうのだ。そうならないように石積みの場所は川から離しておったのに、おまえがさぼっている隙にこの子は少しずつ川に近づいておったのだ。だるまさんがころんだのようにな」


「じゃあおりんさんが現世に戻って来れたのは、たまたまなんですね」

「たまたまどころか、奇跡中の奇跡じゃ。二階から目薬……いや雲の上から目薬くらいの確率じゃ。あるいはこの子が妹を思う愛を感じ取って、お釈迦様世話を焼いたのかもしれんが……」

 小野篁は鬼の顔にぐっと自分の顔を近づけた。

「貴様の部下たちは、貴様を恐れて中々口を割らなんだが、日ごろからお前の態度にも不満があったようでな。配置転換の希望をかなえると言ったら、すぐに喋りおったわ」


「わしが一番怒っているのは、噓の報告書を閻魔庁に出したことだ、その時に謝罪していれば、貴様を現世に送り込んだりしなかったものを」

「大体貴様は普段から遅刻はするわ、部下に乱暴するわ、常に悪いうわさが絶えなかったが、皆が嫌がる賽の河原の管理を進んで長年やって来た功績もあって、注意で済ませてきた。しかし今度の事は、子供が永遠に輪廻転生できなくなる危険もあった。断じて許し難し」

 いくら鬼でも、子供を理不尽にいじめて喜ぶ者は少ない。あくまでも仕事の上でなのだが、どうもこの鬼はそれが楽しくてやっていたようだ。

 赤鬼は赤い顔を青くしてうなだれた。


「大体貴様は顔もXXXXだし、その醜いXXXXや、腐った性根がXXXで、ロクなものではない。その上XXXがXXXで……」

 聞くに堪えない小野篁から鬼に対する罵詈雑言に白沢が止めに入る。

「すみません、小野殿、もう鬼も泣きそうですし、幼子もいるのでその辺で……」

「いや、すまんすまんつい」

 ヒートアップしていた小野篁が我に返る。


「で、おりんちゃんのことは?」

「ああ、親の商売を助けるために、幽霊の身でありながら十年以上も妹の面倒を見ていたのであろう。おかげで親は商売に精を出すことが出来、いやま江戸で有数の店になったそうではないか。立派な親孝行である」

「では」

「ああ、極楽へ行ったのち、また人間に生まれかわれるよう、閻魔様に取り図ろう」

「ありがとうございます。それでもう一つお願いが」

 白沢が麒麟の後ろに隠れているおりんに目配せすると、おりんは言った。


「いつかまた、生まれ変わってもお菊に会えるようにしてもらえまんか? 何年後でもかまいません」

「まあ、出来んことはないが、お主の記憶はなくなっておるぞ」

「はい、かまいません、お菊のそばに居られるのであれば」

「わかった、何とかしよう」

「ありがとうございます」

 おりんは深々と頭を下げる、白沢達も一緒に頭を下げた。


「さて白沢殿、積もる話はあるが、まずはこやつを急いで裁判にかけないといかん。子供の方は明日の同じ時刻に迎えに来るのでよしなに」

 そういうと、小野篁は懐から縄を取り出し、鬼に投げると縄が生きているように鬼を縛り付けた。鬼の顔が苦痛でゆがむ。

 そのまま小野篁は縄を片手で持つと、鬼を軽々と持ち上げ、また裏庭から出て行った。

 これでおりんは助かったが、家族との別れは近づいていた。


 ——翌日の朝、花梨堂にて

 白沢はおりんをつれて、花梨堂を訪ねた。

 花梨堂は臨時休業になっている。

 白沢は鬼を待ち伏せする前、昼間の内に花梨堂を訪ね、勘兵衛とおつねに今回の事を話していたからだ。

 お菊は今か今かと店の前でおりんを待っていた。

 お菊はおりんの姿を目にすると、駆け寄って抱き着いた。

 勿論抱き着いたといってもおりんに実体はない。フワフワした霊体だが、確かに二人は抱き合っているように見えた。

「お姉ちゃん! 良かった……」

 白沢はそんな姿を見て両親に聞いた。

「全部話されたのですね」

「はい」


 おりんが初めて麒麟堂に戻ってきた日、おりんが最初に会いに行ったのは両親である勘兵衛とおつねだった。

 枕元に立ったおりんに二人が気が付くと、

「おりん、おりんではないか」

 勘兵衛とおつねは涙ながらに喜んだが、事の次第を聞いて不安に駆られた。

 二人はおりんが鬼に連れ戻されるのを恐れ、家の中におりんをかくまうことを決めたが、お菊には姉がいた記憶がほとんど残ってない。

 急に死んだ姉が幽霊で帰ってきた、といっても怖がるかもしれない。


 そこで、おりんを座敷童でとしてお菊の部屋に住まわせ、遊び相手としてお菊の面倒を看てもらう頼んだのだ。おりんは元々お菊が心配で現世に来たのだから、もちろん二つ返事で引き受けた。

 勘兵衛とおつねは自分達には座敷童こと、おりんの姿は見えないことにしていたが、お菊と遊ぶおりんを常に見守っていた。


 そして、おりんがお菊の面倒を見てくれるおかげで、商売の方にも力を入れることが出来、店は繁盛した。

 おりんは座敷童ではなかったが、この店に幸福を運んできたことにはちがいなかった。

 白沢はおりんが単にお菊と遊んでいたわけではなく、両親の希望で子育てを手伝っていたことが、客観的事実として認定できたので、閻魔大王の補佐官である小野篁に改めて裁判を依頼したのだ。

 結果はご存じのとおりである。


 白沢は予定通り、おりんが極楽に行くことが出来て、また来世でお菊に出会えることになったことを説明した。

「おねえちゃん、また会えるよね?」

 お菊はおりんの手を握り締めて言った。

「うん、必ず」

 おりんも応える。そしておりんは勘兵衛とおつねにも抱きついて言った。

「父上、母上、今度会うときは記憶も無くし赤の他人となりますが、必ずもどってまいります」

 勘兵衛とおつねは目を真っ赤に腫らし何度もうなずいた。


 座敷童の伝承には続きがある。この時代幼くして亡くなる子供は多く、七歳までは神の内ともいわれた。

 小さい子供がいたずらしても、まだ人になっていないのだから、寛大な心で許してあげようという意味だ。七五三という行事も元々は、そこまで子供が生き延びたお祝いでもあった。

 いたずら好きで家に幸福をもたらすと言われている座敷童の正体は案外、普通の子供なのかもしれない。


                                  続く


座敷童編、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

おりんちゃんがどのように生まれかわって、お菊ちゃんと会えるのか楽しみですね。

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