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第二十九話 座敷童【破】

挿絵(By みてみん)


 麒麟堂を出た白沢はお舞に夕餉を食べて先に寝るように言って、そのまま夜の町に出て行った。

 もう、夜も更けている。この時間ならどこにいるだろうか。土地勘がないからそうと遠くへは行けないはずだが? 白沢はふと思い当たり、平川(現代の神田川)に架かっている橋の方に足を向けた。

 そして、橋のたもとに一人の子供がしゃがんでいるのを見つけた。

 白沢は橋の上からなるべく驚かさないように、そっと声をかけた。

「そこにいるのは、おりんちゃんかい? 私だよ」

 しゃがんでいた子供は肩をぶるっと震わせ、おそるおそる振り返る。

「は、白沢先生?」


 ——場所は変わって白沢の診療所

「おりんちゃんは、どうして、いやどうやって江戸に戻ってきたの? あそこはとても子どもが逃げ出せるようなところじゃないと思うんだけど」

 おりんというのはお菊の四歳上の姉の名前だ。

 おりんはお菊が生まれてから、たいそうお菊をかわいがり、商売で忙しい両親に変わってよく世話をしていたが、お菊が二歳の時、つまりおりんが六歳の時に流行り病にかかり、亡くなってしまった。


 子供が親より先に死ぬのはそれ自体が親不孝とされ、子供は三途の川の手前にある、賽の河原に送られてしまう。賽の河原では幼くして亡くなった子供たちが、鬼の監視下の元、河原で石を摘まされるという刑罰を延々と受けることになる。

 しかも、石が積みあがろうとした瞬間、鬼がやって来てそれを崩してしまう。

 まさに、ブラック企業並みの理不尽地獄という奴だが、そんなところにおりんはいたはずなのです。


「親不孝にも父上や母上よりも先に死んでしまったので、刑罰を受けるのはやむ負えないのですが、妹のお菊が心配でたまりませんでした。生まれた時から病気がちで、二歳になっても泣き虫で、私がつきっきりで面倒を見ていましたから。せめて妹の様子を見に行きたくて」

「それで、賽の河原から抜け出そうと?」

 おりんはこくんとうなずく。


「何年もいるうちに、見張りの鬼のなかで、赤くて角が一本ある鬼が担当の時は、隅っこで良くさぼっていることがわかったんです」

「おや、不届き物の鬼もいるものだね」

「私はその都度、少しづつ移動してどこかに出口がないか探していたのですが、見つからなくて、そうした時、鬼達が喋ってるのを聞いたんです」


 鬼たちは賽の河原に流れ三途の川を見ながら話している。

「この三途の川は現世とあの世の境目なんだろう? ならこの三途の川の下流は何があるんだろうな?」

「さあな、たまに船から落ちる奴を見たことがあるが、死んじまってるんじゃないか? ああ、もともと死んでるか。ガハハハハ」


「三途の川がこの世とあの世の境界線なら、もしかして川に飛び込めばどこかが現世とつながってんじゃないかと思ったんです」

「まさかそれを実行した?」

 白沢が驚いて聞く。

「はい、例の赤い鬼が、賽の河原を一瞥しただけで河原の隅に寝転がり、うとうとしだしたのを見て、一気に三途の川に向かって走りました。さぼっているのを見計らって少しずつ石を摘む場所を川の近くに変えていましたから」

 後ろから鬼の叫び声にも似た怒号が聞こえた来たが、おりんは振り返らず、川の中の一番深いところに頭から飛び込んだ。


 川の流れは急でどんどん流されていく、赤い鬼も、渡し船の男も、他の子供達も茫然と流されていくおりんをただ眺めるばかりであった。

 おりんはさらに下流に流されていく、川にはいくつか分岐があったが、流されているだけのおりんには選択権はない。やがておりんは気を失っていた。

 そしてその後もいくつかの分岐を経たのち最終的にとても高さのある滝つぼにおりんの体は飲み込まれていった。


「気が付いたら懐かしい家の前に立っていました。辺りはすでに真っ暗で、丑三つ時だったと思います」

 おりんの言葉に白沢は目を丸くする。

「驚きましたね。賽の河原から自力で逃げ出してきた話なんて初めて聞きました」

「信じてもらえますか?」

「信じるも何も、目の前にいるのは間違いなくおりんちゃんだ。全く大したものだね」

 自分を受け入れてくれた白沢を見ておりんは、ほっとした顔をした。

「それで、そのまま十年以上も妹のそばで成長を見守っていたわけか、よく地獄の追っ手に気付かれなかったものだね」

「私は家の中のお菊の部屋にずっと隠れてましたから。地獄の鬼も人の家には勝手に入っては来れないようです」

 鬼というのは意外にも人を恐れている。昔から節分などで豆をまいたり、焼いたイワシの頭をつるしたりして鬼を祓う様に人々は、鬼の嫌がることを先人たちは知っているからだ。平安時代などは勝手に鬼が現世に来て狼藉を働くこともあったそうだが、江戸時代においてはそういったことは、ほとんどなくなっていた。


「あれでも、今年初めて一緒に神社でおみくじを引いたってお菊ちゃんが」

 そう言うと、おりんお顔が暗くなった。

「ええ、わたしも十年以上経ったものですから気が緩んでしまって。お菊がどうしてもというし、つい」

「それを鬼が見ていたと?」

 おりんがうなずく。


 おりんとお菊が初詣に行ってたその翌日、花梨堂の店先に大柄な怪しい男が立っていた。体は大きく身長は六尺(約百八十センチ)はあるだろうか、方は筋肉で盛り上がっているのが麻で出来た服の上からでもわかる。

 頭部にはほっかむりをしており、不自然に頭の上が膨らんでいた。

 船着き場の人足のように見えなくもないが、やはりこの時代の人としては大きすぎる。

 周囲の人も奇異の目で見るので、昼間は来なくなっていたがやはり夜には店の周りをうろうろとして、塀越しに中の様子をうかがっていたそうだ。

「それで、危険を感じて家出したんですね」

「ええ、そのうち鬼が忍び込んでこないとも限りませんし、とりあえずあの家から離れないと、家族にも怖い思いをさせるかもしれませんから」

「河原に居たのは賽の河原にいた名残ですか?」

「ええ、いやな思い出しかないですが、家以外で寝起きしていたのは河原だけだったのでなんとなく」


 話を聞いた白沢は考え込んだ。

 さて、どうしたものか、幼くして亡くなった子供が賽の河原に行くのは代えられない運命。閻魔に掛け合ったとしても鬼の方に理があるように思えてしまう。

 あの人に頼んでも難しいかもしれない。それに忙しいだろうから来てくれるだろうか? 

 ここで、ふと頭に浮かんだ疑問をおりんに聞いてみる。


「ところで、なぜ座敷童だなんて嘘を?」

 そう言うと、おりんはちょっと恥ずかしそうに言った。

「座敷童の真似なんて恥ずかしかったんですけど、そうした方がいいって言われて……」

「言われた? 誰に?」

「……」

 答えを聞いた白沢はしめたとばかり手を叩く、これでなんとかなるかもしれない。

 

       第三十話 座敷童【急】(座敷童編の最終話)に続く



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