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第二十六話 山の神の娘【其の六(この話の最終話)】

挿絵(By みてみん)


顔面蒼白の孫六がよく見ると、白沢の後ろには帰ったはずの白沢の友人である九尾の狐。そしてその肩にもたれかかるように立っていたのはさっきまで自分が看病していた寝込んでいるはずの慶次郎だった。

自分が部屋から出る時はまだうなされながら寝ていたはずだ。

「兄弟子? どうして……?」

「消熱草を飲ませたからさ」

 茫然とする孫六に白沢がこともなげに言う。

 お前さんがいない間に、薬草をすりつぶして飲ませた。さすが幻の薬草、あっという間に効きました。慶次郎さんの熱が下がって意識を取り戻しましたよ。

「でも乾燥させてから煮だすって」

 孫六が泣きそうな顔で白沢に問うと、

「それは嘘です。そんな必要はありません。あなたをだますためについた嘘ですよ。慶次郎さんが目を覚ました後、まだしばらく意識がないふりをするようにお願いしました」

孫六は信じられないといった顔で頭を抱える。


そもそも、あなたは二代目の息子である宗太郎さんを疑っていましたが、もし宗太郎さんが犯人であれば慶次郎さんがどうなったか見に来ると思うんですよ。仮にそれ以外に犯人がいたとしても様子を見に来るはずですが、診療所の近くにはそんな気配はなかった。

となると下手人は今この診療所の中にいる誰か、というのが道理と考えられます。


「決定的なのはあなたと慶次郎さんの看病をしているとき、芝居小屋で感じた憎しみの気配を感じたことです。兄弟子が大けがをしているのに、まるで死ななかったのが悔しいかのような……」

「そんな気配なんて、そんなあやふやなことで疑われてはたまりません。今だってちゃんと薬が乾燥できているかどうか確認に来ただけです」


「往生際に悪いことだ。宗太郎さん、入ってきていいですよ」

白沢は九尾の狐に呼びに行かせた宗太郎を呼び込んだ。

「宗太郎坊ちゃん……孫六の顔がさらに青くなる」

 宗太郎は苦虫をかみつぶした顔で孫六に詰め寄る。

「お前、俺が舞台装置の操作法をめずらしく聞いてきたって? いくら出来が悪くても五歳から舞台に立っている俺が舞台装置の動かし方をことなど知らないわけないだろう!」

 孫六は狼狽しながらも

「それは、なにかの勘違いで……それに、私に兄弟子を殺す動機なんかないですよ」


 それを聞いた白沢は腕組みした。

「それも今回気になったところです。何故? 何のために? それで思い出したのは宗太郎さんの言葉です。楽屋を訪ねた時、宗太郎さんはこういいました。『そいつがいる限りお前の願いは叶わねえぜ』と」

孫六は黙り込む。

「あの時、私は人気者の慶次郎さんがいるから主役にはなれない、という意味かと思っていました。慶次郎さんもそう思ったから、役者として、ああいう励まし方をしたんだと思います」

白沢の言葉に慶次郎がうなずく。

「しかし、まだ舞台も踏んでいない孫六さんに言うには早すぎるというか、なにか違和感がありました」

 白沢は宗太郎を見る。


「あれは、例えば好きな人と結ばれることが出来ない。というような意味だったのでは?」

白沢の言葉に宗太郎が忌々し気な顔でうなずく。

「ああそうだ、孫六は妹のおあさに惚れていた。でもおあさは慶次郎の許嫁いいなずけだから慶次郎がいる限り、孫六はおあさと結ばれることはない」

「え!」

思わず、九尾の狐が大きな声をあげる。


「でも、慶次郎さんとおあささんは、兄弟みたいなもんだって言ってたじゃないですか。おあささんも慶次郎さんの事を兄様と呼んでいたし」

「おあさが物心つく頃には慶次郎は家に居たからな。元々は兄と思って慕っておったが、本当の兄ではないとわかった時からおあさは慶次郎の事をずっと男として慕っていたよ、慶次郎も最初こそ迷惑そうにしていたが、今となってはな……」

宗太郎が慶次郎に視線を送ると、慶次郎は恥ずかしそうにうつむく。

そんな慶次郎を見て九尾の狐がため息をつく。


「白沢よ、お前気づいておったのか?」

「確信はなかったが、二人の空気を見てそれとなくな。それに慶次郎さんが養子になるという話も、清十郎さんの娘であるおあささんとの縁組と考えると腑に落ちる」

「そのとおりだ。養子は養子でも婿養子だ」

宗太郎が白沢の推理を追認する。


「孫六、お前そうだったのか……?」

孫六はもはや逃げ場を失いうなだれていたが、ぼそぼそと話し出した。

「兄弟子は昔から何でも持っていた。器量がよくて役者の才能もあり、それでいて性格までいいじゃないですか、そりゃお嬢さんが惚れるのも当たり前です。でも……でも、どうしても、あきらめきれませんでした……、申し訳ございません」

それきり孫六は口を閉ざし、暗い目で床を見るばかりであった。

「あいたたた! これはお舞にどう言ったらよいか……」

九尾の狐が頭を抱える。

「お舞ちゃんがなにか?」

慶次郎が尋ねるも、九尾の狐は答えに窮する。


そんな微妙な空気の中、奥からお舞が起きだしてきた。

「お、お舞、いつから起きていた?」

九尾の狐がおそるおそる聞く。

「おぬしが『え!』ってまぬけな声を出した時じゃ。

白沢が九尾の狐を睨むが、九尾の狐は目を合わせない。

「慶次郎殿なんでもないぞ、それよりも目が覚めてよかったの」

 慶次郎はお舞の方を見て礼を言う。

「ありがとう。熱が下がったのはお舞ちゃんが、よく効く薬草を苦労して取ってきてくれたからだと、白沢先生に聞いた、本当にありがとう。これから一生甘いものを御馳走するよ」

「ゆうたな。約束じゃぞ」

 お舞は少し寂し気な笑顔で言葉を返す。


「さて、慶次郎さんは熱が引いたといっても、まあまあの病人には違いない、早く寝てください。

孫六さんも、もはや観念したようですから」


「とはいっても、縛るがの」

そう言って九尾の狐は手際よく孫六を縁側近くの柱に縛り付けた。昔、岡っ引きでもやっていたのだろうか。長い付き合いだが謎の多い男、いや狐である。

「厠に行きたくなったら言え」

 九尾の狐は孫六にそう言うと、縁側に出てゴロンと横になった。


——時は少し戻る。

九尾の狐は山から帰って来て縁側で小休止したが、すぐに白沢に起こされた。

「九尾よ、お主に頼みがある。宗太郎さんをここに連れて来て欲しいのだが、ついでに事件からこれまで何をしていたかも聞いてもらえるか? これで事件が解決すると思うんだ」

そうして九尾の狐は渋々、孫六と入れ替わりで清十郎の家に行き宗太郎に会いに行っていた。


宗太郎は事件の後、当主の清十郎も診療所に行ってしまったため、小屋主への対応や他の弟子たちの世話をするために残っていたそうだ。

嫌味な性格はともかく、一座に対する愛情は人一倍あったらしい。

また、九尾の狐によると、確かに実の息子でない慶次郎に三代目を継がれることを、宗太郎は苦々しく感じていたが、心の中では慶次郎こそ三代目に相応しいと思っていた。

自分は努力しているのを見られるのが嫌で女に会いに行くと言って、裏で稽古していたがどうにも慶次郎に近づくことはできなかった。


慶次郎は天才的な役者であり、さらに努力の天才でもあったからだ。

それなのに宗太郎に対しても自分より才能があるとほめてくる。そんな慶次郎がまぶしくて仕方がなかったのだ。

誰にも言えなかったことを告白したせいか、宗太郎の顔は少しすっきりしていたそうだ。


あと、これは後におあさから聞いたことだが、宗太郎は診療所に見舞いには来なかったが、神田大明神に行って慶次郎の無事を祈っている姿を妹のおあさに目撃される。宗太郎は絶対に周りには言うなと口止めしていたそうだ。

しかし、残念ながらおあさは口がめっぽう軽かった。

最終的にこのエピソードは一座全員知ることとなり、他の弟子たちからの見る目も少し変わってきたという。


結局、宗太郎はうわさほどひどい男ではなく、ただ、ひたすら生き方が不器用だったということの様だ。

身内である清十郎や、おあさには何となくわかっていたのであろう。

「やれやれ、人の噂なんてあてにならないものだね」

九尾の狐から話を聞いた白沢は茶屋の主人の情報を思い出しつぶやいた。


翌日診療所にやって来た清十郎とおあさは、慶次郎の回復をたいそう喜んだ。

しかし、白沢から孫六が今回の事故を仕組んだことを聞いて大いに驚くとともに、怒りと悲しみが入り混じった複雑な心境になっていた。

しかし、当の慶次郎は「自分も孫六の気持ちに気付いてやれなくて悪いと思っている。なんとか寛大な処置をお願いしたい」とおおよそ被害者とは思えないことを言っていた。


結局、孫六は犯行を認め大いに反省して慶次郎にも謝罪したことから、慶次郎の言葉もあり、清十郎は奉行所へは届け出ず、人的ミスによる事故として処理をした。

日本橋の親分からは色々と聞かれたそうだが、清十郎は頑として主張を変えなかった。

もっとも、お舞とおあさは口を揃えて、

「即刻、打ち首じゃー!」

と主張していたが、清十郎は慶次郎と宗太郎と相談し、孫六については龍野屋を破門とし故郷くにに帰らせることとなった。

結局、皆お人よしであった。


さて、熱が下がった慶次郎は療養場所を清十郎の家に移し、おあさが献身的に看病した結果、半月ほどほどで元気に動けるようになった。今はもう次回公演に向けて稽古を始めているそうだ。

宗太郎とも仲良しとはいかないまでも芝居や演出について積極的に意見を交わすようになったということだ。

これで、龍野屋もますます発展するだろう。


その一方お舞であるが……

「白沢殿、次の公演も観に行くぞ!」

相変わらず慶次郎の歌舞伎に夢中の様だ。お舞は推しに彼女がいても離れないタイプらしい。

しかし白沢は知っていた。

慶次郎とおあさの関係を知ったあの日の翌朝、目は泣きはらしたように腫れぼったくなっていたことを。

そして、この頃のお舞の横顔がまた少し大人っぽくなっていることを。


季節は春が終わり、夏が来ようとしていた。


 次のエピソードに続く


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