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第二十一話 山の神の娘【其の一】

今回の話を書き始めて、一応話を全部書いてから掲載しようかと思ってましたが、ちょっと先になりそうなので見切り発車で掲載します。途中で間が空いてしまったら、行き詰っているとご理解ください(笑)

挿絵(By みてみん)


 時は江戸時代中期、徳川将軍五代目綱吉が世を治めていた時代、今でいう東京の神田に名医がいることで名高い診療所があった。なんせ人間はもちろん、犬や猫、果ては鳥の病気まで治してしまうと評判の医者、それが伝説の霊獣であり、この診療所の医者である白沢である。

 白沢はひょんなことから江戸外れの山の中で知り合った、山の神の娘であるお舞を助手として住まわしている。山の神の娘は山に迷い込んだ男をその魅力でかどわかすのが仕事(?)なのだが、歳とわりに幼く見え、女として魅力がとぼしいため、江戸の町で修業をしているのだ。

 今、実際の歳は十四歳だが見た目はせいぜい十歳という所だ。


 お舞は白沢の診療所で助手をしながら社会勉強をしている。

 まだ、江戸に町に来て半年ほどだが、少し背も伸び成長しているようだ。

 江戸の町で色々な人と関わり合いを持ち、社会性が身に着いたことで見た目も成長し始めていることものかもしれない。

 とはいえ、まだまだ見た目も中身も十歳ほどの子供なので、目的を達するのはいつになることやら。


 そんなある日、診療が終わり、夕餉もすましてお舞と一緒に、縁側でくつろいでいるときに、知人が訪ねてきた。

「白沢よ、わしだ。上がるぞ」

 そういって、返事も待たずにずかずかと奥まで入って来たのは草分神社に居候している九尾の狐だ。

 右手には徳利を持っている。

 中身はおそらく酒だろう。


「まったく、返事ぐらい待ったらどうだ?」

 九尾の狐は白沢の言葉も意に介さず、そのまま縁側の白沢の隣に胡坐をかいた。

「前にも言ったが、わしが近づいてきたら大体わかるであろう。姿は人でも気配は隠しておらんでな、ま、今宵は一杯やろうではないか」

 そう言いながら白沢に盃を渡す。

「『今宵も』ではないのか?」

 白沢の言う通りここ三日ほど、夜になると麒麟は白沢の元を訪れていた。

「まあそう言うな、隣の麒麟殿も誘いたいところだが、彼は酒が飲めないらしいからの、お舞殿も飲めないのか?」

 九尾の狐がお舞に聞くと、

「飲めんことはないが、酒は味が好かん、男どもはなんであんなものを喜んで飲んでおるか不思議じゃ。あと後親父殿も大酒のみでな、酔っぱらうと面倒臭くてかなわん」

 お舞は口をすぼめ言った。

「まだまだ、わらべと言う事じゃ。ほれ、そう思って饅頭を持ってきたぞ」


「この将来妖艶美女になるのが決定しているわらわを童などど、相変わらず失礼な奴じゃ」

 そう言いながらもお舞は嬉々として、饅頭を受け取り早速かぶりついた。


 九尾の狐はこうしてしょっちゅう酒を飲みにこの診療所に来るため、お舞とも顔見知りである。

 そのためお舞の甘いもの好きも知っている。

 当時江戸では甘いものと言えば饅頭や餅が主流で、上方にあるような和菓子や羊羹を扱う所は少なかった。それでもこの江戸中期から後期にかけては参勤交代によって地方から来た大名たちが様々な菓子を江戸に持ち込み、江戸の町でも徐々に全国の和菓子が食べられるようになっていった。そういうのは今の東京にも通ずるところがあるようだ。

 そして、今日九尾の狐が持ってきた饅頭は播磨の国の赤穂藩という所の名物で塩見饅頭だ。

 塩味がの効いた皮の中に小豆のあんこが入っている。塩は有名な赤穂の塩で、塩辛いだけでなくほんのりとした甘みも感じられるのが魅力である。

 赤穂藩の藩主である浅野内匠頭が参勤交代の際に江戸の持ち込んだものと言われ、江戸でも手に入るようになった(諸説あり)。

 ちなみに、浅野内匠頭と言えば忠臣蔵だが、この時はまだ吉良に切りかかる前であった。


 酒は一度お銚子に移してから呑む。徳利はあくまで持ち運び用の器だ。

「そういえば九尾よ、あれ以来、茶太郎はどうしている?」

 白沢が九尾の盃に酒を注ぎながら聞く。

 茶太郎とは以前子供のかどわかし、つまり誘拐騒ぎにあった三津屋というちりめん問屋が飼っている犬だ。この頃は犬の種類など明確ではなかったが、茶太郎の姿かたちから推測するに柴犬であろう。

 この犬はもともとかしこい上に、子供に化けるため、一時的に九尾の狐の尻尾を体に付けていたので少しばかりの霊力が宿り、今は人の言葉を完全に理解できるほどの知能を持つようになった。

 とはいえ、もちろん人の言葉はあごの構造上喋ることはできないので、この犬の話を聞けるのは、白沢や九尾の狐のような霊獣たちだけである。


「ああ、たまにうちにも来るが元気そうだ。人間の言葉がわかるようになって、困ることもあるようだがな」

 今度は九尾の狐が白沢の盃に酒を入れながら答える。

 盃を満たした酒は江戸で古くから醸造している清酒だ。淡麗辛口で香りがよく、だいぶ暖かくなってきた春の夜に飲むのにぴったりの酒だ。

 九尾の狐は舌が肥えているうえに酒好きなので、いつも良い酒を持ってくる。


「というと?」

「簡単に言うと、やかましいという事かな、町中を歩いているだけでいろんな人間の不平不満が聞こえてくるし、一休みして寝ようとしてもつい人間が噂話などしていると聞き耳を立ててしまうそうだ」

「それは中々難儀だな、以前はただの雑音だったのが意味のある内容になってしまったという事か、そうでなくても犬は耳がよいからな」


 二人の盃にはもう酒はない、二杯目からはそれぞれ手酌で盃を満たした。

「そういえば、茶太郎が最近巷で流行っている芝居があると言っていたな。

「芝居と言うと歌舞伎か?」

「そのようだ」

 お舞は饅頭を食べながら二人の話を聞くともなく聞いていたが、ここで声をあげた。

「親父から聞いたことがある。江戸で流行っておるらしいの、わらわも一度見てみたいと白沢殿に行っておるのじゃが、一向に連れて行ってくれん」

 そう言ってお舞は白沢を不満げに見る。

「そうでなくてもたまの休みは、寝られるだけ寝て、起きたら蕎麦でも食いに行くくらいにしたいのに、しょっちゅう親分が頼みごとをしに来るからな。そんな暇なかったでしょう」

 白沢はため息交じりに言う。


「それは、診療所とか蕎麦屋とか、親分が想像つくようなところにいるから見つかるんじゃろう。たまには違う所に行けば捕まらんのじゃないか?」

 九尾の狐が言う。

 出かけるのがしんどいから、家や近場にしか行かないのに、休むために出かけるってなんか矛盾してない? と白沢は思ったが、そういわれれば一理あるかもしれないとも思った。

 親分に捕まって一日棒に振るよりはよさそうだ。

「わかりましたよ。明後日の休診日に行ってみましょう。

 白沢の言葉に満面の笑みを浮かべるお舞。

「ほお、こうしてみるとお舞殿もなかなかの美形じゃな」

 九尾の狐がお舞の顔をまじまじと見る。

「無礼な、どっからどうみても見ても、わらわは美形じゃ」

 お舞が鼻息を荒くして言う。


「お主も行くか?」

 白沢が九尾の狐に言うと、

「そうじゃな、芝居も久し振りじゃ。五十年前に観た時はまだまだ見られたものではなかったが、あれからどうなったか楽しみであるな」

 九尾の狐も乗り気である。

「では、ゆこう」

「ゆこう」

 そういうことになった。

   続く

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