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第二十話 夢の中の記憶【結の章】

挿絵(By みてみん)


「心優しい宇吉と違って、俺は気が短く喧嘩ばかり、いつも上の者に怒られていた。そんな俺を宇吉はいつも優しく助けてくれ、いつしか俺も宇吉のような男になりたいと思う様になった。そして尊敬しながらも競い合い、一流の商人になることを互いに誓い合った仲だ」

「そんなことが……」

 佐吉は金蔵の顔を見ながら真剣に聞いている。

「そして、十年の修行ののち、宇吉は江戸に戻り家業を継ぎ、俺は福島の実家に帰っていた。その後もお互い文のやり取りをしながら、商売の状況などを情報交換していたがある時、子供が生まれたというめでたい話を聞いた。それが佐助だ」

 金蔵は優しい目で佐吉を見る。


「しかし、それからひと月後、妻の調子が悪く看病に専念しているとの便りの後、連絡が途絶えたから心配になって、店を弟に任せて江戸に行ったのだ」

 続きを話そうとする金蔵の目に怒りが宿る。

「宇吉の店に行った時には店の名前も変わっていて、見知らぬ男が主人だと言って出てきた。宇吉やその家族の事を聞いても知らぬ存ぜぬだったが、近所の店や家で聞いた話で、あの番頭が宇吉の人の良さに付け込んで、店を乗っ取ったことが分かった」


 その後は親分が話していた内容と同じだった。

 金蔵は直ぐに福島に戻って、店を弟に譲る代わりに今ある反物や着物の半分をもらい受け、全部江戸に持ってきて、その店の前で破格の値段で売り出した。

 当然、元番頭の店は対抗することが出来ず立ち行かなくなった。その後金蔵は元番頭以外の従業員をすべて受け入れる条件で店を買い取った。


「その後、店を宇吉に返そうと、江戸中の店を探し回ったが宇吉は見つからなかった。見つからないはずだ、あんな河原の掘っ立て小屋に住んでいるなど誰が思うものか」

 金蔵の目に涙が浮かんでいる。

「なんで宇吉がそこにいることが分かったんだ?」

 親分が聞く。

「少し江戸の外れに用があって、その帰り道に橋の上から河原にあった小屋が燃えているのが見えたんだ……」

 金蔵は言葉を詰まらせる。

「そしてその小屋の中にいたのが宇吉と佐吉だった」

 ここまで言うと金蔵はしばらく黙り込んだ。

「……ここから先が、佐吉、お前は見ていた夢の続きだ、俺はそれをお前に見せたくなかった」


「そこで出てきたのが和尚、いや獏というわけですね」

 白沢が獏を見ながら言う。獏は小さくなっている。

「そう、金を払えば悪夢を食ってくれるといううわさを聞いて、あの寺に行ったんだ。宇吉の亡骸も今はそこに眠っている」

「まったく、悪夢を食べるというと聞こえはいいが、それは記憶の一部を食べるのと同じことで、脳に負担がかかって、気の病になる者もいる。しかもそれを金目当てでやっている奴(=獏)がいるというので、昔懲らしめたやったんだ。結局、江戸にある破れ寺を再建して真面目に生きていくというから江戸に残ることを許してやったのに、まだそんな小遣い稼ぎをしていたとはね」


 白沢がさらにきつい目線で獏を見る。

 獏はますます小さくなる。

「でも私の夢のことはどうして……?」

 佐吉が金蔵に聞く。

「佐吉が寝言で火事のこと喋っているのを他の使用人が聞いていたんだ、心配して私に知らせてくれた。お前を心配してのことだから教えてくれた奴を悪く思うなよ」

「そうでしたか、寝言でまで私は……」

「そこから先は佐吉さん次第だ、金蔵さんもおおよそのことはわかっているだろうが、自分の目で確かめた方が真実がわかると思う。佐吉さんにとっては最もつらいことかもしれないが、どうするかね?」

 白沢の言葉に佐吉は暫く目を閉じて考えていたが、意を決し、

「お願いします」

 と言った。


「と言うことだ和尚、いや獏! 喰った夢を返すんだ」

「え! 喰らっちまったからもう無理ですよ!」

 和尚は目を丸くして白沢を見返した。

「とぼけるなよ、ひと月程度前に喰らった夢なら元に戻せるだろう?」

 和尚は渋々と言った感じで、手を口の中に突っ込んだ。そうすると、深紫色の球が手の中に現れた。

「じゃあ、佐吉さんちょっと寝ておくんなさい。寝ているときにしか夢は喰らったり戻したりできませんので」

 と和尚が言う。

「え、寝るって言ってもこんなに大勢の人がいる中ですぐには寝られませんよ」

 佐吉がそう言うと、お舞が、

「いいから、わらわに任せるのじゃ」

 そう言ってお舞は佐吉を横に寝かせ、子守唄を歌い始めた。これは山の神に伝わる気を静める歌らしい。

 ほどなくして、佐吉は眠りについた。

 ……


 ——そして火事の日の夢の中

 その日は夜も更け、床に就く前であった。

「すまないな、佐吉、今日も川魚一匹しか食わせることが出来なかった。ゴホッ、ゴホッツ」

 宇吉は手を口元にあててせき込んだ。

「いいんだよ、それより父上こそ大丈夫?」

 心配そうに父親を見る五歳の佐吉。

「私は大丈夫だ、今日はもう寝なさい」

 そう言って佐吉を安い板を敷き詰めた床の上のせんべい布団に寝かせた。


 宇吉は手のひらに握り締めた、口から出た血をみながら一人考えていた。

「私も妻と同じ結核に違いない、このまま佐吉と住んでいても結核をうつしてしまうし、私が死んだらこの子は飢え死にしてしまう……、やはりこれしかないのか……」

 宇吉は意を決したようにろうそくの火を眺めていた。妻の死、番頭の裏切り、ひもじさに加え自身の病気、そして子供のゆくすえ、すべてが宇吉の心をむしばんでいた。

 宇吉はうつろな目でろうそくを握り締め、部屋の隅にあったむしろに火を放った。


「ごめんよ佐吉、ごめんよ」

 念仏を唱えるように子供の名前を呼ぶ宇吉。

 火の手が小屋全体に回るころ、佐吉も目覚めて異変に気が付いた。

 佐吉は飛び起きて叫ぶ。

「父上! 父上! 火事です早く外へ!」

 しかし宇吉は佐吉に謝りながら、その場を動かぬばかりである。

 そこへ——


「おい、誰かいるのか? 誰か?」

 小屋の戸を蹴破って一人の男が入ってきた。

 金蔵である。

「お、お前は金蔵?」

 宇吉は急に目が覚めたように、宇吉を見つめる。

「宇吉? お前宇吉か? なんでこんなところに? いや話はあとだ、早く逃げるぞ」

 そう言う金蔵の手を宇吉は払いのけた。

「わしはどのみち結核でもう長くない。でもこの子を巻きぞいにするなど、なんという事を! わしが間違っていた。この子だけは、この子だけは助けておくれ! 頼む金蔵!」

 そう言われ金蔵はとっさに佐吉を抱きかかえ外に出た。

 その後もう一度宇吉を助けに小屋に入ろうとしたが、その瞬間小屋は崩れ落ちてどうしようもない状態になっていた。

「なぜだ! なぜだ宇吉!」

 地面に頭を付けて叫ぶ金蔵の横で、佐吉は目の前で起きたことが処理しきれず呆然と立ち尽くして「ちちうえ……ちちうえ……」

 とつぶやいていた。


 ……

 しばらくして、目が覚めた佐吉はさめざめと涙を流していたが、やがて気を落ち着かせ、夢で見たことの顛末を皆に話した。


「親分さんは金蔵さんが佐吉さんを助けたこと知ってたんですね?」

 白沢が言うと親分は気まずそうに理由を説明した。

「ああ、確かに俺が金蔵さんから佐吉を託された。でもその時は金蔵さんから『ろうそくの灯がたまたま倒れて出火したのだろう』というふうに説明されたんだ。そしておそらく火事の衝撃でしばらく放心しているだろうから、落ちついたらうちの店で雇うって言われたんだ。佐吉には他に引き取り手がないってことにして預けたんだが、それも金蔵さんの意向でな」


「そうして今に至るというわけですか?」

 白沢が今度は金蔵に問うと。

「そういう事になる。そしてこの店はいずれ佐吉が元服した時に返そうと思っていたんだ。だから佐吉には呉服屋の主人として独り立ちできるように、人一倍規模しく指導していたと思う。佐吉お前はもう一人前だ。宇吉の代わりにこの店をもらってくれるか?」

「大旦那様そんな……もったいない。大旦那様は父上が一時の気の迷いにしろ、私と一緒に心中しようとしたことを、思い出させないために夢を和尚、いや獏殿に喰わらせたんですね……」

 佐吉は涙を流しながら金蔵の目をじっと見て言う。


「大旦那様、お気持ちはうれしいのですが、私はまだまだ半人前です。いずれのれん分けをしていただくつもりで頑張りますが、引き続きご指導いただけませんでしょうか」

 佐吉は畳に両手と額をついて深々と金蔵に頭を下げた。

「佐吉……」

 金蔵は大粒の涙を流しながら佐吉を抱きしめていた。

 それを見ていた親分も鼻水と垂らしながら泣いている。


 そんな人間たちの姿を人ならざる者たちが静かに見守っていた。



 続く

初の四部作終了です。いかがでしたでしょうか?

また次のお話まで少しお時間を頂きますが、次話をお楽しみに。

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