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第二話 薬泥棒(後編)

挿絵(By みてみん)

 翌日、白沢は早朝から各所に往診に出かけ、診療所を早仕舞いした後、明るいうちに江戸の外れの農村に向かっていた。村へと向かうあぜ道にはまだかすかな犯人の匂いとオーラが残っている。

 村へ向かう道の途中には森もあり凶暴な熊や猪なども住んでいるが、白沢が通る道にはいずれも出てこない。皆白沢の気配を感じ取って森の奥に逃げているのだ。

 いくら森では最強を誇っていても神獣である白沢とは格が違い過ぎる。さながらコウロギが獅子と戦うようなもので、そんな愚かな真似をする獣はいない。格の差に気が付かないのはもう野生の本能が無くなったにぶい人間くらいだろう。

「さて、このあたりか」

 白沢はある村人の家の前で立ち止まった。

 白沢が扉越しに声をかけようとしたその時、扉がゆっくりと開いた。

 扉の向こうにいたのは、白沢を前に緊張で震える若い男と、奥で臥せっている老夫婦とみられる男女であった。


 ——その次の日

「親分、下手人を捕らえて来ました」

「えっ?」

 岡場所にいる親分の元に小柄な猿のような男を連れた白沢の姿があった」

「親分はもう一度『えっ!』と驚き、白沢と連れている猿のような小男を交互に見た。白沢の手に盗まれた高麗人参が握られている。

「こりゃ驚いた、二日と待たずもう見つけてしまうなんて! しかもあんないい加減な証言だけで見つかったんですか? 毎度のことながら白沢先生には驚かされます」

 小男は両手を縛られてあきらめているようで、

「金のために盗んだけど、どこに売っていいかわからなかった」

 と言って、おとなしく盗んだ高麗人参を返しお縄についたそうだ。


 下手人を牢屋に連れて行くよう奉行所の人間に依頼した後、親分は不思議そうに白沢に話しかける。

「ほんとに猿のような小男だったんですね。あの番頭の言うこともまんざら間違ってなかったということですかね?」

「ま、そうみたいだね。あとのことは北町奉行所に任せたからね」

 白沢は淡々と言って診療所へと帰って行った。


 ——またその次の日

 親分が慌てて診療所に飛び込んできた。

「おや親分どうしました。もう事件は解決したでしょう?」

 親分は息を切らして青い顔をしながら診療所の椅子に腰かける。

「ちょっと、その椅子患者さん用なんですけどね」

「それどころじゃないんだ! ……いや、大きな声でいう事じゃないな、ここだけの話、昨日捕まえた下手人が病死したんだ」

「下手人が?」

「そう、奉行所近くの医師は見た所では病死なんだが、北町奉行所では罪人が死んだ場合、白沢先生の所で検死してもらう決まりになっているので知らせに来たんだ。今から運んでくるけど」

「そうか、わかった」

 その後白沢は運ばれてきた男の検死を行い、やはり心の臓に病の疑いありと言うことで病死ということになった」

「せっかく見つけてもらったのにこんなことになっちまって」

 親分は肩を落とすが、白沢は淡々と検死を終わして、報告書を親分に渡した。

「この男は身寄りもないようだから、私の方で知り合いの寺にお願いして弔ってもらうよ」

 そう言って、白沢は奉行所の人間に言って男を奥に運ばせた。

「すまねえ、よろしく頼む、詳しいことは今日詮議する予定で、結局どこの誰かもわからなかったんでな、助かるよ」

 親分はそう言って、また日本橋の方へと戻って行った。


 ——親分が去ってしばらくして、

「もう起きていいよ」

 白沢が言うと、男が目をゆっくり開けむくりと起き上がった。

「白沢様ありがとうございます」

「なに、あんな店の為に罪に問われるなんてばかばかしいからね、それよりおまえさん死人にまで化けられるなんて、大したもんだね」

「へへ、わっちの唯一の特技ですから。心臓の音を止めるくらい簡単なもんです。しかし、白沢様は最初から犯人が化けタヌキ、つまり私だとわかってらっしゃったんですか?」

「あんな特殊な匂いや気配を残していけばいやでもわかるさ、少なくとも百年は生きてる妖の匂いだ。見つけるのは簡単だけど、動機が分からなかったからね」


 ——事件の起きる七日前の事

「旦那様、奥様、しっかりして下さい。罠にかかったところを助けていただいたこの化けタヌキの本吉ぽんきちよりもお二人が先に亡くなるなんて、そんなことがあってはいけません」

 江戸の外れの村の家の中で男が床に臥せった老夫婦に語りかけていた。

「おまえさん、いつまでもそんな昔の恩を気にして、わしらの世話をしなくていいんだよ。わしらのことはいいからもう山にお帰り」

「そんなこと言わないでください。猟師の罠にかかったところを助けてもらっただけでなく、人間に化けて恩返しに来たわっちを五年も家族のように扱ってくれたじゃないですか」

「ああ、そうだったね。本吉なんて名前まで付けて、おかげで家が明るくなったよ」

 夫の言葉に妻もフフッと笑う。

「そんな旦那様と奥様を見捨てるわけにはいきません、江戸の町で働いて薬を買ってきますんで、それまで待っててください」

 化けタヌキの本吉はそうして江戸の町に出た。


 本吉は屈強な若い男の姿に化け江戸の町に出て寄せ場で五日ほど船の荷降ろしをして金を貯めた。そして、黒丸屋に滋養強壮に効くという高麗人参を買いに行ったのだ。

 最初、店の番頭が「そんなはした金で高麗人参は買えない」と突っぱねたが、奥から店主が出てきてこう言った。

「なにか事情がおありの様だから、今日だけ特別に売ってあげよう」

 本吉は喜んで持っていた有り金全て渡し、高麗人参を一本だけ手に入れ、村へと戻った、しかし老夫婦を心配して本吉に声をかけてきた村長に買ってきた高麗人参を見せると、村長の顔が曇った。

「これはただの痩せた人参だな。高麗人参の粉を少しだけすり込んで匂いを付けてるんだ。なんて質の悪いことをする奴がいるもんだ」

 と言われ、騙されたことに気が付いた。店主は親切めかして人参を売ったが、わずかな金でも設け損ねるのが嫌で偽物のクズ人参を売りつけたのだ。

 直ぐに黒丸屋に戻って文句を言ったが、逆に「言いがかりをつけるな、お前みたいな素人に何がわかる」と追い出され、怒った本吉は黒丸屋に忍び込んで高麗人参を盗むことを計画し、その通り実行したのだ。


 この化けタヌキの本吉は小さなねずみから大男まで自在に化けることが出来た。あの日は昼間の内に店の者に化けて屋敷の中を下調べし、鍵の場所も確認していた。

 そして夜になって今度はネズミに化け、母屋から鍵を盗んで蔵を開けたのだ。その後、人間に姿になって蔵で高麗人参を物色していたが人の気配、つまり番頭の足音にびっくりしてタヌキの姿に戻ってしまった。

 番頭が見たのは本吉がタヌキの姿のままで高麗人参を咥えて逃げる姿であり、番頭がそれを猿のようだと表現したのだ。やっぱり自己申告通り番頭の目は悪いらしいが、せっかくなので証言通り猿のような小男の姿に化けて捕まってもらったのだ。

 あとは、牢屋の中で死んだふりをして、白沢先生のお墨付きをもらえば犯人死亡で事件は終了という筋書きどおりに事は運んだという訳だった。

 また、村にいる老夫婦は白沢が直接往診し治療を行い、長崎屋で仕入れた滋養強壮に効く薬膳食材をたくさん置いていったので、老夫婦は一週間ほどで農作業が出来るまでに回復したそうだ。


 さて、一方黒丸屋はどうなったかと言うことだが、白沢が犯人から取り返したとして持ってきた高麗人参は最初に黒丸屋が本吉に売った例の偽高麗人参だった。

 偽物の高麗人参に白沢が目くらましの術をかけ、数日だけ本物の高麗人参に見えるように細工をして黒丸屋にもわからないようにして渡したのだ。本物はすでに老夫婦に薬として与えてある。

 偽物の高麗人参はやがて黒丸屋から幕府の家老に渡ったが、ちょうどその時目くらましが切れて偽物であることが判明したため、怒った家老はこれまでの薬も偽物だったと思いこみ怒り心頭。黒丸屋はお取りつぶしになったそうだ。

 親分はたいそう驚いて、白沢にそれを知らせに来ていたが、白沢は一言

「あ、そう」

 とだけ答えたが口の右端が少しだけ上がっていた。


                                           続く


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