第十八話 夢の中の記憶【承の章】
「なんだって?」
親分がすっとんきょうな声を出す。
「お前そんなこと俺には一言も」
「すみません、お世話していただいた親分には言いにくくて」
そんな二人を見ながら白沢が聞く。
「佐吉さんは今の主人が火付けの犯人かもしれないと思っているのかい?」
「そんなことは思いたくないんですが、今のお店で私は少し他の奉公人よりも熱心に商売を教えていただいているような気がするのです。もし、あの日火をつけたのが大旦那様で、その罪滅ぼしに私によくして頂いているのではないかと、そんなことを考えてしまう自分が嫌で、あの日の記憶をはっきりさせたくて」
親分がふーっと息を吐いて、心を落ち着かしてから話をする。
「しかし、十年前と言うとすでに主人があの店を買い取って、大店になっているころだ。そんな男が何のために?」
佐吉はうつむいて、
「わかりません」
と小さな声を絞りだす。
「私の考え違いならそれでよいのです。私も大旦那様を信じたいですし、もし火付けをしたのが大旦様だとしても今さら仇を討とうなどと思っていません」
「過去の自分にけじめをつけたいのじゃな」
それまで、黙って聞いていたお舞が口を開いた。
「そうかもしれません、全く忘れていたのであれば仕方ないのですが、断片的にでも思い出してしまった以上はっきりさせたいのです」
白沢は腕組みをしながらその会話を聞いていたが、親分と佐吉の方を見て言った。
「お話は分かりました。お話を聞いて少し気になることがあるので一旦、お時間を頂けますか? また確認したいことがあればご連絡いたしますが、佐吉さんのお店の名前は何というお店ですか?」
「白沢先生、ありがとうございます。私のお店は川越屋です。奉公人としては普段店を抜けることは難しいので、御用があるときは親分さんにお声がけください。親分さんは私の貢献をしてくださった方ですので、大旦那様も怪しみません」
「そうさな、佐吉ももうすぐ元服か、良く頑張ったな」
親分がしみじみという。この人情深さが親分唯一の長所なのだ。
「じゃ、白沢先生よろしくたのむよ」
親分はそういい残し、佐吉を連れて帰って行った。
白沢は親分たちを見送ると、
「夢ねえ……」
とつぶやいた。
その日の川越屋の商売は月に数回ある安売り日でたいそう繁盛していた。
この川越屋は定期的に安売り、今でいうセールを行っている。
安く売る代わりに当時当たり前であった、つけ払いや分割払いをせず、現金一括払いで行うことで、つけ払いの回収業務を減らしたり、現金収入を確保することで商売を成り立たせていた。セール以外の日も良心的な価格なので薄利多売の商売であった。
使用人たちにはいつも口酸っぱく言っている言葉がふたつある。
「商売は客の足元を見るな、自分の足元を見て商売しろ」
「いい考えも時を間違えたら愚策になる。いつやるかを考えろ」
そんな忙しい日の夕暮れ、川越屋の主人、金蔵は番頭に店を任して、外出するようであった。供もつけずに出歩くのは大店の主人としては珍しいことだが、金蔵が個人的な用事で出かける時はいつも一人であった。
不用心のようにも思えるが金蔵は普段金をあまり持ち歩かないし、吉原で豪遊したりもしない。
服装も大店の主人としては控えめで名前に似合わぬ格好をしている。
本人曰く、「いい服はお客様の為に取っておく」との事だったが、周囲の者は「ただケチなだけだろう」と、陰口をたたいていた。
まれに勘違いしたもの取りに襲われることがあったそうだが、あっという間にねじ伏せて、番所に突き出したそうだ。
そんな噂もあって、今や誰も金蔵を襲おうとはしない。
金蔵は歩きながら考え事をしていた。最近妙に親分が佐助の様子を見に来たと言って訪ねてくる。
親分は金蔵の後見人なので、会いに来るのはおかしなことではないが、佐助を預かってもう十年。ここ数年は一年に数回来る程度であった。
しかし、この数か月は頻繁に来るようになり、なにやら佐吉と話し込んでいて先日は、ちょっと体調が悪いようなので診療所に連れて行ってくると言って店から連れ出したこともあった。
なにやらきな臭いなと思いながら歩いて到着したのは、町中から少し離れた所にあるお寺の墓地であった。
金蔵はそこである墓石の前で立ち止まり、途中で買い求めた花を供え、線香に火をつけ手を合わせた。
墓石はそれなりに立派なもので、定期的に掃除されていると見え、墓の敷地内の雑草も綺麗に抜かれていた。
墓参りを終えた金蔵はお寺の本堂に向かう。
「これは金蔵さん、よくお参りになられました」
本堂の奥で仏具を手入れをしていた住職が金蔵に気が付いて、近くまで歩いてきた。
「お世話になっております」
金蔵が頭を深く下げる。
しばらく世間話をした後、金蔵が少し暗い顔で和尚に聞いた。
「ところで和尚、例の件は問題なかったんでしょうな?」
和尚は意外そうな顔をした。
「例の夢の話でしょう? 間違いなく喰らったはずですが、なにかありましたかな?」
「いや、思い出してはいないようなのですが、なにか釈然としていないようで、日本橋の親分に相談しているようなんです」
和尚はあごに手を当てて考えていたが、
「元々あったものが無くなったので、なにか違和感がるのかもしれませんが、自力で夢を、つまり記憶を取り戻すことはありえませんよ」
と言った。
「そうですか……」
金蔵はまだ不安そうな表情を浮かべているが、和尚は続けて言う。
「大丈夫ですよ。佐吉さんもそろそろ元服でしょう? そちらの話を進めていれば本人も忙しくなりそれどころではなくなるでしょう」
「わかりました、これ以上は心配しても仕方がありませんね」
金蔵は和尚に頭を下げ、小さなきんちゃく袋を渡して帰った。
和尚は金蔵が去った後、きんちゃく袋の中身を確認し、本堂の奥に引っ込もうとしたとき、金蔵と入れ替わりに別の男達が寺を訪ねてきた。
和尚はその男に見覚えがあった、連れの長身の男は知らないが、一人は白沢であった。
「これは生臭和尚、いや獏殿、商売はうまく行ってますかな?」
白沢が和尚にかける声にはとげがあった。
「これは白沢殿、商売とは何のことですかな? あれ以来拙僧はこの寺の住職として修行に励み……」
「これが日本の獏か、俺の国とはちょっと違うようやな」
和尚の話を遮って話に入って来たのは麒麟だ。白沢が獏に会いに行くと聞いて興味本位で着いてきていた。今和尚は人間の姿をしているが神獣である麒麟にはその本性が見えている。
獏は鼻はゾウ、目はサイ、尾は牛、足はトラと言うふうに書物では表現されているが、全体的にみると大アリクイのようにも見える。
麒麟が大陸の獏と違うと感じたのは大きさが少し小さいと感じたからのようだ。
「こ、こちらは?」
和尚はあわてた顔で麒麟を見る。
「わしは大陸から来た麒麟や、よろしゅうな」
「は、はじめまして、拙僧はこの寺の住職でござす」
「『ござす』とかゆうてるやん。そうとうあせっとんな」
白沢は和尚の手からさっときんちゃくを奪い取り、中身を見てため息をつく。
「この金子は金蔵さんからもらったものですね?」
「そ、それは、この寺に金蔵さんの近親者が眠られているのでその供養代として……」
和尚は目を背けて言い訳を始める。
「じゃあ、なにを『間違いなく喰らった』か教えてもらえるかな?」
すべてを見られていたと理解した和尚こと獏は観念してその場にしゃがみこんだ。
転の章に続く




