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第十七話 夢の中の記憶【起の章】

久々の更新はまさか(?)の四部作です。四夜連続の連載となりますのでよろしくお願いします!

挿絵(By みてみん)


 本日は休診日。季節は冬から春に移り変わろうとしており、診療所の裏には春の気配が漂っていた。

 診療所の裏庭は基本的には何もしておらず、季節の草花も勝手に生えてくるものばかりだが、季節ごとにその表情は変わり、今はタンポポが所々に咲きかけている。

 タンポポは毎年のことだが、今年は小さな紫の花もある。おそらくはカラスノエンドウであるが、どこからか種が飛んできたのだろう。


 また一つ春の色どりが増えた裏庭を白沢は縁側でぼんやりと眺めている。

 お舞も座敷で横になって寝息を立てている。春眠暁を覚えずと言う奴だ。

 また少し大人びた顔になったお舞の寝顔を見てほっこりする白沢。最近は患者達にも「きれいになったね」と言われ上機嫌で仕事をしている。

 そんな平和な診療所にまた客人がやって来た。


「白沢先生いるかい?」

 日本橋の親分の声が診療所の入り口の方から聞こえる。

「やれやれ、また何か無くしたかね。今度は財布でも落としなさったか」

 白沢がため息をつきながら診療所の入り口に歩いていくと、その足音でお舞も目を覚ました。


「ああ、白沢先生いたかね、良かった」

 入口に立っていた親分の横には十四、五歳ほどの男の子が立っていた。

 この時代の元服は十五歳なので、男の子と言うのが適切かどうかわからないが、現代の人間から見るとまだ幼さの見える少年と言った印象を持つだろう。

 服装はどこかのお店の使用人のような恰好をしていた。藍色の着物は高いものではないが、きれいにしつらえられた良質な着物の様であった。


「その方は?」

 白沢が聞くと親分は次のように話した。

 この男の子は名を佐吉といい、幼いころに母を病気で亡くし、十年前には父親も火事で亡くしている。親分はその火事の折、この残った子供の世話をしていて、火事からしばらくしてからある呉服屋の大店に使用人として預けることになった。

 その呉服問屋の主人はかつて同業の呉服屋の目の前に露店を構えて、毎日のように大安売りをし、ついには目の前の呉服屋を立ち行かなくして、その店を二束三文で買い取った。といういわくつきの主人がいる店であったが、他にこの孤児を引き取ってくれるような店はなく、佐吉はこの店の丁稚として働くこととなったそうだ。


 それから約十年、佐吉は必死で努力し、今は手代の中でも番頭補佐もしており、いずれのれん分けした支店を任されるのではないかとも言われている。

 店の主人は商売事には厳しく、使用人にもかなりきつく指導をしていたが成果を出したものは奉公年数が短くても重用して出世させた。

 その成果主義故、いくら後輩に抜かれても文句を言うものはいない。全ての成果は数値化されていて、主人自ら使用人一人一人に説明しているからだ。

 佐吉も働きぶりが認められてのスピード出世であった。佐吉もこの店の主人には感謝の念があった。


「結構なことじゃないですか」

 白沢は話を一通り聞いた後、茶をひとすすりしてから言った。

 その横で眠い目をこすりながら聞いていたお舞も同調してうなずいた。

「そうなんだが、頼み事はここからなんだ。探しものと言うよりは、白沢先生の医者としての腕を見込んでの事なんだが……」


「ここからは私がお話します」

 佐吉は白沢に丁寧にお辞儀をしてから、話を始めた。

「私は実は父親が死んだ火事の日の事を覚えておりませんで、親分が言うには火事の恐怖で忘れてしまったんじゃないかと言われて、それきりだったんですが、ここ半年くらいその火事の日の事を夢に見るようになってまして」

「夢に?」

「ええ、はっきりではなく断片的に少しずつ火事の日の朝の出来事から夢の中で思い出すようになってきていたんですが、この一月ほどは火事になる少し前の時間で止まってしまい、気が付いたら私だけ家から出ていて父親はそのまま家の中で亡くなりました。家って言っても河原に立てた掘っ立て小屋ですが、家は貧乏だったんで」


 佐吉は恥ずかしそうにうつむく。

 親分が佐吉の家族について補足してくれる。

「こいつの家は元々は呉服屋で、ちょうど今奉公している店があったところなんだ。当時は今ほど大店ではなかったが、それでもそれなりに繁盛していた店だ。しかし、この子を産んですぐ母親が病気で寝込んでしまい、父親が看病で店をあけている間に、番頭が店を乗っ取っまった」

「はて? しかしその店は」

 白沢が首をひねる。


「そう! 店を乗っ取ったのもつかの間その二年後には今の奉公先の主人がその店をつぶしちまって、こいつの父親を裏切った番頭も路頭に迷うことになったのさ。さらにその後この番頭は食いに困って色々せこい悪事を働いて、とうとう江戸を所払いになったそうだ」

「なんとまあ、因果なお話ですね。父親を裏切った番頭の店をつぶした主人の店に奉公に入るなんて」

 親分は右手で膝をポンと叩き、

「まったくよ、もっともこいつには父親が店を奪われた後に立てた河原の掘っ立て小屋に住んでいた記憶しかないだろうがね」

 と言った。それを聞いた佐吉が言葉を継ぐ。

「ええ、私はものごごろついたころから河原に住んでいたので、元の家は覚えていませんし、大旦那様にも感謝こそすれ、悪い感情などは持っていません」


 白沢は改めて佐吉の方を見て尋ねる。

「それで、私へのお願いと言うのは?」

「西洋医学の先生に聞いたのですが、記憶と言うのは頭の中の脳みその中にあって、消して消えぬものだと。夢に見たのは脳みその奥にしまい込んだ記憶が夢の中に現れているのだと考えられると、だから医学的な方法で記憶を鮮明にすることが出来ないかと思いまして」


 そこへ親分がしゃしゃり出て、

「白沢先生よ、茗荷を食べると物忘れがひどくなるとか言うじゃねえか? 逆に昔のことを思いだすような、食べ物や薬はないものかね?」

 と言った。

 白沢は口をへの字に曲げて、冷めた目で親分を見ると、

「まず、茗荷を食べると物忘れするなんて言うのは迷信です。刺激が強い食べ物なので、その刺激で忘れてしまうんじゃないか? というところから来てるんじゃないですかね、もちろん昔のことを思い出す食べ物なんてものもありません」

「そうかい」

 親分は少し恥ずかしそうに首を引っ込める。

 それを見たお舞も真似をして首を引っ込めて見せる。

 そんなお舞を目でけん制してから白沢は話を続ける。


「基本的にはその西洋医学の先生の言った通りで、記憶と言うものは脳みそのどこかには残っているものです。思い出せない記憶と言うのは引き出しの奥の奥にしまわれているような感じですね、それを眠っている間に夢として見る可能性はあります」

「引き出しの奥の奥……」

 佐吉がつぶやく。


「例えば、当時の事を私が色々と質問して、答えていただくうちにその日の記憶がよみがえるということはありますが、本人が思い出しなくないと思っていたら難しいかもしれません。佐吉さんはその日のことをどうして思い出したいのですか?」

 佐吉は白沢の目を見て言う。

「実は気になることがあるんです。火事とはいえ、河原の掘っ立て小屋ですから飛び出して川に飛び込むことはそう難しいことじゃかなったのではないかと、それに……」

「それに?」

「夢の中でぼんやり聞こえた声に聞き覚えが、一人は父上の声、もう一人は……大旦那様の声ではなかったかと」


 承の章に続く


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