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第十六話 麒麟が来る(後編)

挿絵(By みてみん)


 歳の頃は四十代後半くらいだろうか、出迎えた主人は非常に柔らかな印象で、今から体中の骨をボキボキされるとは思えない人物だった。

「これは大岡様、昨日いらしゃったばかりですどこか不手際がありましたか?」

「いや、とんでもない。今日は客を連れてきたのだ」

 白沢が会釈する。

「そうでしたか。丁度客が途切れた所でして、早速施術させて頂きます」

「かたじけない」

 大岡は白沢の事を紹介し、家へと帰って行った。今日は妻に早く帰ると言って出掛けてのをすっかり忘れていたらしく、急いで家へ向かっていく。

 結婚って大変だなあと白沢は思いつつも、自分には無縁の話と思い早速施術に入ってもらった。


「本日はどのような状態ですか?」

「今日は歩き詰めで足が棒なんですが、日ごろの仕事で医者をしておりますので中腰になることも多く、腰がだいぶ張っています」

「お医者様ですか、結構な力仕事だと聞いておりますので、さぞかしお疲れでしょう。ちょっと診させていただきますね」

 そう言って整体師はうつぶせに寝転んだ白沢の体を上から下までさすっている。特に首骨の状態を気にしているようだ。


「白沢様と言えば神田にある有名な診療所のお医者様ですよね。さぞかし毎日忙しいでしょうし、頭を使うことも多いので、かなり首肩もこってらっしゃるようですが、それとは別に上から二番目の首の骨が少しずれているようですね、ちょっと失礼」

 整体師はそう言うと白沢の頭蓋骨を左右からぐっと絞めて、力を入れる。

「え、あ、ちょっと……」

 白沢が言い終わらない家に白沢の首を伸ばすように腕を引き上げた。

「○★※▽……」

 声にならない声が診療室に響いたかと思うと、整体師は逆に押し込むように腕を下げ白沢の首を抱え込んだ。

「xp:2139くrd90;h」

 ますます、声にならない声を出した白沢であったが、しばらくすると体が嘘のように軽くなってきた。


「これでいかがですか?」

 白沢は驚いた慢性的に痛かった腰が嘘のように軽くなった。

「いやあ驚いた。私の診療所にも首や肩の痛みを訴えてくる患者がいて、基本的には血行を良くするような薬と処方していたのですが、これなら根本的な治療が出来るかもしれませんね」

「ありがとうございます。でも白沢様の治療法も間違ってはいないので、よほど深刻に腰が曲がってしまったとかじゃなければいいんじゃないでしょうか」

「ありがとうございます、勉強になりました」

 白沢は心から感嘆し、礼を言った。万物の理を知る白沢がいつまでも知己者としているのはこういった新しい学びを素直に受け入れることが出来るからだ。

 白沢の実際の年齢からすると、赤子に教わるようなものだが、白沢はそんなことは気にしない。自分の知識を増やすためには余計なプライドは必要ないのだ。


「さて、後は下半身ですがこっちは筋肉の疲れなので、もみほぐしておきますね」

 ここに来る道中に忠助が話していた。「これから行くところは整体屋であるが按摩も上手で、日ごろの疲れが吹き飛ぶぞ」と。

 ちなみに江戸時代の按摩は基本的に視覚障害者が多かった。現代の日本でも按摩や針を目の見えない人が行うことは一般的だが、それは江戸時代からの歴史のある文化である。

 白沢はうつぶせのまま按摩を受ける、今さらの説明だが按摩とはマッサージの事である。


 整体師は足の裏からふくらはぎ、ふとももと順番に揉みこんでいく、肉の芯というか骨の際まで揉まれているようだ。指先が筋肉と筋肉の間にずっぽりと食い込んでいくが不思議と痛くない。

 指の力が不自然に強くないので筋肉もすんなり受け入れてくる。

「こんな按摩は初めてです。相当修行なさったんですね」

 白沢が問うと整体師は照れくさそうに「ありがとうございます」と礼を言った。

「こんな歳ですけどこの店を出したのは十年ほど前なんです。若いころは別の事をしていたので」

「別の事と言うと?」

「父親の稼業で陶芸をやっていたのですがどうにも才能が無くって」

 今日は陶芸に縁がある日だなと思いながら、按摩が気持ちよくなって白沢はうつらうつらとする。


「あんまり駄目なもんで、陶芸用の土を手でこねるのと陶器の修理しかやらせてもらえなくって、父親が亡くなった時工房をたたんで江戸に来たんですわ」

 急に出た上方の言葉に白沢がびくっと反応する。

 整体師はあわてて「痛かったですか?」と聞く。

「いやそうじゃないんですけど、先生は上方から来たんですか?」

「ああ、ずいぶん江戸も長いんですけどたまに出ちゃうんですよね。二十五までは京に居ました」

「京?」

「ええ、長年住んだところですが、陶芸家を継がないのに工房を残してもしょうがないので、父の知り合いに譲ったんです」


「あの、つかぬことを伺いますがその工房でつくられた作品に【亀】という銘ははいっていませんか?」

「いや、うちは代々作者個人の名前を銘として付けているんですが、父は虎衛門で銘は【虎】でしたし、祖父は鶴衛門で【鶴】でしたね」

「そうですか。すみません変なことを聞きまして」

 しかし整体師は、はたと按摩の手を止めた。

「まてよ、そう言えば曾祖父の名前が亀衛門だったような……私は直接会ったことはないですが気に入らない作品は自分で割っちゃうので残っている作品は数少ないそうです」

 白沢は顔だけを少し上げこう言った。

「すみません、実はご相談したいことがあるのですが」


 翌日朝早く仕事が始まる前に白沢と麒麟は整体屋に来ていた。

「すみません、朝早くから」

 白沢が頭を下げる。

「構いませんよ、工房時代の癖で今も朝は早いので」

「お前とえらい違いやな」

 麒麟がちゃちゃを入れる。

「おいおい、おぬしの為に今日は早起きしてきてるのだろうが」

「はいはい、ありがとうございます」

 麒麟は懐から包みを取り出し、三つに割れた茶碗を取り出した。

「ほう」

 整体師の目の色が変わった。

「これは素晴らしいですね。私は陶芸の才能はなかったけど、見る目はある方だと言われてまして」

 整体屋は割れた茶碗をしげしげと見ている。底の【亀】の字に気が付くとため息をついた。

「これほどの名品で【亀】の字が掘られているのですから、間違いなく曾祖父の作品でしょう」

「おお」

 白沢と麒麟は二人同時に喜びの声をあげる。

「しかしながら、昨日も言ったように曾祖父の作品で残っているものは極めて少なく、私も作品は持っていないのです」

「誰か持ち主はご存じないですか?」

「申し訳ございません、父の遺品の中も探したのですが」

「はあ、もうこの世にはないのかもしれんな」

 麒麟が大きなため息をつく。


 白沢はその横で少し考えて、整体屋に言う。

「この茶碗三つに割れてはいますが、底は割れていないし綺麗に割れているので、継げるのではないですか?」

 陶器を継ぐというのは漆を接着剤にして、補修することで割れ目は金粉を使って隠すことで直す前よりも趣が出ることもある。

「確かに私は修理の方はよくやっていましたが、二十年以上やってないので出来るかどうか……」

「そこをなんとか、よろしゅうお頼もうします、漆やら金粉やらはこっちで用意しますんで、作者の血を引くあなたならば素晴らしい出来になると思います」

 麒麟が両手を合わせ拝みながら嘆願する。

「曾祖父の作品をここまで大事にしてくださっているんだし、私も初めて曾祖父の作品が見られて感動しています。なんとかやらせてもらいましょう」

 そう言って整体師は茶碗を預かってくれた。


 ——十日後

「白沢さんお待たせいたしました」

 整体屋はそう言ってわざわざ昼休憩中の診療所まで来てくれた。

 白沢は直ぐに麒麟を呼び修復された茶碗を二人で見る。

 茶碗の継ぎ目は綺麗に金粉で飾られ、しっかり接着されており水も漏れない。

「これはありがたい、恩に切りますわ」

 麒麟は整体屋の手を両手握り締め礼を言う。


「いや私も久し振りに陶器の仕事に関われて楽しかったです。

 陶芸家時代の土こねで指の力が強くなり、今の整体の商売に役立ってますが、修理の腕がまた役立つとは思いませんでした」

「これほどの腕があるんやったら、これからもやりはったらよいのに」

 麒麟は茶碗を愛おしそうに撫でながら言う。

「そうですね、副業で陶器の修理も請け負おうかと思います。おかげさまで人生の楽しみが増えました」

「それはなにより」

 白沢も満足そうにうなずく。


「それにしても、先々々代が【亀】、先々代が【鶴】、先代が【虎】ですか、そう言えばまだ名前をお聞きしていませんでしたが、お点前の名前は何と言われるのですか?」

「申し遅れました、私は【直】衛門と申します」

 直すの直か……修理専門になったのは名前のせいではないかと、白沢は少し思った。

 名前という者には一種の呪いのようなものがかかることがあるのだ。


 その後、麒麟は直ぐに大陸に戻る……かと思いきや、江戸の暮らしが気に入った。というよりは江戸の蕎麦が気に入りすぎてもうしばらく江戸に住まうことにしたという。


 まあ、隣が空き家よりもいい。しばらくは賑やかになりそうだ。白沢はそう思った。

 

   続く 

いつも読んでくださる読者の方、今回も読んで頂き誠にありがとうございます。

別のコンテストの応募作にも取り掛かるので少し間はあきますが連載終了ではございません。

また次回をお楽しみに。

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