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第十五話 麒麟が来る(中編)

挿絵(By みてみん)


 麒麟が白沢の診療所の隣で開店した『貸本屋 麒麟堂』はよく繁盛していた。上方の色々な珍しい書籍を揃えていたこともあるが、白沢の診療を待つ間、ここで本を借りて近くの茶屋に行ったり、地面に座り込んで読むことで時間をつぶす患者が多かったのだ。


「これも計算の内かい?」と麒麟に聞いたが「まさか」と、とぼけるばかりである。

 麒麟は神獣なのに堺にいたせいか妙に商売慣れしている所がある。

 あと、麒麟は自分の事を麟太郎と呼べと言っていたが、結局どの患者さんも近所の人も『麒麟堂』という店の名前をとって「麒麟さん」と呼んでいるので、名乗っている麟太郎という人としての名前はほとんど意味をなさなかった。


 なので、白沢もお舞もそのまま麒麟と呼んでいる。麒麟としてはちょっと心外そうだがその方がややこしくなくてよいと白沢は思っている。

 ちなみに、今日も診療所は忙しかったが明日は久しぶりの休診日だ。

 たかが茶碗の事ではあるけど、わざわざ大陸から海を渡って来たわけだし本人にとってはよほど大事なのだろう。

 明日はちょっと知り合いをあたってみるか。白沢はそう思いながら診療所の店仕舞いをしている。


 一方お舞は近頃は診療所の手伝いが楽しくなってきたのか、飽きることなくちゃんと手伝っている。元々山に生えている薬草には明るかったが、それ以外の薬の種類もだいぶ覚えたようだ。そして、心なしか身長も少し伸びたようにも思われる。

 江戸の町に来てまだ数か月なので、普通はそんな急に成長することはあり得ないが、それは人間の話。

 山の神の娘のお舞はそもそも十四歳であるが、見た目はせいぜい十歳ほどであった。大人の女性としての魅力をみにつけるために今江戸に町にいるのだが、精神的に少し成長して見た目にも表れてきたのかもしれなかった。

 よく考えると小さな女の子が急に成長していったら、患者さんも驚くに違いない。怪しまれる前に山に帰さないといけないなと白沢は思っていた。

 そこへ、麒麟が現れる。


「聞いたで、明日はこの診療所は休診日らしいな」

 貸本屋には白沢が見ている患者も多く本を借りに来ているので色々と情報が入ってくるようだ。

「茶碗の件だろう? わかってるよ、明日は江戸の町で知り合いに当たってみるつもりだ」

 白沢はカルテを整理しながら返事をする。

「さすが白沢、頼りになるねえ。でもそれはそれとして別の話もあるんや」

「ん?」

 白沢が整理している手を止めて、麒麟の方を見た。

「蕎麦食いに行こう、例の店や」


 例の店と言うのは白沢がよく行く蕎麦屋の事だ。麒麟が引っ越した日に引っ越し蕎麦が食いたいというので案内した店なのだが、思いのほか麒麟はその店を気に入ったらしく、暇さえあれば茶碗そっちのけで食べに行っているようだ。

 本人は蕎麦を食べにくる客から情報収集するためだと言っているが、収集場所が偏り過ぎている。


「おぬしも好きだな。しょっちゅう食ってるだろうに」

「毎日でも食えるわ、上方はうどんばっかりで蕎麦はあんまりないし、たまにあっても美味しくないわ。でもあの店の蕎麦は最高やわ、あんな蕎麦屋が上方にもあったら流行ると思うんやけどな」

 東の蕎麦と西のうどんと言うのは江戸時代には既に明確になっていて、江戸の落語に「ときそば」と言う有名な噺があるが、これは上方では「ときうどん」となる。(どんな話か書き出すと長くなるので各自でスマホに聞いてみてください)


 この頃の本にもその文化の違いは書かれており、東の汁は醤油の味が濃く、西の汁は醤油の味が淡いことにも言及されている。

 それは美味しさの違いではなく東の汁は麺を浸して味をつけるためのもの、西の汁は飲むためのものと用途が違うと言うふうに書かれていて、関西生まれで東京にも九年近く住んでいた筆者的にも腑に落ちる理論であった。

 ともあれ、東であろうが西であろうがうまいものはうまいということで、麒麟も江戸のそばをたいそう気に入ったということである。


「まあどうせ昼餉は食べるからかまわんよ、明日の朝ゆっくり目に出よう」

「白沢殿はお寝坊さんじゃからのう」

 家の奥の薬庫で棚を整理していたお舞がやって来て言った。

「おお、お舞ちゃん。お舞ちゃんも蕎麦食いに行くか?」

 麒麟の言葉にお舞は首を振る。

「それって茶碗探しも手伝えってことじゃろう? 最近わらわはまじめに仕事しすぎて疲れたでの、明日は留守番しとくわ」

「ほーか、じゃゆっくりしてや。白沢、明日は頼むで」

「わかったわかった」

 そうして翌日の朝を迎えた。


 白沢と麒麟は一緒に江戸の町を歩いていた。朝遅いといっても昼餉を食うには少し早いので、先に食器を売る店を覗いてみることにする。

 江戸時代では安価な食器を売るのは「荒物屋あらものや」といい簡単な食器の他、ざるや桶などの台所用品と草履やほうきなどの雑貨も売っていた。

 それに対して陶器専門の店は「焼き物屋」と呼ばれ、美濃焼や瀬戸焼等地方から有名な焼き物も売られていた。なので陶器の茶碗を探すのであればまずは焼き物屋と言うことになる。


「ごめんよ」

 白沢はまずは自分が懇意にしている焼き物屋に来てみた。

 焼き物屋には関東だけでなく全国から様々な焼き物が並んでいる。当然京の陶芸家が作った焼き物も並んでいるが、そう古い物ではない。

 麒麟も江戸の町を回って同じような茶碗がないか探していたので、白沢としても同じ茶碗があると期待していたわけではなかったが、なにかしら流儀と言うか共通点があるようなものがある可能性は期待していた。


 麒麟が持っていた茶碗の底の部分には四角で囲まれた漢字が掘られていた。

「亀」

 と言う文字である。

 おそらくは作者の銘と考えられるが、この店でも同じ銘が刻まれた陶器は無かった。

 店主にも聞くが、江戸では聞いたことがないという事であった。

「お役に立てず申し訳ございません」

 店主は申し訳なさそうに白沢に頭を下げる。

「いやこちらこそ手間をかけた」

 白沢はまた食器を買いに来ると言って店を出た。


 その後も江戸の焼き物屋を回って行ったが中々手掛かりが得られない。

 途中例の蕎麦屋にも行くと、近所で一番の長寿であるご隠居がいたので聞いてみるが、そういった銘が入った食器は見たことがないという。

 いよいよ行き詰ってきたがもとより一日で見つかるようなものではない。焼き物屋にしてもまだ半分も回れていないので、また日を改めて調べるしかないだろう。

 二人はそういう話をして、診療所へと向かっていた。。

 しかし、その帰り道で見覚えのある人に出会う。

「おお、白沢殿ではないか、先日は世話になったな」

 大岡忠助である。

「これは大岡様、お久しぶりでございます」

 白沢は慇懃に挨拶する。

 隣りにいる麒麟も頭を下げて挨拶する。


「ほう、こちらは貸本屋の主であるか、上方の書物には拙者も興味があるからまた寄らせてもらおう」

「ところで大岡様その後、鈴竹……いや鈴の様子はいかがですか」

 白沢が聞くと忠助は苦笑いした。

「鈴は寝室から天守にある神棚に移しておる。さすがの上様も鈴を無くされた事には懲りたようで、城下にお忍びに出かける回数も減っての、こっちとしても余計な仕事が減って助かっておる」

 忠助のほっとした表情から察するに、綱吉公のお忍びについていくのは本当に大変だったのだろう。


「それはなによりです。医術学校の方もよろしくお願いいたします」

「もちろんじゃ、しかしなんだか今日はずいぶん疲れた顔をしておるの、今日は休診日であったのだろう?」

「ええ、まあちょっと江戸で探し物をしておりまして、ずいぶん歩きました。足が棒のようでございます」

「はは、名医の白沢殿でも自分の足は治せんか」

「それはそうです、自分で自分を直すというのはこうやって自分の後ろ襟を持って自分を持ちあげるようなものですから」

 白沢は自分の手で後ろ襟をつかんで上に引っ張って見せる。

「はは、うまいこと言うねえ」

 麒麟が横でくすりと笑う。

「では、わしがおすすめの整体屋を教えてやろう。そこは整体屋とは言っているが按摩も上手でな、わしもお役目で体が疲れた時はそこに行くのじゃ。まだ開いておるし、わしの紹介だと言えばすぐに診てもらえるだろう」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」

「わしは先に帰るわ、わしはどうも他人に体を触られるのが苦手でな。お主は明日も沢山働かなければいかんし、せいぜい養生することやな」

 そう言って麒麟は先に帰って行き、白沢はそのまま忠助におすすめの整体屋に連れて行ってもらうことになった。

                                      続く


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